ハッピーエンドと苦いビール
「あっ!戻ってきた!」
そんなディーネの声に対岸を見ると、槍を肩に掛けて歩いてくる『あの人』の姿が見えた。
彼が別行動を取ってから二十分程過ぎているだろうか。
こちらはすでに戦闘を終え、ジョウくんが操っていた濁流もただの川の流れへと戻っていた。まだ水は濁り、水量もそれなりに多いが、氾濫の心配はしなくてもいい程度だ。
「皆、お疲れさん。どうにか無事に乗り切ったみたいだな」
そう言って軽く片手を上げてから、彼は助走をつけて一息で川を飛び越えてくる。そして、いつものように飛んでくるディーネを顔で受け止めてから、微笑を浮かべてジョウくんの頭を優しく撫でた。
「よくやったな、ジョウ。流石だよ」
「いえ、ボク一人が頑張ったわけじゃないですし。でも、上手くいってホッとしました」
「私も頑張ったんだからねー!」
「ウチだって!後から来たガーゴイルの大半はウチが倒したんだから!」
「わ、私もちょっとだけ頑張りました!」
和気あいあいと話す三人のそばにアイシェとエミリーが駆け寄り、結局最後まで戦わずに済んだトッシュとサラはやや遠慮がちに近づく。
そんな和やかな光景に、戦いを終えたヴェイルの冒険者達の様子も穏やかだった。
もうすっかり当たり前になった、『あの人』を中心とした柔らかな雰囲気。
だけど……何故か私の目には、彼の雰囲気だけがいつもと違って見えていた。
ハッキリとは言えないのだが、皆に向けるその目がどこか寂しげに見える。そう感じていたのだ。
「……パウロ……?」
「ん?」
「あっ……いえ、その……」
何を言うべきか考えないまま思わず声を掛けてしまい、自分自身の行動に戸惑う。
どうにか絞り出した言葉は、自分でも呆れるくらいに無難なものだった。
「む、向こうは異常ありませんでしたか?」
「ああ、問題なかったよ。根こそぎ押し流せたのか残りは逃げたのか分からないけど、もう魔獣の気配はなかった」
「そ、そうですか……良かったです」
ニッと歯を見せて笑うその顔はいつもの彼の笑顔で、つい安堵の吐息が漏れる。
そうして、彼はその場にいる皆に向かって力強く握った拳を振り上げた。
「ヴェイル防衛戦!これにて完了だ!皆、本当にお疲れ様でした!胸張って凱旋といこうぜっ!!!」
『おおおおおおっ!!!』
彼の号令の下、皆が放つ歓喜の咆哮は青空に吸い込まれていった。
◎
日の高さからあまり実感はないが、時刻は夕方といった辺り。
一切合切の危機が去った事を伝えると、ヴェイルの街はお祭り騒ぎになっていた。
「皆、ノリ良いっすね」
「ああ、元々この街の連中は陽気な奴等が多いもんでな」
諸々の事後処理のために冒険者ギルドに来ていたのだが、枷が外れたように騒ぐ冒険者達の姿に俺はついつい笑ってしまう。
ギルマスのザックも、昨日とはうってかわって肩の力が抜けた苦笑顔で賑やかなギルド内を眺めていた。
ジョウ達は街の中心部、豊富な水を利用した噴水のある広場へ先に行っている。そこがこのお祭り騒ぎのメイン会場だそうだ。
俺も、ここでの話が終わり次第そちらに合流する。
先程までこの場にいた役人のショーンからは、街から《輝く翼》に結構な額の謝礼を支払うという旨を伝えられていた。
こちらにはこちらの思惑があって行動していたため、多少心苦しさはあったのだが……原作通りに被害が出ていたら物理的損失、経済的損失は謝礼の何十倍もの金額になっていただろう。
というわけで、謝礼はありがたく頂戴する事とした。
その代わりと言っては何だが……
