18.最強転生者、高貴な身分の美少女を救ってしまう。
周囲に残りの賊が潜んでいないことを確認すると、俺は気絶した賊たちを木にロープで括り付ける。
それからナズナと一緒に馬車まで駆け寄った。
護衛兵の3人と御者は全員が負傷していたが、ここへ来る途中に拾った【月輪のいやし草】を渡すと元通りに回復した。
「すみません。どなたか存じませんが助かりました」
1人の護衛兵が代表して俺たちに礼を口にする。
「気にするな。あんな状況を目にしたら誰だって助けるってもんだ」
「いえ、あなた方の勇気には感服しました。あのような凶悪な賊を相手に剣だけで戦いを挑むなんて」
そこで俺は護衛兵の男から事の成り行きを聞いた。
どうやらこの平地を進んでいる最中に突如賊たちに襲撃されたようだ。
連中に迷いはなかったって言うから、やっぱり事前に計画されていたんだろうな。
「あの感じだと相手も命がけだったと思います。馬車の中にはどなたが乗られているんでしょうか?」
果敢にもナズナがそんなことを口にする。
だが、案の定返ってきたのはこんな断りの言葉だった。
「申し訳ありませんが、それには御答えできかねます」
そりゃそうか。
熟練された賊が8人がかりでこの馬車を襲撃したんだ。
(かなりの重要人物が乗っているんだろうな)
黒いレースによってワゴンの中は覗けないようになっている。
領地を治めるお偉い貴族のおっさんか、王国の命運を占う宮廷御用達の魔女か。
そんなところか。
どちらにせよ、俺たちとは縁遠いヤツが乗っているに違いない。
「ナズナ。そろそろ行くぞ。こいつらの仕事の邪魔をしちゃ悪いからな。まだ護送の途中だろうし」
「はい。了解です」
この先の道中で同じような襲撃を受けるとは考えづらい。
傷も元通りに回復したわけだし、今度は護衛兵の男たちがきちんと馬車を守るはずだ。
俺とナズナは彼らに別れを告げると、その場から立ち去って歩き始める。
だがその時。
『お待ちください。旅の御方』
そんな声が小さく聞えてくる。
それは可憐な少女の声のように俺には聞えた。
どこから呼びかけられたのかと周囲を見渡していると、隣りのナズナが肩に手を置いてくる。
「マスター。多分馬車に乗られた方だと思います」
「馬車?」
ふと後方へ目を向けると、何やら護衛兵たちの騒ぎ声が聞えてきた。
「オリヴィア様、おやめください。民にはむやみに話しかけないとそのようなお約束だったはずです」
『ですがあの方たちはわたくしたちの命を救ってくださったのではないでしょうか?』
「し、しかし……。どこの誰か素性も定かではありませんし……」
『命の恩人に対してそのような言い方は失礼かと思います。あの……やっぱり、わたくしは黙って見送ることはできません』
「オリヴィア様!?」
護衛兵の男たちがあたふたと慌て始める。
(女の子が乗ってるのか?)
その言葉遣いから、相手が高貴な身分の者だってことがすぐに分かった。
前世だと王族や貴族と交流を持つ機会も多かったし、俺にはそういったものが肌感覚で分かるのだ。
「中の方が姿を見せます」
ナズナのそんな言葉に釣られて馬車に目を向ければ、黒のレースが開いて何者かがワゴンから顔を見せる。
(!)
やっぱり女の子だ。
歳は俺よりも一つや二つ下かもしれない。
少女は煌びやかなブロンド色のストレートヘアをふわりと翻し、キャペリンハット越しにエメラルド色の鮮やかな瞳を覗かせていた。
花柄のフリルドレスは彼女の小柄で華奢な身なりにぴったりと合っている。
その気品溢れる佇まいと透明感ある顔立ちを見て、俺は思わず息を呑んだ。
(すごい美少女だな。まるでお人形さんだ)
素直に美しいと思った。
ナズナのそれとはちょっとベクトルが違う。
なんて言えばいいのか。
隙のない至高の美術品を目の当たりにした感じとでも言えばいいんだろうか。
馬車に乗った女の子は無垢な原石のように俺には思えた。
「旅の御方。お礼をお伝えさせてください」
そう口にすると、少女はワゴンの中で礼儀正しく一礼する。
さすがに無視するわけにもいかず、俺はナズナと一緒に馬車の近くまで戻った。
護衛兵たちはあいかわらず慌てた様子だったが、ワゴンの少女は気にせず俺たちに話しかける。
「こんな場所から失礼いたします。わたくしはオリヴィアと申します。実は馬車に守護結界が張ってあるため、次の宿場へ着くまでの間は降りられないのです」
「そうだったのか」
ということは仮に俺たちが駆けつけなくても、賊たちは女の子――オリヴィアには手出しできなかったというわけだ。
「先程は見ず知らずのわたくしたちのために命を張って賊を追い払ってくださり、ありがとうございました。正直、怖くて仕方ありませんでしたので、あなた方が助けに現れなかった時のことを思うと……感謝してもしきれません。お二方は命の恩人です。本当にありがとうございます」
オリヴィアは改めて深々と一礼する。
その気高さのある言葉遣いと仕草を見て俺は確信した。
(やっぱり、この子はかなり高貴な家柄の出身だな)
どこかいいところの貴族の令嬢か何かなのだろう。
「いや俺たちは当然のことをしたまでだ。感謝されるようなことをしたつもりはないぞ」
「ですが、あのような状況で助けに現れるなど普通はできないはずです」
「そうか?」
「お二方の勇気には本当に感服いたしました。あの……もう少しお顔を見せていただけないでしょうか?」
ワゴンから乗り出すようにしてオリヴィアが顔を覗かせる。
ちょっと落ちそうな体勢だったので、俺は思わず彼女のもとまで駆け寄った。