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王と女神

 壁に空いた大穴から、一人の女が部屋の中を見下ろしていた。


 女神アリシュ。そう呼ばれる存在だ。


 この世の物とは思えない美貌、モデルのような完璧なスタイル、黄金のように輝く髪を手でかき上げる仕草からは、まさに女神然とした態度が感じられる。


「……」


 その姿にしばらく見惚れる誠だったが、ふとある事に気付き、慌てて辺りを見回した。


(ッ、王様とロゼさんは無事なのか!?)


 誠自身は運良く無事だったが、部屋の壁が吹き飛び、破片が飛び散る程の衝撃だ。無事でいられる保証はない。


 しかし、そんな誠の心配は杞憂に終わった。


 ソフォスは目の前にバリヤーのようなものを展開し、飛びかかる破片や瓦礫から、ロゼと自分を守っていたのだ。


 さも当然のように使っている不思議パワーについては、もはや何も言うまい。だが誠には、一つだけ気になる点があった。


(俺にはそれ、無しなの!?)


 自分一人だけノーガードのまま、襲ってくる瓦礫の雨を正面から受けたのだ。文句の一つも言いたくなるものである。

 とはいえ、結果的には怪我一つなく事なきを経たので、良しとした。


「美の女神が聞いて呆れるな。この美しき我が宮殿に傷を付けるとは……」


 ソフォスはまっすぐ、腕を組んで仁王立ちし、粉塵漂う部屋の中でそれを見据えていた。


「やめろと言うのに、学ぶという事をとことん知らんようだな。それとも言葉を理解する知能もないか? この駄女神め」


 誠は思わず身が竦んだ。あの恐ろしくも美しい女神を前に、堂々と暴言を吐いているからだ。


「あら? むしろ見栄えが良くなったんじゃない?」

「お前の目はふし穴か? 抜けているのは頭の中だけにしておけよ」


 互いに口元には笑みが浮かんでいるが、目はまったく笑っていない。ビリビリと肌で感じるほどの威圧感だ。

 誠は氷を背中に突っ込まれた様な気分に襲われた。


「……オーラの王とはいえ、たかが半神のくせに、女神を相手によくそこまで無礼な口が叩けるわね」

「生憎とイナゴの群れのように突然現れ、その場を荒らし回る災害女に払う礼儀など、持ち合わせていないのでな」


 苛立ちを露わにする女神に対し、ソフォスが嘲笑を混じえてそう言った。


「ほんっとにムカつく男だわ……少し痛い目に遭わないと分からないようね。いいわ!私が躾けてあげる!覚悟しなさいソフォス!」

「いいだろう、その方が分かりやすい。こちらも聞くに耐えん癇癪を黙らせたいと思っていたところだ」


 いつのまにか両者共に、その手に武器を握っていた。一方は奇妙な形状をした剣。もう一方は美しい装飾と刃紋が施された双剣だ。


 二人の争いはついに口論を超え、武力による衝突に移行した。


「……大丈夫なんですかこれ?」


 武器を構え、今にも飛びかからんと睨み合う両者を前に、誠は冷や汗を流しながらロゼに尋ねた。


「王は聡明なお方です。一見頭に血が上って平静さを失っているようにも見えますが、私達の存在を考慮して戦ってくださる筈です。なにより、ここはあの方の宮殿ですから」


 つまりは、無闇に自分の宮殿を自分で破壊するような真似はしないという事だ。壁に穴を開けられ、怒りを露わにしていたのだから尚更である。

 誠にもそれは納得できた。しかし問題は他にもある。


「なら、女神様の方はどうなんですか?」

「……怒れる神は天災のようなものなので」


 露骨に顔を背けるロゼに対し、誠が「おいおい……」と声を漏らす。


「でも、その割には随分と落ち着いてますね」


 苦々しい顔をしているが、誠のように慌てふためいている様子はない。

 不安に思いつつも、どこか冷静さも感じられるその佇まいに、誠は疑問を抱いた。


「えぇ……まぁ。なにせ、何時ものことですから」

「え?」


 その言葉の意味を問おうとしたが、それは叶わなかった。

 諦めきった顔をするロゼを他所に、両者はついに衝突したのだ。


 先に動いたのは女神アリシュだ。

