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異世界の朝

 奇妙な夢を見たものだ。

 気がつくと異世界にいて、そこでソフォスという、半神半人を名乗る王に出会った。

 そしてそこに女神が来襲して、天災をも引き起こす戦いにまで発展するのだ。


 そして挙げ句の果てには、自分が神に造られた人間、神造人間と呼ばれる存在になった、などと言う始末だ。


 本当におかしな夢だ。女神に目をつけられた時など、気が気ではなかったが、魔法や神が存在する不思議な世界、そんな世界に心が踊らなかったと言えば嘘になる。


 楽しい夢だった。目覚めるのが名残惜しいと思うくらいだ。


 しかし夢は夢である。目覚めれば数刻と経たぬうちに記憶から消えていく、儚い思い出に過ぎない。

 誠は少しやるせない気持ちになりながらも、ベットから体を起こし、現実へと目を向けた。


「あれ?」


 しかし現実は、小説よりも奇であった。

 誠は枝毛一つない、白銀の長髪に触れながら、窓の外に広がる、あの絵画のような街並みを眺めて、ため息をついた。


「……夢は、夢じゃなかったのか」


 未知の世界イシュヴァルド。

 オーラという国にある、とある宮殿の一室にて、誠は一人そう呟いた。


「入ってもよろしいですかマコト様?」


 ノックの音と、女性の声が部屋に響いた。

 聞き覚えのある声だ。とりあえず誠はベットから降りて、その声に返事を返した。


「おはようございます。よく眠れましたか?」


 薄茶色の髪と灰色の目の女性が、誠に向けて笑いかけながら、モーニングコールを送っている。

 その美しさと豊満なスタイルに、誠は目を奪われた。


(確か名前は……ロゼと、そう呼ばれていたな)


