『ク〇ラノベ』はそんなに甘くはない
「…………は?」
予想だにしていなかった事態に、俺は思わず呆然と呟いていた。
豪華なテーブルを挟んだ対面では、数日ぶりに会った王女殿下が真っ赤な顔でうつむき加減にこちらを見ている。
ここは、王城内に数部屋あるという応接室の中でも最上位の部屋だそうで、今現在室内にいるのは俺を含めて四人だけ。
一人は顔を赤くしている王女殿下。
リースの右隣に座っているのは、彼女の父親にしてこの国の王、『ネフリス=アラド=セレンスティアル』国王陛下。
そして、リースの左隣に座っているのは、彼女の母親にして国王陛下の奥さんでもある『ラティナ=ミィル=セレンスティアル』王妃殿下だった。
つまり、俺は国王一家とこうしてテーブルを挟んで向かい合っているというわけだ。
そして……呼び出された用件というのが……
「我が娘を妻とし、ゆくゆくはこの国の王となってもらえないだろうか?」
だった……
回避したはずのフラグが安堵して弛んでいた心の隙にブッ刺さり、意識が遠くなる……
俺は一体、何をどう間違えてしまったのだろうか……?
◎
俺の所に城からの使者がやって来たのは、俺が師匠の下で今日の稽古を始めたばかりの時だった。
城からの、国王陛下からのお呼び出しとあらば師匠も逆らうわけにはいかず、今日の稽古は一時中断。場合によっては、今日はそのまま終了、という運びで。
先日の件で何か言われるのだろうか?
そんな思いからヒヤヒヤしながら城に赴き、そして通された先がこの応接室。
そこで俺を待ち受けていたのは、リース達親子三人だった。
怒られたりはしない、かな?
俺が即座にそう判断したのは、国王陛下と王妃殿下がやたらご機嫌な笑顔で出迎えてくれたからだ。
リースは最初っから顔を赤くしてモジモジとしていたが。
そうして向かい合う形で全員がソファーに座り、挨拶もそこそこにいきなり陛下の口から飛び出したのが、件の「うちの娘を嫁にどう?」だったわけだ……
「先日は娘がご迷惑をおかけしました。申し訳ございません。そして、ありがとうございます」
「い、いえ……お気になさらないでください……」
固まる俺に頭を下げてきた王妃殿下の姿に思わずハッとなり、俺は意識を現実に引き戻す。
王妃殿下はゆったりとした微笑を湛えて真っ直ぐに俺の顔を見ていた。
最初この人を見た時、俺はつい「リースのお姉さんかな?」と思ってしまっていた。リースが『一人娘』だという設定を知っていたのに、だ。
流氷のように透明感のある青い髪を除けば、「数年後のリースの姿」と言って差し支えのない容姿。
だが、実の娘が19歳だという事は、この人はどれだけ若く見積もっても三十代中盤は過ぎているだろう。
老化を抑える魔法の薬でもあるのかね?
そんな王妃殿下は俺を見ながら優雅に「ふふっ」と笑った。
「あの日以来、この子の口からはずっとパウロ様の事ばかりで……」
「お、お母様っ!?」
「ははっ!父親としては寂しいやら嬉しいやら」
「お、お父様もっ!」
からかうような両親の言葉に、リースは慌ててそれらを遮る。
やたらホンワカした家族の様子にも、俺の冷や汗は止まる事を知らなかったが……
「……そ、その……な、何故俺……私なのでしょうか……?」
もっとちゃんとした質問の仕方はあっただろうが、こんがらがった今の頭ではこれが精一杯だ。
俺からの質問に、リースははにかみながら視線をテーブルに落とし、一つ一つ答えてくれた。
「パ、パウロ様は姿を偽った私の事にすぐ気づいてくださいました……それがとても嬉しくて……」
うん、まぁ普通は気づかない方がおかしいんだけどね。
「そして、私の事に気づきながらも、私自身や私の立場を考えて厳しい事も言ってくださいました。そのような殿方とは今までお会いした事がなく……」
あー……ぶっちゃけおとなしく帰って欲しかっただけなんですが……
「人づてに伺ってはおりましたが、実際にお話しするとパーティーリーダーとして多くの方々の事を案じるその真摯な姿勢にもさらに心を惹かれ……」
仕事が忙しいからキミに構ってる暇ないんすよー、ってアピールだったんですけどー……
「何より、ジョウ様との仲睦まじい様子を見て、私は確信したのです。そ、その……この方となら必ず幸せな家庭を築けると……」
……オゥ、ノー……
全てを語り終えると、リースの顔は一段と赤くなっていた。
必死に平静を装っているものの、俺の方は内心真っ青だけどね……
心の中の『オッサン』は今、亀のポーズになるくらい頭を抱え込んでいます……
要するに、だ……俺が彼女を避けるためにやった全ての事が、逆に彼女の琴線に触れてしまった、と……
この物語は何か俺に恨みでもあるんだろうか……?
