強行軍の探索活動
「さて、と」
山へと向かう道の途中、立ち止まった俺達は思い思いに準備運動を行っていた。
肩に掛けた鞄には全員分の飲み水と弁当、右手に槍、小脇にカモノハシ、頭の上にディーネと、先導役の俺が一番の大荷物だが、一番基礎体力があるのも俺だ。問題はない。
今日の行程的にもっともキツいのはトッシュだろう。だが、一時的な代用品とはいえ、新たな剣を携えた彼は気合い十分という様子だった。
「それじゃ、そろそろ行くか」
『はいっ!』
俺の言葉に、三人は小気味良い返事を揃える。
そして、ジョウは血装を発動させた。
街を出た辺りから、俺達の後をつけてきている奴等がいる事には気がついている。昨日と同じ連中か、はたまた別のグループなのかは分からないが。
だけど、それも問題ない。ついてきたければついてくればいい。
ついてこられれば、だけどな。
そんな事を考えると、つい意地の悪い笑みが漏れた。
そして……
「んじゃま、よーい……ドンッ!」
俺の合図とともに、俺達は一斉に走り出す。
山への登り道を走り出すなど、普通に考えたら正気の沙汰ではないだろう。後をつけてきている連中もさぞや面食らったはずだ。
まずはこのアドバンテージを利用して、連中を撒く。
だが、俺達が走り出したのは追跡者を振り切るためだけではない。俺達は今日一日、この調子で山中を駆け巡る予定なのだ。
そして、発見出来る限りの鉱脈を全て見つけ出し、今日で鉱脈探索という依頼そのものを終了させる。
それが俺達の目的だった。
走る事で移動時間を短縮出来たとしても、本来なら一日で山中の未発見鉱脈を全て見つけ出すなど到底不可能だ。
が、こちらには精霊魔術師と地の精霊がいる。二人なら地中に眠る鉱物を探知し、その場所に至る道さえ簡単に作ってしまえる。
走りきれれば、目標達成は十分可能だろう。
これで墓荒らしの連中がこの島に来た意味も、滞在する理由もなくなる。
あとはまぁ、島に金を落としてから大人しく帰ってもらおうか。
これが、俺達から墓荒らしの連中に贈る『報復』だ。
◎
「終わりました」
「おう。お疲れ様だ、ジョウ」
太陽が真上に昇った頃、山頂付近。
竜鉱の反応があった辺りまで簡単な坑道を作り、その出入口を大岩に見せ掛けたハリボテでカモフラージュするという作業をあっという間にやってのけたジョウに労いの言葉を掛けながら、俺は広げた島の地図にこの場所の詳細な情報を記載した。
ここまでで発見した新鉱脈は五つ。
内四つは当初聞いていた予測地点のもので、一つは完全未発見だったものだ。
ともあれ、これで行程の約半分が済んだ事になる。
「ジョウの土魔法もすごいけど、ノルンの探知能力も流石だな。迷わず穴掘れるのは、やっぱありがたいわ」
「ふっふっふっ、もっと褒めてくれていいよー」
「ぐぬぬ……水に関してなら私の方がすごいんだからねっ!」
畳んだ地図を懐にしまいながらノルンにも労いの言葉を掛けると、彼女は自慢気に嘴を上向けた。それに対抗意識を燃やして、ディーネは「ぐぬ」っている。
とまぁ、俺、ジョウ、ディーネ、ノルンの四人はまだまだ元気なのだが……トッシュとサラは会話にも参加出来ない状態だった。
サラの方はまだいい。流れる汗を拭ってはいるが、呼吸はもう大分落ち着いている。だが、地面に座り込んだトッシュは限界が近そうな様子だった。
もっとも、墓荒らしの連中はとっくに振り切っていたので、冒険者としての経験値を考えれば十分大したものだが。虐待とも思えるファイエルの稽古に耐えているだけの事はある。
「ま、時間的には余裕ありそうだし、せっかく見晴らしのいい場所だし、ここらで昼休憩でも取るか?」
「そうですね。それがいいと思います」
トッシュとサラを休ませるためにそんな提案をすると、ジョウはニコリと笑って同意してくれた。
ここから先は下り道。ここでゆっくり休んでも、日が落ちる前には街に戻れるだろう。
◎
眼下の海を眺めながら皆で飯を食い、一時の休息。
座る俺の傍らではノルンが、そしてその体をベッドにしたディーネが、スピスピと寝息を立てていた。
キミら、そんなに疲れてなくね?
