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冷たい月光


「ふっ!」


低い位置から空へと斬り上げた槍先が少し冷たい夜の空気を裂き、月の光を受けて煌めく。

その状態でしばし動きを止めてから、俺は槍を下ろして大きく息を吐いた。


時計がないため時刻は分からないが、恐らく日付は変わっている頃だろう。ここから朝まで、俺は寝ずの番をする。

今日は集中してみっちりと自主トレが出来そうだった。


ここはヴェイルの街の東端から一キロ程川を(さかのぼ)った辺り、街を水害から守るための水門橋。

そのそばの河原で、俺は槍を振っていた。多分、この河原も普段は川底なのだろうが。


水門は川の流れを完全にシャットアウトするものではなく、いくつかの水門を降ろして街に流れる水量を制限し、オーバーフローした分を南の平原に通した緊急排水用の水路に誘導するというものだった。

雨が続いて徐々に水量が増える場合ならこれで対処出来るのだろうが、大岩や倒木を巻き込んだ鉄砲水を食らえばひとたまりもないはずだ。

実際原作では、鉄砲水はこの水門橋を越えて街を襲っているわけで。


「……とりあえずは異常ナシ、かな?」


一度両手で槍を掲げるようにして背伸びをし、川の上流に意識を向ける。

どうやら今のところダムに異常は起きていないようだが、夜はまだまだこれからだ。


冒険者ギルドでの話し合いを終えた後、宿に戻って夕食を取ってから俺は皆に今後の予定を伝えた。


まず、俺、ジョウ、ディーネの三人は今夜の内にこの水門橋に移動。シャール達は明日に備えて宿屋でちゃんと休む事。

水門橋の(たもと)には管理者用の小さい宿泊施設があるのを確認していたので、俺達はここを借りてもしもの事態に備える。

パウロ()の耳なら早い段階で異変を察知出来るだろうから、その場合はすぐさまジョウ達を起こして対応する予定だ。


何事もなく一夜を越せたなら、翌朝水門橋で合流。

そこでヴェイルの冒険者達とも合流し、俺達は問題のダムを目指して川を(さかのぼ)る。


この話を皆に伝えた時、案の定と言うべきかアイシェとシャールは「自分も水門橋へ行く」と言い出した。

が、それはキッパリとお断りだ。

明日の事を真剣に考えるなら、休めるヤツはちゃんと休むのも仕事だ、と。


特にシャールがこっちに来た日には、恐らくトッシュ以外全員こっちに来る事になる。そうなると多分トッシュもついて来るだろうけど。

宿泊施設といっても、そんなに広いわけじゃないんですからねー。


というわけで、ドヤるディーネと申し訳なさそうなジョウを引き連れて、俺はここに移動してきたのだ。

もっとも、やたらハシャいでいたディーネはとっとと寝落ちしてしまっていたが。

よく寝るわ、よく食うわ……なんなんでしょうね?この物語(世界)の精霊って。


「さて……それじゃ、一ノ型からお復習(さらい)といきましょうかね」


一息ついた後、そう(ひと)()ちてすっかり慣れ親しんだ基本の構えを取る。

その時だった。土手の上から小さな足音が聞こえてきたのは。


真夜中のこんな場所に来訪者。

実を言うと、俺はそれをある程度予期していた。それも二人のパターンを。


一人はシャールだ。

あの子はずっと、何か不安を抱えているようだった。だからこそ当初、自分もここに来ると言い出したのだろう。


そして、もう一人は……


「眠れないか?」

「……はい……お邪魔してすみません……」


足音の感じからやって来たのが後者の彼だと察知して、構えを崩し槍を肩に掛ける。

青白い月明かりの下、見上げた先には今にも泣き出しそうな表情を浮かべたジョウが立っていた。



椅子代わりにちょうど良い大きな岩のそば、念のためにと集めておいた(たきぎ)に火をつけてから、俺はジョウと並んで岩に腰を下ろした。

月の明かりで十分だと思っていたがやはり炎は明るく、そして不思議な安心感を与えてくれる。


そうして、俺は黙ったままの少年にさっさと俺の『答え』を教えてあげた。

彼が悩んでいた事も、何を悩んでいたのかも、オッサンはとっくのとうに気がついているのです。


「今回の件だけどな、別に失敗してもいいんだぞ?」

「………………えぇっ!?」


一瞬何を言われたのか理解出来なかったのか、少々の間を置いてから素っ頓狂な声を上げてジョウは弾かれたようにこちらを向く。

その様子に肩を揺らしながら、俺は燃える薪を枯れ枝でつついた。


「お前の事だ。絶対失敗出来ない……とか、でも失敗したら……とか、あれこれ一人で堂々巡りしてたんだろ?しかもアレだ。その理由も《輝く翼(ライト☆ウイング)》の看板やパウロ()の顔に泥を塗れないとか、そんな感じだろ?ん?」

