12.竜姫と主従契約を結ぶ。(下)
「簡単に言えばそいつが俺の使命だからさ。ナズナに竜王を護る使命があるように、俺にも勇者の手助けをするっていう使命が存在するんだ」
「使命ですか……なるほど」
ナズナは噛み締めるようにして頷く。
特にそれ以上深く訊ねてくるようなことはなかった。
何かを察してくれたのかもしれない。
「それと俺は錬金鍛冶師だからな。勇者のために武器を作ることができるんだよ」
「たしか錬金鍛冶師とは人族の間で生産職に属するクラスだったと記憶しています」
「よく知ってるな」
800年前、ナズナも人族と交流を持つ機会があったのかもしれない。
竜族と人族は仲良く共存していたって言われているがどうやら本当だったみたいだな。
「ですが生産職はレベル1が固定だったはずです」
「そうだな。たしかに俺のレベルは1だ」
「それなのにマスターは上位竜姿の私を倒されたのですね。やはりマスターは竜王様で間違いなさそうです」
なんだか余計勘違いさせてしまったようだ。
まあ、今さら言い訳したところですでに遅いんだろうが。
「話をまとめたいと思います。勇者のために神器を作ろうとされているってことは、言い換えればマスターの目的は魔王を倒すことにあるということでしょうか?」
「そういうことだ。お互い利害も一致するな」
「そうなりますね」
ナズナはそこで一度腕を下ろすと、《轟竜の護盾》を亜空間へと収納した。
そして、艶やかな白銀の三つ編みを揺らしながら俺に訊ねてくる。
「それではマスター。改めてお伺いします。私と主従契約を結んでいただけないでしょうか?」
「分かった。だが、俺と契約を結べば今後大変なことになるのは覚悟しておいてくれ。時には命の危険を伴うことだってある。それでも本当にいいのか?」
「はい。問題ありません。もしマスターの身に危険が及べば、私が必ず盾であなた様をお護りいたします。もちろん私も死ぬつもりはありませんのでご安心を」
「契約成立だな」
◇◇◇
それから俺たちは、実際に主従契約を結ぶことになった。
陽はすでに地平線の彼方へ落ち始め、紫色の薄暗い光が荒野を染め上げている。
「マスター。両手を私の前に差し出してください」
「こうか?」
「はい。そうです」
ナズナは腰に装着した【金竜石の短刀】を取り出した。
それを自分の右手と左手の手のひらに軽く斬りつけていく。
鮮やかな血がそこから流れ出た。
「少し痛いかもしれません。同じようにしてよろしいでしょうか?」
「その程度まったく問題ないぞ」
「承知しました。では、失礼します」
両手のひらを向けると、ナズナは【金竜石の短刀】を使って俺の右手と左手を器用に斬りつける。
「私の手を掴んでください。指を組んでお互いの血がしっかりと混じり合うように。私を感じますか、マスター?」
「ああ」
ナズナの体温と血の生温かさが伝わってくる。
こうしているとほとんど俺ら人族と変わりがないように見えるな。
その後。
ナズナは目を閉じてから祝詞を読み上げた。
「〝原初の名もなき竜の神よ。我と汝の永劫の契約を認め、その親愛なる力によって祝福せよ。我が命運は汝とともにあらんことを〟」
するとその瞬間。
(!)
俺たちの体は輝かしいほどの光に包まれた。
まるで一気に夜が明けたような眩しさだ。
次第にその光も静かに収まっていく。
「マスター。無事に終わりました。契約成功です」
「そうなのか? 特に何か変わった感じはないが」
「ご安心ください。これで私はマスターのために盾を使うことができます」
嬉しそうにナズナが微笑む。
(不思議なもんだな。ついさっきまで命を懸けて戦っていた相手だっていうのに)
ナズナの笑顔を見ていると自然とこっちまで晴れやかな気分となる。
こうして成り行きのまま俺は竜姫の少女と主従契約を結んだ。
これが俺とナズナの初めての出会いだった。