「本当に魔石はこちらが貰っちまっていいのか?」
「ええ。あの濁流を流した先にある程度まとまって沈んでると思うんで。回収任せてすみませんが、換金が済んだらヴェイルの冒険者の皆に割り振ってあげてください」
申し訳わけなさそうにするザックに、笑ってもう一度そう伝える。
ジョウが押し流した魔獣の数はかなりのものだった。
が、小さな魔石まで大きな岩や倒木のようにまとめる事は流石に難しかったらしく、ジョウは仕方なくその全てを海に流していたのだ。
本人は責任を感じて「全て回収してくる」と言っていたのだが、今日の彼はもう十分過ぎる程に働いた。そして、明日は朝一でこの街を発つ。
だから魔獣撃退数だけはジョウの評価とする条件で、魔石の所有権は全てヴェイル冒険者ギルドに委譲したのである。
ジョウが受け取るべき報酬は今回の謝礼から支払う予定だ。その辺の事情はジョウには内緒にするつもりだが。
「さて、皆待ってると思うんで、そろそろ行きますね」
そんなに長居したわけではないが、堪え性のないディーネやアイシェが俺を迎えに来てしまうかもしれない。
そう考えて軽く片手を上げようとすると、その前にザックは俺に右手を差し出してきた。
「うちの冒険者の顔を立ててくれて、本当にありがとうよ。今回の件は、その気になればアンタらだけで何とかなったんだろ?」
「いやー、どうだったでしょうね?ま、俺としてはより安全に、より楽に済ませたかっただけですよ」
どうやら俺の考えは読まれていたらしく、無駄な抵抗と知りつつも精一杯の軽口を返しながら彼の手を握り返す。
と、日焼けした肌のせいで余計に白く映える歯を見せて、ザックは豪快に笑ってくれた。
ドワルフ島から無事に戻ってこられたら、きっと彼とはまた顔を合わす事になるはずだ。
だが……これから俺が体験するこの物語の人々との出会いは、その多くが一期一会のものとなるのだろう……
それが今日、あの森で俺が知った事実の一つだった……
◎
それはそれは立派な噴水が鎮座する街の中央広場は、見事なまでのお祭り会場と化していた。
手当たり次第にかき集めたのだろう不揃いのテーブルが所狭しと並び、その上には魚介類を中心とした様々な料理が所狭しと並ぶ。
その上で、料理と酒はまだ次々と運ばれてきていた。
街の機能が一日停止したために行き場を失くした生鮮食材を、ここぞとばかりに消費しているのだろうか?
辺りには冒険者を含めた街の人々が溢れ、陽気な音楽に合わせて踊り、歌い、笑っていた。
ジョウに聞いていた通り、明るい人達が多いらしい。
そんな生命力に満ちたBGMの中で、俺は冷えたビールを立ち飲みスタイルで一気に飲み干した。
「……っあーっ!!!んまいっ!!!この一杯のために生きてますなっ!」
「ダーリン……オジサンっぽいよ?」
「だってオジサンですもの」
肩に乗るディーネの鋭い指摘に、俺は堂々と真実の言葉を返す。
クスクス笑うジョウ達は「自分達と比べればオジサン」と受け取っただろうが、全ての事情を知るシャールだけは口の端をひきつらせていた。
「ま、ともかくだ」
近くを通りかかったウェイターの青年に空ジョッキを渡し、手にするトレイの上からおかわりを頂く。
そして俺は、なみなみとビールが注がれたジョッキを空に高々と掲げた。
「改めて、皆お疲れ様だ!遠慮なくゴチになりまーす!」
俺の掛け声に、お祭り会場はまた一層ワッ!と沸く。それをコール代わりに、俺はもう一度ジョッキを一気に空にした。
一仕事終えた後のタダ酒より美味いものはない!
