深夜の密会
真夜中。多分、日付はとっくに変わっている頃。
不意に目を覚ました俺はベッドの上で半身を起こして、月明かりを頼りにジョウとトッシュの寝顔を眺めていた。
眠っていた時間はわずかだというのに、頭はこれ以上ないというくらいスッキリとしている。
きっとこのままでは朝まで眠れないだろうな、と確信出来る程に。
「……やっぱこうなるか……」
ポリポリと頭を掻きながらため息をついたのは、目が覚める事があらかじめ分かっていたからだ。
今日は俺達がこの島を去る日。
原作ではこの日の深夜、とある二人が目を覚ます。
が、その内の一人は、本来ならパウロではなかった。
恐らくこのイベントは簡単に回避出来るだろう。眠れないまま、ずっと朝までベッドで寝返りを繰り返すだけでいい。
ただ、心情的には回避したいこのイベントだが、「彼女」とは話をしておかなければならない、いくつかの問題がある。
「……ま、仕方ないか……」
もう一度ため息をつき、覚悟を決めて、俺はベッドを抜け出す。
そして、ジョウ達を起こさないよう静かに部屋を出た。
◎
「よう、不良少女」
「えっ?」
灯籠の幻想的な灯りに照らされた、やけにアジアンテイストな宿の庭。その隅にある小さな東屋。
知っていた通り、そこでボンヤリと夜空を眺めていた少女に、シャールに声を掛けると、彼女は驚いた表情をこちらに向けた。
「ど、どうしたんですか?こんな夜更けに……」
「そこはお互い様じゃない?まぁ、多分シャールと同じような理由だよ」
曖昧な答えを返しつつ東屋に足を踏み入れ、シャールの対面の腰掛けに腰を下ろす。
そして、一呼吸の間を置いて覚悟を決め、俺は彼女に対して手を合わせた。
「マジで悪かったな。本当なら、ここにはジョウが来る予定だったんだけど……」
「えっ?それはどういう事ですか?」
まぁ確かに、事情を知らない彼女にとって、俺の言葉と行動は唐突なものとしか思えなかっただろう。
だが、事情を知っている俺にとっては、グダグダと回りくどい物言いをするのは時間の無駄だ。
だから俺は、叱責覚悟でネタバラシと謝罪をする事にしたのです。
「いや、お前、なんとなく覚えてるんだろ?溺れたあの時、人工呼吸したのが俺だって」
「……っ!?」
「あれは本当は、ジョウの役目だったんだよ。だけど俺のせいで本来とは違う展開になっちゃって、それでその……とにかくすまんかった!」
そう、これは本来、ジョウとシャールがお互いを意識しあってモジモジするというイベントだ。
ドワルフ島滞在最終日であるこの日、この時、偶然目を覚ました二人は偶然この場所で落ち合う。
そして、人工呼吸の事を言い出せないジョウと、朧気に人工呼吸の事を覚えていたシャールは、曖昧な関係のままに互いの距離をまた縮めるのだ。
だけど、この世界においてシャールに人工呼吸をしたのはパウロだ。
今までの経験則から、こうなる事はある程度予想出来ていた。ここが謝罪の機会だろうとも。
「……」
出来れば遠慮願いたいが、ビンタの一発や二発は覚悟の上です!
