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邂逅


「よっと」


地面に着地し、残心を忘れず槍を構える。が、胸に穴を空けたガーゴイルはピクリとも動かなかった。

消滅が始まった事も確認し、そこでようやく息を吐いて構えを解く。


と、その時……


「……ん?」


覚えのある感覚に顔を上げると、その瞬間ドッ!と大きな歓声が沸き起こった。


「ダーリンッ!!!すごいっ!!!」

「パウローッ!!!」

「は、ははっ……どうもどうも……」


ディーネの、アイシェの、皆の歓声に、照れながら軽く手を振る。

聞こえたかどうかは分からないが、思わず技名を声に出してしまったがため余計にいたたまれない……


それから、穴に落ちかけた魔石を慌てて槍先で拾い上げて回収し、俺はジョウ達がいる場所へとそそくさと向かった。

まずは一区切りつけるべきだろう。


「カッコ良かったよっ!ダーリンッ!」

「おうっ!?あ、ありがとさん……」


真っ先に飛んできたのは、やはりというかディーネだ。ベッチンッ!と顔に張りつかれ、首からコキッと嫌な音が鳴る。

何気に今日初の被ダメージなんですが……


「ほら、もう少しで終わるから、最後まで気を抜くなよ?」

「はーい。ダーリン、お疲れ様」


遠くから届くアイシェの金切り声に苦笑しつつディーネの頭を指で撫でると、彼女はおとなしくジョウのそばに戻る。

そんな俺達のやり取りに、ジョウはクスクスと笑いながらわずかに振り返っていた。


「お疲れ様です。ちゃんと見れなかったのはすごく残念ですけど……パウロさんが圧倒してたのは分かりました。やっぱりパウロさんはすごいです」

「ありがと、ジョウ。俺もちっとくらい皆にいいトコ見せたかったからな。下手打たずに済んでホッとしてるよ」


ジョウからの労いの言葉に、笑顔と素直な心情を返す。

そんなホンワカムードの中、彼女だけはどこか呆けたような表情で俺を見ていた。


「どした?シャール?」

「い、いえっ!その……!」


「おーい?」と手を振ると、ハッとなったシャールは慌てて顔を逸らす。

そして、誤魔化すように一度咳払いをして、改めて俺の方に向き直った。若干恥ずかしそうに目線は逸らしたままだが。


「お、お見事でした。まさかここまで強くなっていたなんて……」

「ははっ!シャールにそう言ってもらえると嬉しいね。でも、師匠やテレサの技を知ってる身からすると、まだまだかな」


シャールとの稽古もいつも真剣にやってはいるが、やはり稽古と実戦は違う。もしもの事を考えると、お互いどうしても情け容赦のない攻め手は使えないものだ。

そして、彼女は黒化魔獣の脅威を知っているからこそ、相対的に俺の評価を高くしてしまってもいるのだろう。


ある程度戦えるようになった今、一つ分かった事がある。

単純な力関係だけを見れば、以前戦った黒化ゴブリンや今の黒化ガーゴイルよりシャールの方が確実に強い。


だが、無軌道に飛び回っていたようにも見えたあのガーゴイルも以前戦った黒化ゴブリンと同じく、シャールの必殺の間合いには決して入ろうとしなかった。俺が攻撃をいなした先にシャールがいる場面では、必ず動きを抑えていたのだ。