 誠は思い出していた。昨日も会った女性である。

 この宮殿の主であり、オーラの王であるソフォス。彼の補佐をしていた女性だ。


「どうかされましたか?」


 黙り込んだままの誠の顔を、ロゼが心配そうな顔で覗き込んだ。


「いえ、今改めて考えても、なんだか夢みたいな話なので、なんというか、その……頭の整理が追いつかないっていうか……」


 自分がどういう状況下にあるのかは説明された。それはしっかりと聞いていた。しかし、未だに飲み込めないでいるのだ。


 とはいえ、いつまでもずっと困惑しているわけにはいかないだろう。

 この世界で生きていく事になるのだ。理解は追いつかなくとも、受け入れるしかない。


「……ここで暮らしてる内に、慣れてきますかね」

「えぇ、きっと。人間は慣れていく生き物ですから」


 ロゼは微笑みかけながら「あっ、今は人間ではありませんでしたね」と付け加えた。

 冗談のつもりだろうが、笑っていいのやら……誠は神妙な面持ちで苦笑した。


「暮らしと言えば……この部屋はいかがでしたか? もし何か、不便な事がございましたら、いつでも申し付け下さい」

「いえいえ、全然。むしろこんなにいい部屋をあてがってもらえて、恐縮してるくらいですよ」


 日当たりも良好で、間取りは一人暮らしとしては十分すぎる広さである。見た目こそは素朴だが、部屋に置いてある家具はどれもこれも質がいい。

 宮殿の客室だけあって、一流ホテルと比べても、何一つ遜色のない部屋だ。


「王はあなた様を手厚く歓迎すると仰っておりました。衣食住は我々が保証します。安心して暮らしてください」

「何から何まで、本当に……ありがとうございます」


 まさに至れり尽くせりな待遇だ。誠の心中は、申し訳ない気持ちでいっぱいである。


「では早速朝食を……と、言いたいところですが。ソフォス王がお呼びです。目覚めて早々ですが、一緒に来ていただけますか?」

「王様が? いいですよ」


 ふと、誠は自分の服装が昨日と同じままな事に気がついた。昨晩この部屋に案内された際に、そのまま眠り込んでしまった為だろう。

 丈の長い真っ白なシャツに、長ズボンというシンプルな格好だ。他にもマフラーや腰帯も付けていたが、そちらの方は流石に、眠る前に外していたようだ。


 だがそれが逆に好都合であった。朝の支度をする必要がないからだ。

 元男子高生だった誠には、当然ながら化粧をする習慣などない。やる事と言えば寝ぐせを直したり、顔を洗って歯を磨く事くらいだが、それもこの体には必要ない。


 誠はベットの横に散乱していた腰帯やマフラーを拾い、部屋を後にした。



 ピカピカに磨き上げられた広く長い渡り廊下を、ロゼに案内されながら歩いていく。


 宮殿内は実に、多種多様の人々が行き来していた。

 宮殿の清掃や洗濯や庭師など、それぞれを担当する使用人達に、衛兵や、昨日の騒動で損傷した箇所を修繕している大工などだ。


 それら皆が、誠の事を好奇の目で見つめていた。

 神造人間という存在は、この世界でも特殊な立ち位置にあるらしい。


 とりあえず誠は、目があった相手に手当たり次第に小さくお辞儀をした。



 10分ほど歩いて、ようやく目的地へと到着した。本当に大きな建築物だ。案内がなければ確実に迷っていただろう。


 そこは大きな扉の前だった。他の部屋よりも、より一層ただならぬ雰囲気を感じさせる場所だ。

 この扉の奥で王が鎮座している。玉座の間……と言ったところだろう。


 ――ロゼはその扉に手をかけた。


 玉座の間は、神秘的な光で溢れていた。

 日の光が円形の部屋の中で反射し、全体が輝いて見えているのだ。

 天井にはその中心に、七色の光を内包した球体が浮いており、大空の景色が映し出されている。

 透き通る様な淡い青空だ。本物の空ではない、人工的に作られたものである。しかしその美しさは本当と相違いない。


 そしてその最深部……積み重なった段の上では、黄金の玉座が佇んでいた。

 扉から真っ直ぐ、導くように赤い絨毯が敷かれており、周りには見たことのない美しい花が飾られている。


 その上にはもちろん、オーラ王ソフォスが座っていた。


「まったく忌々しい……あの駄女神め、ここ以外でも問題を起こしていたか」


 扉を開けて早々、しかめっ面をしているソフォスが目に入った。マコトは一瞬、体をビクリと震わせる。

 ここに来るまでに知った事だが、時刻は既に、正午に差し掛かろうとしている。いつから呼んでいたのかは分からないが、随分と待たせていたのかもしれない。


 しかし「駄女神」という言葉を聞き、その怒りの矛先は自分ではなく、女神アリシュへと向けられているものだと分かり安心した。


「ソフォス王、マコト様をお連れしました」

「ようやく起きたか、このお寝坊さんめ。まぁ、魂と肉体が同調したばかりだ。何かと不調も出るのだろうよ」


 (なるほど、どうりで朝から少し気だるいと思った)と、誠が一人納得する。


「呼び出したところ悪いが、少し待っていろ。まずは一通り要件を終えてからだ」


 そう言って、ソフォスは手に持っていた紙を投げ捨てた。

 すると驚いた事に、投げ捨てられた紙は一人でに飛んでいき、誠の隣に立っていたロゼの手の中に収まった。

 それだけではない。彼の正面に立っている、別の従者が持つ書類が数枚、その手から勝手に離れてソフォスの元へと行き渡った。


 魔術か何かだろうか……誠は目を疑った。風によって偶然飛ばされた訳ではない。明らかに不自然な動きである。


「リューティス川に架かる橋に損傷が見られたと聞いたが、修繕の為の人員は集めているな?」


 渡された書類に目を通しながら、ソフォスがそう尋ねた。


「はい、既に。準備が出来次第、すぐに出発させる予定です」

「そうか、ならば念の為、護衛を増やしておくといい。余の()で確認したが、あれはおそらく水魔によるものだ。作業中に襲いかかってくる可能性がある、警戒するように伝えておけ」

「先日の女神アリシュの襲撃による、宮殿の修繕は如何なさいますか? 人員を割くべきでしょうか?」

「……そうだな、我が城があのザマでは格好がつかんが、あの橋は街と街を結ぶ貿易の要。一刻も早く修繕せねばならん。その為の人員は、多いに越したことはない。貴様の言う通り、何人か橋の修復作業に向かわせることにしよう。細かい人選はそちらに任せる」