 アリシュは驚くほど素早い動きでソフォスに接近し、その手に持つ双剣でソフォスに斬りかかった。


 しかし、ソフォスには届かなかった。

 真っ直ぐに放たれた女神の剣線は、王の眼前で弾かれたからだ。

 ソフォスの顔の横、僅か数センチを細い閃光が走る。よく見ると、そこには眼球の様な形をした、小さな物体が空中を漂っていた。

 閃光を放ち、女神の攻撃を弾いた正体はこれだ。この眼球の様な物体から発射されたビームが、迫りくる女神の刃を弾いたのだ。


 それが合計8機、ソフォスの周りを飛び回っている。

 それぞれが独立して行動し、あらゆる方向からアリシュに攻撃を仕掛けた。


「ハハッ、踊れ踊れ!」


 四方八方から光線が襲いかかる。まるで嵐のような猛攻だ。高密度かつ、絶え間なく発射される弾幕。およそ人の生きられる空間などないだろう。


 だが、女神アリシュには動揺した素ぶりなど一切見られない。

 舞うような華麗な動きで攻撃を躱しつつ、避けきれない攻撃は剣で受け流し、ビームの嵐を無傷でくぐり抜ける。


 そして一瞬の隙を見つけ出し、ソフォスに向けて蹴りを放った。


「チッ……!」


 顔面に迫り来る蹴りは剣で防ぐものの、勢いは殺しきれずに後退を余儀なくされる。

 ソフォスは屈辱の顔で舌打ちした。


「戦神としての力か、持ち逃げした代物とは言え、厄介な力を手に入にしたものだ……!」


 ソフォスは苦虫を噛み潰した顔で辺りを見回した。

 既に壁や床が、彼自身の放ったビームによって抉られている。

 これ以上の破壊は望むところではない。故にこれ以上に規模の大きい攻撃はできないだろう。


 しかし、相手にとってはそんなものは御構いなしだ。アリシュは建物への損害など気にする事なく、遠慮なく暴れる事ができる。


 ソフォスは忌々しげな顔でアリシュを睨みつけた。


「……だが、試運転には丁度いい機会かもしれんな」


 ふと、ソフォスは誠を覗き見た。

 言葉の意味は分からないが、自分へと視線が向いている事に気付き、誠が顔を強張らせる。


「マコトよ!お前の力で、この駄女神めを外に追い出すのだ!」

「えっ!? いやいや!無理に決まってるでしょ!?」


 いきなり何言ってるんだこの人は!?と言った顔で、誠はソフォスに訴えかける。

 相手は本物の女神だ。ただの高校生である誠に、どうにかできる相手ではない。


「お前ならできる。やれるだけの力は与えられている筈だ」


 しかし、ソフォスはただ笑みを浮かべてそう言った。


「お前に与えたその肉体には、神々が惜しげも無く注ぎ込んだ膨大な神秘が宿っている。それは森羅万象を司る力だ」


 アリシュが追撃を仕掛ける。ソフォスはそれを凌ぎながら、尚も誠に視線を向けて話を続けた。


「神に造られた人間、故に神造人間。それが今のお前だ!」

「神造……人間……?」


 いきなりそんなことを言われても……そう誠は困惑した。

 神に造られたなどと、自分の中に神の力が宿っているなどと、そう説明されても、話が大き過ぎてまったく理解できないのだ。


 だが身体は羽のように軽く、恐ろしい程に調子がいい。それもまた事実だった。


 誠は自分の手を胸に当て、意識を集中させた。


 胸の奥底から、鼓動のような高鳴りを感じた。

 心臓の音ではない。もっと大きな……そう、これは力のうねりだ。


 陸海空を許容した大いなる力が、誠の中に満ちている。誠はそれを頭ではなく心で感じとった。


「イメージしろ、力を扱う自分を……くっ!」

「私を相手に余所見なんて、随分と余裕ね!」


 女神の肘が頬を掠め、ソフォスの言葉が遮られる。

 アリシュの猛攻は勢いを増すばかりだ。余裕を浮かべるソフォスの表情にも、僅かに曇りがかかり始めた。


「呼吸をするのと同じだ。手足を動かすのと同様、できると思えばできる!それが神の力というものだ!」


 再び放たれた女神の蹴りを腹に受けつつも、その苦痛に耐えぬき頭突きを食らわせ、ソフォスは大声でそう叫んだ。


 頭部に走る痛みで女神が怯む。その隙に、ソフォスは後ろへ跳ねた。