……と言いたいところだが、今日は少しだけビールが苦く感じる……
と、そこで俺は、俺より苦い顔をする二人に気がついた。トッシュとサラだ。
二人は飲み物にも食べ物にも手をつけず、心なしか俺達からも少し距離を置いているように見えた。
「どした?二人とも?遠慮してんのか?」
「い、いえ……その……」
不思議に思い声を掛けると、トッシュは口ごもりながら目線を逸らす。
暗い表情の理由を教えてくれたのは、トッシュの隣で目を伏せるサラだった。
「あたし達、今回は何もしていないんで……申し訳なくて……」
「は?」
「サラ……トッシュ……」
思いもよらなかったその言葉に、俺はつい間抜けな声を漏らしてしまう。
覚えたての魔法の矢で二体のガーゴイルを倒したと上機嫌だったエミリーも、落ち込む幼馴染みの様子に一転表情を翳らせていた。
ズンッと重くなってしまった空気に、シャールとアイシェの笑顔も消える。
今回は、元よりそれぞれの役割を決めて戦いに臨んでいた。
ライン作業ならいざ知らず、不測の事態への対応では状況次第で手が空いてしまう所だって出てくるだろう。それは最初から想定出来ていた事であり、気に病むような話ではない。
が、二人にとってはそれで済まされる話ではなかったのだろう。
「……えっと、だな……」
空ジョッキをテーブルに置き、頭を掻く。
この場合、俺は何と声を掛けるべきだろうか?
リーダーの立場で「気にするな」などと言ったところで、それはすんなりと受け入れられるものではない気がする……
彼らの自責の念を取り除き、自然に前を向かせる。
そんな魔法のような言葉を探していたその時、彼は俺より早く、自然体で動いていた。
「何もしてないだなんて、そんなことないよ。トッシュ、サラ」
「え……?」
「ジョウくん……」
ニッコリと笑いながら、ジョウはそれぞれの手でトッシュとサラの手を握る。そして俺達の方にも、裏表がまるでないその笑顔を向けた。
「ボクが自分のやるべきことに集中出来たのは、みんながいたから。この街の冒険者さん達を信用してなかったわけじゃないけど……ボクはトッシュとサラを信頼してたから安心してあの濁流に向き合えたんだよ」
「ジョウ……」
「ジョウくん……」
歳も近い、仲間であり友達でもある少年の言葉に、トッシュとサラは涙を堪えるように唇をキュッと噛む。
ジョウの言葉は、きっと俺のように相手に合わせて発せられたものではないのだろう。
でもだからこそ、こういう時は相手の心にストンと収まるのだ。
これは……とてもじゃないけど真似出来ないな。
「うん、ジョウの言う通りだな」
ホッとしながら三人に近づき、ジョウを抱き込むようにしながらトッシュとサラの頭を撫でる。
きっと今なら、俺の言葉も彼らにちゃんと届くはずだ。
「それぞれに役割を決めてたんだ、こんな事だってある。そんな中でも、お前らが「何か出来ることはないか」と周りを確認してたのを俺は見てたよ」
『……』
そう声を掛けると、二人の目から涙が一粒ポロリと落ちた。それを周りの皆から隠すべく、ちょっと乱暴に二人の頭をワシャワシャと撫でる。
「お前らもよく頑張ったよ、お疲れさん。だから、今日はいっぱい飲んで食え!」
『……はいっ!』
力強い返事の後に二人が目元をゴシゴシと擦ると、手をどけたそこには笑顔があった。
それでようやく皆にも笑顔が戻る。
こうして、このイベントは真のハッピーエンドを迎えたのだった。
◎
ジョウ、トッシュ、サラ、そこにディーネとエミリーも加わり、原作通りに……いや、原作以上に皆は仲良く笑い合う。
そんな姿を嬉しく思いながらも、俺は同じかそれ以上の物悲しさを胸の奥で感じていた。
……この子達はきっと、もう俺なんかがいなくなっても立派にやっていけるだろう……
まだ危うい所はあるが、皆が皆を支えながら真っ直ぐに進んでいけるはずだ……
願わくばもう少しだけその手伝いをさせて欲しいと、そう思う。
……俺に残された時間は……どうやらそう長くはないらしいから……
ストック切れです。
ここからはボチボチ。週一、二でアップ出来るよう頑張ります。