「了解しました」


 そう言ってソフォスが従者を下がらせると、今度は別の人間が行き違いに部屋へと入ってきた。


「失礼します、王よ。モルガの森の神への献上品は、いかがなさいますか?」

「あぁ、奴への手向け品か……それならここに記してある」


 ソフォスが懐から、筒状に丸めた紙を取り出した。紙は例のように、自動的に相手の手元に飛んでいく。


「それに書かれた通りの品を送れ。だがあまり上等な物は送るなよ、味を占められてはかなわん」

「では、そのように」

「……ところでここ最近、シムスのやつがろくに眠らずに働きづめらしいな。気概は結構だが、疲れが溜まった状態では成果など得られん。休むように伝えておけ」

「承知しました」


 人と紙が次々と行き交う中で、ソフォスは淡々と仕事をこなしていく。

 見ているだけ伝わってくる慌しさに、誠は思わず口を開いた。


「……随分と忙しそうですね」

「いえ、これでもいつもよりは少ない方ですよ」

「これが!?」


 今度は税の徴収がどうのとか、そんな話をしているのを聞きながら、誠は唖然とした顔で目を見開いた。

 決して侮っていたわけではないが、流石は王様、多忙である。


「――さて、待たせて悪かったな。では用件を述べるとするか」


 ようやく仕事がひと段落ついたのか、ソフォスは玉座から立ち上がり、誠の方へと降りてきた。


「いやなに、そうは言っても、別段大した事ではないのだがな」


 そう気さくな態度で言いながら、ソフォスはその手に持っている書類の束をロゼに押し付けた。


「いったい何をするんですか?」

「少し出歩くだけだ。見知らぬ土地というのは、なかなかに不便であろう?」


 確かに……と、誠は小さく呟いた。

 外に街が広がっているのは知っている。たがそこではどういった人間が暮らしているのか、その街がどの程度の規模なのか、どんな暮らしを送っているのか、それらの事を誠は何も知らないのだ。


 国が違えば見える世界も変わる。そこにはそこの文化があり、ルールがあり、営みがあるのだ。

 そしてここは本当の意味での別世界、ならば尚更そうなのだろう。


「光栄に思えよ、何せこのソフォス王自らが案内人を勤めようと言うのだからな。感嘆に咽び泣いてもよいぞ」

(すっごい自負心。いや、実際凄い事なんだろうけど。それに正直助かるし。でも……)


 誠にとっても彼の申し出はありがたいものである。しかし気が引けた。

 彼は国王だ。十分に見せてもらった通り、忙しい身の上である。そんな人物の貴重な時間を、自分の為に浪費させてしまうのは、ひどく申し訳ない気持ちになるのだ。


「いやあ、その、気持ちは嬉しいんですけど、王様も忙しいでしょうし、俺なんかの為にわざわざ時間を割くってのは……」

「無用な心配だ。この国はほんの少し王が抜けた程度で、機能を損なうような惰弱な国ではない」


 ソフォスがピシャリと言った。


「それとも何だ? まさかとは思うが、王たる余の厚意を無下にするつもりか?」

「えぇー!?」


 ソフォスは凄むような目で誠を睨みつけた。その指先からは雷が瞬き、バチバチと音を立てている。


「わ、わかりました!大人しく案内されます。いや、させていただきますから!」

「分かればよい」


 そう言ってソフォスは、雷を発する指を引っ込めた。

 まさか気を使ったら脅されるとは……これには誠もびっくりである。


「ーーというわけだ、余は暫く出る。この場はお前達に任せるぞ。もし何か、どうしても余が必要な案件があれば呼べ。このアルバスの何処かにはいるはずだ」

「いってらっしゃいませ、ソフォス王」


 ソフォスの後に続き、誠が扉の外へと歩いていく。そんな二人をロゼがお辞儀して見送った。


 かくして、誠の異世界に来て初めての外出が始まったのだった。





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