そんな穏やかな時間が流れる中、人心地ついたか思い出したようにトッシュは大きなため息を吐く。
「……やっぱジョウはスゲーな……パウロさんにも普通についていってたし……」
「そこまで余裕があったわけじゃないよ。それに、血装を使ってたからだし」
「血装も込みでジョウの実力だろ?土魔法も使えるようになって出来ることも増えたし……元々追い越したなんて思ってなかったけど、やっぱオレはまだまだだよなぁ、って……サラにも追いつけなかったし……」
そう言って、トッシュはまた肩を落とした。
その言葉とその態度に、サラはプクリと頬を膨らませる。
「その言い方、ちょっとムカつく。あたしだって頑張って訓練してるんだからね?」
「いや、それは分かってんだけど……」
サラに文句を言われ、まごつくトッシュの気持ちが少し分かったのは、俺もかつては彼と同じ十代男子だったからだ。
十代の、それもそれなりに鍛えてる男子が、同年代の女子に身体能力で負けるのはまぁまぁショックだろう。
だが、鍛練の方向性がまったく違うのだから、この結果は当然のものだ。
それを理解させ、わだかまりを解くべく、俺は二人に笑い掛けた。
「トッシュが鍛えてるのは瞬発力……と言うか、一瞬に命を懸けるような稽古してるんだろ?サラは徹底して持久力鍛えてるんだから、持久走で負けるのは当たり前だって」
「そうだよ。なんだったら、トッシュもあたしと同じ訓練メニューやってみる?シャールさんから出されたメニュー」
俺の言葉に同調して、サラはフンッ!と鼻を鳴らす。
それから彼女はふと、やけに遠い目で空を漂う雲を見つめた。
「……あの人、人の心がないのかな?って思う時が結構あるんだからね……」
「分かる。アイツ、基準が天才だから、たまにアホになるよな。俺も「これくらいなら躱せますよね」って、手ぇ一杯に握った石礫ブン投げられた事あるもん。家帰って服脱いだら肌に水玉模様出来てたわ」
被害者仲間の心情吐露に強く共感し、ここぞとばかりに愚痴を溢すと、ジョウとトッシュはひきつった笑顔を浮かべていた。
今頃シャールはクシャミでもしているかもしれない。と言うか、クシャミしてやがれ。
ま、それはともかく、だ。
「誰だって得手不得手はあるし、それを補うためにこうして仲間と一緒に行動してるんだ。一部分に囚われて自分の強みを見失わないようにな。それでも気になるなら、今後はそこを鍛えてもいいし」
「そうっすね、すみませんっした。オレの言い方が悪かった。すまん、サラ」
改めてアドバイスを送ると、トッシュはすぐに吹っ切れた顔になって軽く頭を下げた。そんな彼の様子に、ジョウとサラもホッと息を吐く。
人の話に耳を傾けられる素直さもまた、この子達の強みだ。
それからジョウ達は、強くなるためにどんな訓練をすればいいのか、自分達にはどんな戦い方が合っているのか、そんな事を真剣に語り合いはじめた。
その様子を微笑ましく眺めながら、ふと考える。
俺はあとどれくらいの時間、こうした穏やかな時を彼らと共に出来るのだろうか、と。
残された時間はあと半年程。とは言え、それはあくまで絶対的な制限時間の話だ。
その間にまだまだイベントは起きるし、その全てが原作よりも過酷なものになるのはまず間違いない。そして、物語終盤はゆっくりする間もない程の大騒動になる。
そう考えると、俺が望む『残された時間』は思いの外短いのだろう。
だから、皆といられるこの一瞬一瞬を大事にしよう。
……そんな俺のささやかな願いはその直後、何の前触れもなく打ち砕かれる事になった……