「……」


唖然としたままのジョウから返答はないが、俺にはそれで十分な返答だ。

だから、俺は声を出して笑いながら手を振った。


「パーティーの事や俺の事を考えてくれるのは嬉しいけど、そんなんどうでもいいって。お前は伸び伸びと、守りたいものを守ればいいんだ」


悩んで悩んで、それで自分なりに答えを出せたなら、それはそれでいいと俺は考えていた。だからジョウの迷いに気づきながらも、あえて何も言わなかった。

が、それを俺に打ち明けに来たならば、ここからはオッサンのお節介タイムだ。


まだ呆然としているジョウの頭をグシャグシャと撫で、歯を見せて笑う。


「自分達の力ではどうしようもなくて、対価を払って冒険者ギルドを頼る。そういう人達に対しては、依頼を受けた冒険者は責任を負わなければいけない。それはもう分かるよな?」

「は、はい……」

「でも、今回の件は話が違うでしょ?ヴェイルの街を守る役目の人達がその責任を果たさず、結果自分達ではどうしようもない事態になった。そこにたまたま街を救える可能性が、ジョウがやって来た。そんなのジョウが責任感じるような話じゃないよ」


わざとハハン!と鼻を鳴らし、わざとオーバーに肩をすくめて見せると、ジョウはあんぐりと口を開いていた。

焚き火の中に追加の薪を放り込みながら話を続ける。


「まぁ今回は前もって避難も出来て、最悪の事態にはならずに済みそうだからこんな風に笑って言えるんだけどな。生きてるだけで丸儲け、ってヤツだよ」


上手くいくならそれに越した事はない。しかし、失敗したとしてもそれは本来の流れになるだけだ。

人の命だけでも失わずに済んだなら、その原因と結果をちゃんと受け止められたなら、その失敗は関わりのある者全てにとって教訓として残る。

きっとそれは、長い目で見たら損ばかりの結果ではないだろう。


俺が喋り終えると、辺りは夜の静けさに包まれた。

川の流れる音と虫の音、燃える薪が爆ぜる音がやけに大きく河原に響く。


しばらく組んだ自分の両手に視線を落としていたジョウは、ふとこちらを見て重い口を開いた。


「……だったら……どうしてパウロさんはこんなに頑張ってるんですか……?」

「うん?」

「危険かもしれないのに一人で原因を調べに行って、色んなことを考えて対策を練って……今だってこうして街のために寝ずに見張りをして……それをボクが全部台無しにしちゃうんじゃないかと思うと……怖くて……」

「……ふむ……」


ジョウの言葉を聞き、自分の口元に手を当てる。


彼にはそう見えたのかもしれないが、実際は大して頑張ってるつもりなどない。この体なら数日寝なくても平気へっちゃらだ。

この若さだけは心底羨ましい……


他の事にしてもそうだ。

現場を自分の目で確認しに行ったのも、どう対処すべきか考えてきた事も、いい歳のオッサンとしては当たり前の行動であり、特に無理をしたという感覚はない。


ただ、子供に負担をかけまいとするその行動が、逆にジョウにとって心的負担となってしまった部分もあるのだろう。


ならば、俺はちゃんとジョウの質問に向き合わねばならない。いい大人として。


「うーん……そうだなー……」


パンパンに張り詰めていたのだろうジョウの心の内を聞き、俺は腕を組んで夜空を見上げる。その前にチラリと見えた少年の小さな手は、微かに震えていた。


シャールにも同じような事を感じたが、今のジョウと原作の『ジョウ=マクスウェル』は完全に別人だ。

行き当たりばったりで行動するのに物語(世界)の力にアシストされ、なんだかんだでハッピーエンド。めでたしめでたし。

そんな『ジョウ=マクスウェル』はもうここにはいない。


いや、物語(世界)のアシストは今も生きているのかもしれないが、ジョウはそんなものの存在を知らない。

だからこそ彼は全力で悩み、迷い、恐れ、そして考えているのだろう。物語の主人公ではない、一人の人間として。


それが嬉しくてジョウの頭にポンと手を置くと、少年は「あっ……」と小さな声を発した。



今から俺が伝える事は、もしかしたら彼の『パウロ』に対する憧れを粉々に砕いてしまうかもしれない。

でも、俺はそれでもいいと思う。

それで砕ける理想像なんて、そんなものはただのハリボテだ。ただの額縁だ。


たとえ幻滅されようと、俺はこの子に『俺』を見て欲しいんだ。


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