だからこそ、まだ未熟な俺の四爪で動きを止める事が出来たのだが。


やはり黒化魔獣はシャールやジョウの戦闘パターンを知っている。

本来のこの物語(世界)にない力とともに、普通には知り得ない情報を魔獣に付与している者がいる。

その仮定は、今回の戦闘でさらに現実味を帯びてきていた。


「……もっと強くならないとな……」


ジョウ達には聞こえないよう呟き、決意を新たに自分の手の平を見つめる。


パウロの体を使わせてもらっているだけで俺はパウロではなく、神鷹天槍流という武技も身につけた。

そんな俺は、きっと黒化魔獣にとって天敵とも言える存在なのだろう。読者どころか作者すら知らない、未知の存在なのだから。


もしかすると、今のこの物語(世界)において俺は切り札となる存在なのかもしれない。

どうしてこんな事になっているのかはまるで分からないが。


だが、その答えもまた、もしかすると分かるかもしれなかった。

なぜなら……


「……悪いけど、ちょっとこの場を任せてもいいかな?もう黒化魔獣の気配も感じないし」

「え?どうしたんですか?急に」


顔を上げて告げると、シャールは少し不安げな様子で俺を見ていた。

素直に理由を言うわけにはいかないが、上手く誤魔化さねば彼女の不安はさらに増すだろう。


だから、俺は最高の笑顔で親指を立てて見せた。


「トイレだ!実はさっきから結構我慢してて……」

「……」


はい、シャールさん、スンッとした顔になりました。

なんだかんだで彼女の扱いにも慣れたものだ。


「一緒に行く?」

「……さっさと行って、さっさと戻ってきてもらえませんかね……?」


トドメの冗談を投げ掛けると、シャールは殺気混じりの目で俺を睨んできた。

わざとひきつり笑いを浮かべるつもりだったが演技する必要もなくなり、俺は彼女に手の平を見せながら後退る。

そんな俺達のやり取りに、ジョウの肩は小さく揺れていた。


「おー、怖っ。な?ジョウ。シャールさん、怒るとメッチャ怖いだろ?」

「あ、あはは……ボクからは何とも……」

「ちょっと待ってくださいっ!なんの話ですかっ!?」


ジョウ達にも心配させないよう軽口を飛ばし、駆け出す。というか逃げ出す。

後でシャールに説教されるかもしれないが、それは甘んじて受けるとしよう。


「こっちは皆がいるから、向こうの森に行ってくるよ。ついでに残党がいないか見回っとく」

「ダーリン、私がついていってあげようか?」

「勘弁して。落ち着かねーから」


楽しそうに笑うディーネに対し片手で拝み手を作って断ると、勢いをつけて鉄砲水の龍を飛び越える。

気がつけば濁流は随分と勢力を弱めていた。


イベント完了の時は、もうすぐそこまで来ている。


「……急がねぇとな……」


地面に着地して森の方を見る。睨み返す。


気がついたのは、あのガーゴイルを仕留めた直後辺り。

以前、レクシオンでの戦いの後に気づいた、俺を見る不可思議な視線。

あれが再び俺に向けられていたのだ。


そして……それは今もずっとこちらに向けられていた……

「こっちに来い」と、まるでそう言わんばかりに……



「……ジョウくん?昨夜はあの人と一体どんな話をしたんですか……?」

「え、えっと……い、色々と悩みを聞いてもらったり……ざ、雑談したり……」

「シ、シャール……笑顔が怖いよ……?」


頭の上でディーネが小刻みに震えているのが分かる。

口調は静かだけど、シャールさんが放つ怒りの気配は肌にピリピリと感じていた。その矛先はパウロさんに向けられたもので、ボクが感じているこれは余波なのだろうけど……


素直に全てを白状すると、シャールさんはパウロさんを追って飛んでいってしまうかもしれない。

そう思うと、ボクは作り笑いで耐えるしかなかった。


ちょっと……ちょっとだけ、恨みます……パウロさん……


「……?」


濁流を制御しながら、何気なくパウロさんが向かった先に視線を送る。と、そこでボクは不思議な感覚を覚えていた。


言葉にするのがすごく難しく、そしておかしなものになるのだけど……


『何もないもの』が、そちらに『ある』。

無理矢理言葉にするのなら、そんな感覚だった。


「どうかしましたか?ジョウくん」

「い、いえ、何でもないです」


シャールさんに声を掛けられてハッとなり、慌てて意識を正面に戻す。たったそれだけで、今感じたおかしな感覚はあっさりと消え去っていた。


気のせい……だったんだろうか……?



昼間でもやや薄暗い森の中。

『それ』は一際暗い闇の塊のようにそこに佇んでいた。


周囲への警戒を怠らず、ゆっくりと歩を進める。


「……はじめまして……でいいのかね?」

「……」


言葉で牽制しながら間合いを詰めるが、反応はない。それが逆に不気味で、思わず槍を握る手に力が入った。


そこに立っていたのは、黒い布の塊。

頭から足元までを漆黒のローブで包み隠した……恐らく男。肩幅でそう感じただけだが。


身長は170センチ前後だろうか。パウロ(今の俺)と比べるとかなり小柄な人物だ。


隣国(アウグスト)の関係者……ってわけじゃないよな?一体何者で、何が目的なんだ?」


俺の間合いのギリギリで足を止め、さらに問う。


一ノ型・穿(せん)

神鷹天槍流において基礎中の基礎であり、真髄でもある、踏み込みからの直突き。


もう何度繰り返し練習したのか分からなくなったこの技は、今の俺が最も自信を持って放てる技だ。

この技ならば刹那の間に、正確に、喉だろうが心臓だろうが突き貫く自信がある。


だが、中身の『俺』は所詮日本人だ。

ここでコイツを仕留める事によってジョウの身の安全が確保されるという確証があったとしても……俺には人を殺すなんて出来ない。

まるで敵意を感じない相手ならば尚更に。


……いや、ちょっと違うな。

コイツからは敵意どころか、生物的な気配すら感じられない。それはまるで、人の形をした写真パネルを相手にしているかのように。


もしかして本当にカカシか何かなのか?

そんな疑念を掻き消すように、ヤツはようやくフードの奥、暗闇の奥から声を発した。


「何者で、何が目的か……私もそれを聞きたかった……」

「……とりあえず会話する意思があるみたいで、ありがたいよ」


ようやく聞けたその声は、やはり男の声。それも、予想とその口調の堅さに反して若い声だった。

少年の声、と言ってもいいくらいに。


地面に槍を突き立てて手放し、俺はあえて一歩前に出る。


「お互いに聞きたい事があるなら、せめて顔くらい見せてくれないか?この通り、俺も戦う意思はないよ」


それでも、槍からは大きく距離を取らない。そこまで無警戒ではいられない。


この状態で、はたして素直に聞き入れてくれるか?

そんな懸念を抱くのも束の間、男は驚く程あっさりと、ローブから出した白い両の手で自身の顔を隠すフードを掴む。

そして……


「……え……?」


露になった男の素顔に、俺はただ言葉を詰まらせる事しか出来なかった……


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