そんな気持ちを込めて、拝み手のまま頭を下げる。
だが、待てど暮らせど事態は動かず、恐る恐る顔を上げると、目の前の少女は顔を横に向けてプルプルと震えていた。
その顔を、月明かりでも分かるくらいに真っ赤に染めて。
「えっと……どうにか勘弁してもらえた、って事でいい?」
「し、仕方ないじゃないですかっ!どんな状況だったかは大体想像出来ますし、そもそも私の落ち度でもありますしっ!」
衝動を理性で抑え込んでいる、といった状態なのだろう。
とりあえず修羅場は回避出来たようでホッと息を吐くと、ついでに苦笑も漏れた。
「ホント悪かったよ。まぁでも、こういうのはノーカンってのがお約束だから。犬に舐められたようなもんだと思ってもらえると助かる」
「……というか……私が気づいていた事を知っていたとしても、そこはあえて触れないようにするとか……」
そう言って、シャールはようやく顔をこちらに向ける。頬を赤らめて、ジト目で俺を睨んでいるが。
そんな彼女に、俺は軽く肩をすくめて見せた。
「そうしたら、お前はしばらくモヤモヤしたままになるでしょうよ?こういうのは引っ張らずにすぐ解消した方が、お互いスッキリするもんだ」
「そ、そうかもしれませんけど……はぁ……貴方と話していると、つくづく自分はまだ大人になれていないのだと思い知らされますね……」
諦めたか、肩を落とすシャールはいつもの冷静さを取り戻したようだった。
その様子に、俺も内心でホッとする。
俺がジョウの役割を奪ってしまったという事は、シャールはこれからパウロの事で悶々と悩んでしまうところだった、という事である。
そして原作通りならば、その秘めた悩みが恋愛感情の起爆剤となっているのだから、それはいつまでも一人で抱え込ませてはならないものだ。
ジョウとシャールのために、何よりこの世界のために、この展開は避けておきたかった。
世界の歪みをこれ以上大きなものにしないためにも……
「……ま、とりあえずこの話はこれで終わりって事で。それで、こっからが本題になるんだが……」
「あっ……」
本題という言葉だけでシャールは察してくれたのだろう。襟を正すように纏う空気を変え、こちらをしっかりと見据えてくる。
だが、反して俺は無意識に腕を組み、目線を逸らしてしまっていた。
それは数時間程前の事。
山を下り、冒険者ギルドにて諸々の報告と話し合いを終え、宿に着いたのは日が落ちた頃。
すぐに俺達が寝泊まりする部屋に皆を集めてから俺が皆に語った話は、酷く曖昧なものになってしまった。
まず、俺は少し前から、レクシオンへ魔獣の群れが攻めてきた頃から謎の存在の気配に気づいていた。そして、その気配の主がジョウを狙っている事にも。
詳しくではないが、その存在の素性を知ったのは数日前。ヴェイルでの戦いの最中、俺が単独行動を取った時。
そこで出会った男はニヒトと名乗り、俺達が遭遇したあの黒い魔獣もニヒトが差し向けたものだと確定した。
そして最後に……俺は大きな嘘をついた。
何故皆には知覚出来ないニヒトの存在を俺だけが知覚出来るのか、その理由は分からない、と……
「全部、話さなくてもよかったんですか……?」
自分から話を振っておきながら言いあぐねる俺に気を使ってか、シャールが話の糸口を提示してくれる。
いつまでも黙ったままではいられず、俺達の今後の関係性について話し合いが必要でもあるため、俺は覚悟を決めて重い口を開いた。
「……ニヒトに言われたんだ……気がついてなかったけど、俺もアイツと同じ理外の力を持ってるって」
「っ!?」
驚き目を見開くシャールに、言葉を選びながらゆっくり伝える。
「俺は最初、俺の存在なんて小石みたいなもんだと思ってたんだ。物語の流れに転がされる程度の、な。でも違った。よく考えれば気づきそうなものなのにな」
今のこの世界の流れは俺が知る原作の流れを大筋では踏襲しており、だからその中で四苦八苦する自分はそう大きな存在ではないと、そう思っていた。
今思えば本当に間抜けな考えだ。俺は皆の生き様にまで干渉してしまっているというのに。
「俺に近づけば近づく程、皆は本来の理からズレていく。ニヒトの姿が見えるようになるくらいなら別にいいんだけど……皆を黒化魔獣のような存在に変えてしまう可能性もある……」
「……」
シャールはただ黙って俺の話に耳を傾けてくれている。
そんな彼女に、俺はどうしても詫びねばならない理由があった。
「俺の中身については知らず、俺をパウロと認識していれば、パウロと関わる皆もまだギリギリこの世界の理の中に留まれるかもしれない。でも……俺がこの世界の人間じゃない事を教えてしまったら……」
「あっ……」
俺が何故皆に全てを明かさなかったのか。
それを即座に理解したのだろう。シャールの顔色がサッと変わる。
そして、俺は彼女に深く頭を下げた。
「俺自身の事やこの世界の外側の話を知ってしまう事は、多分この世界とのズレを引き起こす最大級の要因だと思う。だから俺は皆に全てを話せなかった。シャールとセバスさんには、本当に詫びのしようもない」
「……」
都合良く記憶を消せるわけじゃないのだから、もう取り返しはつかない。謝ってももうどうしようもないが、俺には謝まる事しか出来ない。
どんな非難も甘んじて受けようと覚悟して、頭を下げ続ける。
が、そんな俺に掛けられたシャールの声は、驚く程穏やかなものだった。
「顔を上げてもらっていいですか?いくつかお聞きしたい事があるので」
「えっ?」
つい拍子抜けしてしまい、様子見もせず顔を上げると、真向かいに座るシャールは困ったような表情で顎に手を当てていた。
そして、しばらく何か考え込んだ後で、彼女は俺にこう告げたのだった。
「その……理から外れるというのは、そんなに問題のある事なのでしょうか?」
「……はい?」




