28.褐色の元気娘と再会する。
大巫女の社へと続く高台の下で、俺はあっという間に三つの素材を組み合わせて特効薬を作ることに成功する。
【エリクサー】の完成だ。
「本当に作ることができました。さすがマスターです」
【エリクサー】が入ったボトルを手にしながら俺はナズナに言う。
「だが問題はここからだ。大巫女の病を治すことができなきゃ意味がないからな」
その前にきちんと受け取ってくれるといいんだが。
そんなことを考えながら俺はナズナと一緒に長階段を登って高台に足を踏み入れる。
(やっぱり華やかだな)
昨日見た時も思ったことだが、高台の上に建ち並ぶ住いは下町のそれと比べてとても優美だった。
最上部には大きな社が見える。
きっとあの建物の中に大巫女がいるに違いない。
ナズナと頷き合うと俺たちは並んで登りながら目的地へと足を進めた。
巨大な庭園を横切りさらに階段をいくつか登っていくと目の前に荘厳な社が現れる。
間近で見るとすごい迫力だ。
長い歳月を経てきた建造物の凄みのようなものを感じて思わず圧倒されそうになった。
「神聖な社ですね。とても大きなパワーを感じます」
「そうだな」
ナズナも俺と同じことを思ったのか、感慨深そうに社の外観を見上げていた。
すると突然。
「誰ですか、あなたたちは」
本殿の奥から現れた若い女に声をかけられる。
女は和モノの白い民族衣装を身にまとい、黒髪のロングヘアを後ろに一つ束ねていた。
年齢は20代半ばといったところだろうか。
「我が葉蘭一族の神聖な社に一体何の用です?」
その声には警戒の色が窺える。
ここは素直に本当のことを言った方がよさそうだな。
「俺たちは特効薬を渡すために大巫女に会いに来たんだ。あんたは宮司か何かか?」
「いかにも。私はこの社の責任者です。それで……今、特効薬がどうとか言いましたか?」
「ああ。大巫女の病を治す特効薬だ。こいつを渡してほしい」
そう言って俺は【エリクサー】が入ったボトルを掲げて見せる。
「それが特効薬?」
「ここの里民に必要な素材を聞いて作ったんだ。だから、効き目は間違いないはずだぞ」
女宮司は訝しげに目を細めた。
そして、きっぱりとこう言い放つ。
「見たところあなた方はよそ者です。どうしてよそ者のあなたたちが大巫女様の病について知っているのですか? それになぜそんなものを作ったんです? あなた方の目的は何ですか? そんな怪しいものを受け取ると本気でお思いですか? ここはあなた方のような部外者が立ち入っていい場所ではありません。速やかにこの場から立ち去ってください」
まあ、普通はこうなるよな。
女の反応はこっちの想定内のものだった。
「マスター。いかがいたしましょうか? あの方は私たちのことを全然信用してくれていないようです」
「そうだな。直接大巫女に会って渡すことができればいいんだが」
「何をこそこそと話しているのです。ここから立ち去らないようでしたら……力づくで追い返すまでのこと。おい、お前たち」
若い女が声を上げると、本殿の奥から複数の少女たちが姿を見せる。
皆一様に黒い民族衣装を身にまとっていた。
10人はいるな。
宮司の部下ってところか。
「警告は行いました。なのでこれ以上この場に留まるようならこちらは防衛策を取らせていただきます。いいですね?」
その目は本気だ。
女が指を鳴らすと、本殿の少女たちは一斉に手元に魔法陣を発生させる。
緑色の魔法陣。
つまり風属性の魔法をこちらに撃ち込むつもりだ。
それに気付くとナズナもすぐに《轟竜の護盾》を発現させた。
「マスター、危険です。お下がりください」
俺はナズナの後ろに下がりつつ、女宮司に向けて声を上げる。
「俺たちはあんたらの敵じゃない。ただ大巫女にこの特効薬を渡してほしいだけだ」
「そんな話誰が信じるとお思いですか? あなた方はどうせ魔族と取引した下衆か何かに決まってます。大巫女様の命を奪って勇者様の邪魔をしたいのでしょうが、そんなことはさせません。火賀美様は我ら葉蘭一族にとってとても大切な方です。ここで命を奪われるわけにはいきません」
「火賀美? それが大巫女の名前なのか?」
俺がそう訊ねたところで。
「琴音ーっ、なに騒いでるのー?」
本殿の奥から新たに1人の女の子が現れる。
その姿を見て俺はハッとした。
(あいつは)
「マスター。あそこに……」
どうやらナズナも女の子の存在に気付いたようだ。
健康的な褐色の肌と鮮やかな赤いミディアムヘア。
えくぼが印象的な天真爛漫な美少女。
見間違えるはずがない。
(昨日のあの子だ)
ただ格好は昨日とはまったく異なった。
今日はフード付きの衣服と短いスカートじゃなくて、煌びやかな十二単衣を身にまとっている。
頭の上には見るからに重たそうな金色の花飾りを付けていた。
女の子の雰囲気は変わらないのに、格好が変化すると少しだけ受ける印象も変わってくる。
今の彼女には下界の者を寄せ付けない神聖なオーラがあった。