そしてパパになる
……あれー?何?この状況?
汚れなき瞳をキラキラと輝かせて「すごいです!」「さすがです!」と連呼する少年。
スンッとした表情で背筋が冷たくなるような目を向けてくるクールビューティー少女。
そして……問題の根源たる、俺の顔に張り付いて頬に何度もキスをしてくるアニキャラフィギュアのような小さい女の子。
感情のごった煮を一身に引き受けながら、俺はこうなるまでの経緯を思い返していた。
◎
「うわぁぁぁぁんっ!!!ありがとーっ!!!」
「わぷっ!?」
透き通るような印象を受ける、少女の感謝の声。少年の驚く声。
それは、眩い光が治まるより早く、結晶体が割れる音の反響が消えるより早く聞こえてきた。
薄暗い所で食らった閃光にシパシパする目を指で揉み、ゆっくりと目を開く。
すると、水辺に立つジョウは、顔に小さな人形を張り付けたような状態で一人わたわたと足踏みしていた。
俺より先に視界不良から復帰したシャールが、剣の柄に手を添えてすぐさま駆け出す。
「ジョウくんっ!大丈夫ですかっ!?」
「は、はい」
「なによー?マスターに挨拶してただけじゃない。邪魔しないでよねー」
ジョウの顔から離れ、シャールと距離を取るように宙を舞う小さな女の子。
やはりその姿は『精霊』というより『妖精』という方がしっくりくる感じだった。
水の精霊ウンディーネ。
流れる水を彷彿とさせる水色の長い髪と、同じ色の瞳。
身に纏っているのは、水とも繊維ともつかない素材の羽衣のような衣装。
ふと気づけば当然のように彼女の声を聞いているわけなのだが、思い出せば原作でもそうだった。
ジョウと行動を共にするようになってからは、ジョウ以外の人間とも普通に話をしていたなー。
『契約をすれば普通の人間にも声が聞けるようになる』とか、せめてその程度の説明でも入れろや。
などと一人で怒りを募らせていると、ウンディーネは俺達にペコリと頭を下げた。
「改めて……助けてくれて、ありがとう。私は水の精霊ウンディーネ。これからマスターのために頑張るね」
「う、うん、よろしく」
両手と人差し指の指先で握手?を交わす精霊と少年。
こうして今ここに、精霊の力を借りることで無制限に自然の力を操ることが出来る伝説の職種、精霊魔術師が誕生したのだった。
うんうん、良かったね、少年。
年取ると涙腺が弱くなって仕方ねーや。体は若者だけど。
バレないよう、顔を背けてズズッと鼻を鳴らす。
と、ここでもまた、事態はおかしな方向へ転がりはじめた。
「ダーリンもありがとう!ダーリンがここへマスターを連れてきてくれたんだよねっ!」
『……はっ?』
ハッキリと俺の方を向いてのウンディーネの発言に、俺、ジョウ、シャールの三人が間の抜けた声を重ねる。
その直後、歓喜からか身を震わせたチビ精霊は、矢のように飛んできて俺の顔にベチンと張りついた。
そらもう、フリーズですよ、フリーズ。
ダーリンって……確かその内ジョウに対して使うようになる呼び方だよね?
だが、ウンディーネは俺を「ダーリン」と呼びながら、頬にキスを繰り返してきた。
ジョウも瞳をキラッキラ輝かせ、どこまでも貫くような真っ直ぐな目で俺を見ている。
「私を見つけてくれて、もう大丈夫だって言ってくれて、本当に嬉しかったの!ありがとう!ダーリン!」
「そうだよ!パウロさんがボクをここまで導いてくれたんだ!こんな場所を知ってるなんて、ボクも知らなかったボクの力を知ってるなんて……パウロさん!すごいですっ!」
あるぇー?なんで主人公が「すごい!」マシーンになってんの?
そもそもこの場所、この状況に、パウロとシャールが居合わせてる所から話はおかしいんだけど……これ、なんかどんどん変な方向に進んでない?
キスと「すごい!」の嵐を浴びながら見るシャールさんの目は異様に冷たかったです……
◎
ウンディーネ、改め『ディーネ』。
本来ならジョウがウンディーネにつけてあげる愛称なのだが、少年と精霊は何故か俺に愛称付けを頼んできやがった。
なので原作そのままに『ディーネ』の名をつけてあげたわけなのだが……
「がんばれー!マスター!」
「……あの……ディーネさん?なんで俺の頭の上?」
「……」
「シャールさんは何か喋ってくれません?」
俺の頭の上でジョウを応援するディーネと、隣でさっきから俺を睨んでいるシャール。
この場の、この物語の主人公はジョウのはずなのだが、今まさに二体のゴブリンと対峙する彼より俺の方が緊張感を漂わせているのはなんでだろうね?