「っ!?」
「あれ?」
俺の方に、俺の背後にふと視線を向けたジョウの動きを視界の端に捉えながら俺が飛び上がるように身を翻したのは、ほとんど反射行動だった。
自身の行動の意味を理解したのは、俺の背後に突如として出現した気配の正体を目視した瞬間。
穏やかな時間を破壊した望まぬ来訪者は、その顔を隠す事なく濁った瞳を俺達に向けていた。
「……ここで出てくんのかよ……」
……最悪だ……
意味はないと知りながらも地面に置いておいた槍に手を伸ばしながら、そう心の中で悪態をついたのは、『ヤツ』がジョウ達の前に姿を現す事はないのだろうと高を括っていたからだ。
だが、そんな想定はあえなく打ち崩され、『ヤツ』は皆の前に……ジョウの前にその姿を晒した。
もっとも、いくら警戒していようと、俺に対処の術はなかったのだろうが……
「……んん……どうしたの?ダーリン?」
「んー……?」
俺が急に動いたせいでディーネとノルンも相次いで目を覚ます。
こうして、この場にいる全員がその存在を知る事になってしまった。
もう嘆いても意味はない。
こうなってしまったからには、ここにいないシャール達を含めた俺達全員の問題として『ヤツ』と向き合わねばならない。
そうして俺は、軽く呼吸を整えてから静かに問を投げ掛けた。
「……なんの用だ……?……ニヒト……」
「……」
俺からの問い掛けにすぐには応えず、ニヒトはその暗い瞳で静かに俺達を見つめていた。
〇
ニヒトは俺以外の前に姿を現すつもりがない。
俺がそう判断したのは、楽観的な思考からではなかった。
今回を除けば、ニヒトの存在を感知したのは二度だけではあるが、ヤツはそのどちらでも俺を遠くから見ているだけだった。
ヴェイルでの件にしろ、俺の方から出向かなければ姿を見せる事はなかったのではないだろうか。
ニヒトはまるで幽霊のような存在で、俺は触れる事すら出来なかった。
だが、ゲームに出てくる特殊な敵キャラのように、物理は無効でも魔法には、さらに言えばジョウの精霊魔法には弱いのではないか?
だからニヒトはジョウ達のいる場所に姿を現さず、そしてジョウを間接的に狙っているのではないか?
俺も一度はそう推測してみたのだが、そんな自身の考えを否定したのは、ニヒトのある言葉を改めて思い返したからだ。
「私はこの世界に落ちた影のような存在。何人たりとも私に干渉する事は出来ない」
ブラフ、という可能性はある。だが、感情が見えないヤツの言葉に、俺は嘘やハッタリの気配を感じられなかった。
そしてもう一つは、ニヒトが俺を「理の外から来た者」と呼んだ事。
こんな言葉が出てくる時点でヤツもまた、この物語の理から外れた存在なのは明らかだ。
ジョウはこの物語の主人公であり、その力はやがて比肩し得る者がいない程になる。しかし、それでもジョウは物語の登場人物の一人なのだ。
作中世界で神に匹敵する力を持っていようと、それは外の世界に、理の外に届くものではない。
そう考えると恐らくだが、ジョウの力でもニヒトに干渉する事は出来ないのではないかと思えた。
だとしたら、ニヒトがジョウ達の前に姿を現さない理由は単純に、姿を見せるつもりがないからではないか?
俺はそう予測していたのだが……
結論から言うと、結果は読み違えていた。ニヒトはジョウ達の前に姿を現した。
だが……俺の推測はほぼ当たっていたのだ……
事態を複雑にし、ニヒトに想定外の行動を取らせ、この世界の摂理まで歪めてしまったのは……
部外者である『俺』自身だった……