 女神の猛攻は停止し、二人の間に十分な距離が開く。「やるなら今だ!」と誠に向けて、ソフォスが視線で合図を送った。


 正直関わりたくはない。それが誠の本心だ。目覚めてすぐにこんな小競り合いに巻き込まれるなど、御免被りたいものである。

 しかしこのまま戦いが長引けば、こちらにまで危害が及ぶ事は必至だろう。


「こうなりゃヤケだ!」


 渋々だが、誠は覚悟を決めた。


 客観的に見て、二人の内、非があるのは女神アリシュの方だ。

 もしかすれば、アリシュにも色々と事情があってこうしているのかもしれないが、そんなことを考えていてはキリがない。

 故に、加勢するのはソフォス王の側である。


 誠は目を閉じて、静かに念じた。

 ただ力を行使する事だけを考えて、無我夢中で己の中に意識を集中させた。


 右手に力を込める。すると、空気の流れが変わった。

 彼の右手を中心に、いっせいに空気が集まってくる。集まった空気は圧縮され、彼の掌に透明な球体が形成された。


 ――イメージはこうだ。ただ、放つ。


 誠は圧縮された空気の塊……いわゆる空気砲だ。それをアリシュに向けて撃ち放った。


「きゃっ!?」


 ただしその威力は、穴を開けた段ボールから発射されるそれとは訳が違う。

 本物の砲弾の如く勢いで放たれた空気は、真っ直ぐに女神を撃ち抜き、その体を屋外へと吹き飛ばした。


「い、今の……俺がやったんだよな?」


 誠が呆然とした顔で呟いた。

 予想を遥かに超える威力だ。しかし、これでもまだ、神造人間としての力の、その一端に触れたに過ぎない。


「いいぞマコト!良くやった!」


 ご機嫌な様子で、ソフォスが誠の隣に並び立った。その顔はどこか、晴々としている。


「……とはいえ、奴のことだ。この程度では諦めないだろうがな」

「まさか、飛び降りる気ですか?」


 女神を追おうと、彼女が開けた穴の方へと歩き出すソフォスに、誠が信じられないものを見る目でそう尋ねた。


「当然だ。このまま追撃し、奴を完全に追い払う」

「この高さを?」


 ざっと見ただけなので、正確な高さは分からないが、それでも20メートルは優に超えているだろう。

 ここは宮殿の敷地内にある塔の中だ。この辺りでは最も高い場所である。


「下手すりゃ死にますよ、この高さは」

「関係ない。余は天神の血を継ぐ王、ソフォスであるぞ」


 そう言って、ソフォスは一切の迷いなく、壁に開けられた穴から外へと飛び出した。


「うわっ、ほんとに飛び降りた。大丈夫なのか?」


 誠が慌てて近寄り、彼の飛び降りた穴から塔の下を覗き見たが、ソフォスの姿はどこにもなかった。

 そして代わりに現れたのは、誠が今、一番会いたくない人物である。


「人形風情が……よくもやってくれたわね」


 女神アリシュだ。目立った外傷はないが、マコトの放った突風によって、衣服や髪が乱れている。

 当然ながら、怒り心頭の様子である。


「ソフォス共々、このアリシュの怒りを買いたいみたいね」


 女神アリシュの美しい翠の目が激しく燃え上がった。

 女神の怒気が今、誠へと明確に向けられている。思わず後ずさりしてしまう程の凄まじさだ。


(くそっ、やるしかないのか……!)


 アリシュの気迫に押されつつも、誠が身構えた。

 相手は本物の神だ。だが先程証明されたように、今の自分にはそれに対抗できる力がある。

 相手と同じ神の力を用いれば、少なくとも、一方的にいたぶられる事はない筈だ。


 飛びかかる女神アリシュ。それに圧倒されまいと、誠が迎え撃とうとしたその時だった。


「くっ……!」


 8本の光線が宙を駆け、女神の行動を阻んだ。

 いったい誰がやったのか?言うまでもない、ソフォス王である。


「余を前にして、他者へと注意を向けている暇があるのか?」

「ソフォス……!」


 アリシュが歯を噛み締める。

 その頭上、更なる上空では、ソフォスが大胆不敵な面持ちで、女神を見下していた。




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