背後がそんなわけの分からない修羅場になっていることにも気づかず、ジョウは緊張に強張りながらゴブリンに手をかざす。
そして、意を決してその力を行使した。
「い、いきます!」
さながら周囲の水分をかき集めるかの如く、かざしたジョウの手の前に子供の握り拳大の水の塊が二つ生まれる。
それは……
「いけっ!水弾っ!」
続くジョウの言葉に合わせてまさに弾丸の如く撃ち出され、ドンッ!という鈍い音を響かせて二体のゴブリンの胸部に風穴を開けていた。
ゴブリン達は断末魔の叫びもなく霧となり、魔石を残して消える。
弾かれるように振り返った少年の顔は、興奮で上気していた。
「で……出来ましたっ!パウロさんっ!」
「おー、見てたぞ。スッゲーな、ジョウ」
槍を鎖骨辺りに立て掛けた状態で拍手を贈ると、ディーネとシャールも手を叩いた。
良かったー、俺の方も解放されたわ。
「さすがマスター!」
「呪文の詠唱もなしであれほど高威力の魔法を……すごいです、ジョウくん」
「え、えへへ……!」
一人と一体から手放しで讃えられ、ジョウは照れながら笑った。
そうそう、これこれ。
ジョウが活躍する→「ジョウくん、すごい!」
これがあるべき流れです。
「ジョウくん、しゅごい!」はいらんけどね。
『水弾』という技の名前は、俺が即興で考えて彼に伝えたものだ。
元は確か……『精霊聖水神撃弾』みたいな痛々しい感じだったはず……
流石にね……一緒にいる時にその名前を叫ばれるのは、ちょっとね……
「これでもう、一人前の冒険者だな」
「……本当に……本当にありがとうございます……!」
冒険者になって今まで、あまり褒められたこともなかったのだろう。
俺達からの賞賛を受けるジョウは心底嬉しそうで、俺がその頭を撫でてやると、彼の目の端で何かがキラリと光った。
なんかもう……ちょっと父親の気分だ。
ウチのコに悪い遊び教えるヤツは許しませんよ?
作中で詳しい説明はなかったので断片的な情報を統合しただけだが、精霊魔術師の使う精霊魔法は通常の魔法と大きく異なる部分がいくつかある。
一つは、この世界での一般的な魔法と違って呪文の詠唱がいらないこと。そして、『魔力』という燃料的なものもいらないこと。
しかし、「ではノーリスクか?」と問われると答えは「否」で、原作で大きな力を使い過ぎたジョウはフラフラになったりしていた。
『何か』を消費するらしいが、その『何か』は結局分からないままですけどねー。
水の精霊としか契約していない今の段階では水しか操作出来ないが、水に関わることならほぼ『何でも出来る』状態だ。
範囲こそ分からないが、物語の後半でジョウは「海の底が露出するくらいの水を餅上げた」(原文)という記述があった。
んで、ジョウはいずれ、土、風、火の精霊とも契約します。
……そして……その全てと体の関係も持ちます……
……やらせん!やらせんよっ!
このコは俺が正しく育てる!
キャッキャと騒ぐ子供達の姿を眺めながら、俺は人知れず一人、ギュッと拳を握り締めていた。
◎
「太陽の光だー!森の匂いだー!」
アクエルから外に出たその瞬間、ディーネは俺の頭を飛び立ち、幸せそうに空を飛び回っていた。
久し振りどころか、はじめて外の世界に出たという可能性すらあるんだけど……まぁその辺は触れなくてもいいか。どうせ答えは返ってこないはずだし。
ディーネの様子を目を細めて眺めていたジョウは、不意に俺に向かって頭を下げた。
「パウロさん……本当にありがとうございました!ボクを見捨てないでくれて……ここに連れてきてくれて……おかげでディーネを救うことが出来ました」
その姿勢は『自分が力を得たことを喜んでいる』というものではない。
コイツは、ディーネを外に出してあげられたことを純粋に喜んでいるのだ。
このコったらもうっ……!オッサンの涙腺責めるんじゃないよ!
目頭にクリティカルを食らったことを悟られぬよう、空模様を見るように斜め上を見上げる。と、殿を務めていたシャールも俺に頭を下げた。
「私からもお礼を言わせてください。ありがとうございます。やはり貴方は、私達の最高のリーダーです」
「て、てやんでいっ!」
我ながら、何故ここで「てやんでいっ!」なのか……
だけど、こんな台詞でも吐かないとホントに泣いちゃいそうだし……
そこに、空から戻ってきたディーネが、また俺の顔にベチンと張りついた。
「私も!私も!ホントにありがとーっ!ダーリン!……って……あれ?ダーリン、泣いてない?」
「な、泣いてませんけどっ!?ほ、ほらっ!帰ってメシ食うぞっ!」
ズビッ!と鼻をすすり上げ、俺はジョウとシャールの背中を叩く。
そして、二人の背中を押すように、顔を見られないように歩き出した。
……この状況がいつまで続くのか、それは俺にも分からない……
だが!こうなったからには俺はパウロとして、この歪んだ物語を改変してやろうじゃないか!
見てやがれ……クソ作者!
『昨曰天井に頭ぶつけた時もそうだったけど……ひょっとしてこの体、メチャメチャ頑丈なんじゃね?』
この『昨曰』の部分、よーく見てみましょう。
はい!正解は『昨曰』の『日』の部分が『曰く』の『曰』になってる、でしたー!
ヽ( ´∀`)ノ アラウッカリ♪
くるぐつさんに瞬殺されて頂きやがりましたが……(日本語マスター並感)
はい、腹筋しまーす。
次じゃあ!次ぃ!
( ノシ゜Д゜)ノシ カモンッ!
『作中で詳しい説明はなかったので『端的』な情報を統合しただけだが』
『端的』はガチ誤用でした。『断片的』が正解ですね。
はい、腹筋しまーす。
『ゴブリン達は断末魔もなく霧となり』
『断末魔の叫びもなく』が正しいですね。
修正します。背筋もしたらぁっ!