どうすればこの局面を切り抜けられるのかと必死になって頭を回転させていると、そんな猶予すら与えぬかのように陛下が問い掛けてきた。
「して、どうだろうか?パウロ殿?」
早い早い。押し売りの商談の如く早い。
「どうだろうか?」などと聞かれても、俺の答えは「否」一択だ。『俺』は『パウロ』ではないのだから。
そして、『パウロ』が戻ってくる事を想定するなら、ヤツを玉座に近い場所に置く事なんて出来ない。
だが、その意思を上手く言語化出来ず、俺は無駄な返答をするだけで精一杯だった。
「そ、その……わ、私には王の器などなく……」
その言葉を口にした瞬間に「しまった」とまた内心で頭を抱える。これは、原作『ボク耳』でジョウが言った言葉とほぼ同じものなのだ。
という事は……
「ふむ?余にはそうは思えぬが……そなたが王の座を望まぬというならば無理強いはすまい。王位はいずれ他の者に譲るとしよう。それは気にせずとも良い」
ニコリと笑うこの野郎……もとい陛下の口からは、やはり原作とほぼ同じ台詞が飛び出していた……
そう、国王陛下は為政者としては優秀なのだが、『親バカなバカ親』、つまり『親バカ親』なのだ。
これがこの方の致命的な欠点である。
子供の幸せを一番に考えるパパ友としては非常に仲良く出来そうな好人物なのだが……一国の王としてはアカンでしょ……
王位を譲る相手がまともな人物であるなら、むしろこの国王陛下は早々に玉座から引きずり下ろすべきとも思うのだが、王位の継承権序列を知っているとそうも言っていられない。
リースの旦那になる人物の次に高い継承権を有しているのは陛下の実弟『ラシード=アルゴ=セレンスティアル』だ。
コイツはいずれ、王位の簒奪を目論んで実の兄である陛下の毒殺を画策するようなクソ野郎である。
それを知っているからこそ尚更、俺にはこの縁談を断固として拒否する以外の選択肢はないのだ。
この国の未来を真剣に考えるなら、リースには真に王たる器を持つ人物と結婚してもらわねばならない。
そんな俺の焦りなど露知らず、陛下はリースを挟んで王妃殿下に微笑みかけていた。
「ふふ。しかし、奇妙な縁もあったものよ。思えば余とラティナとの出会いも、今のリーシティアとパウロ殿との出会いとよく似たものであったな」
「ええ、本当に」
「お、お父様、お母様……パウロ様の前で……」
突如として二人の世界を作りはじめた両親に挟まれ、リースは戸惑った様子を見せる。と、それで俺は忘れかけていた原作のどうでもいい話を思い出していた。
それは単純に言えば、この『いつまでも新婚気分』な夫婦のノロケ話だ。あまりにもどうでもいい話なので、すっかり忘れてしまっていた。
「余が王位に就く前、退屈な城から抜け出し、街を見て回っていた時だったな。ラティナ、お前とはじめて会ったのは……」
「ええ、あの日の事は、今も昨日の事のように思い出せます……」
「親父の遺伝かーい」という感想コメントが唐突に思い出される。
娘も俺もそっちのけでイチャつきはじめたこの二人もまた、そもそも王族と一般人という関係だったのだ。
出会って即恋に落ちた二人は、大恋愛の末に見事ゴールインした。
もちろん第一王子などという立場だった陛下には婚約者もいたのだが、駆け落ちすら辞さないという陛下の熱意に負け、当時の王もついには折れたのだとか。
そんな原作通りのノロケを観賞させられていると、そこで俺はハッと閃いていた。それはまさに天啓の如く。
リースの背中を押すこの恋愛脳夫婦は厄介極まりない。
が、それは『敵としてならば』の話だ。
ならば、国王陛下と王妃殿下をこちらの味方にしてしまえばいい。
そのための奇策を、俺は今思いついた。
一世一代のハッタリをカマすため、唾を呑んで喉を湿らせる。
そして俺は、覚悟を決めて甘い空気を漂わせる二人の世界を引き裂いた。
「こ、国王陛下、王妃殿下。そして、リーシティア様……私の話を聞いていただけますでしょうか?」
「パウロ様?」
俺の突然の発言にキョトンとするリース達の視線が突き刺さる。
……嘘は良くない……うん、決して良くはない……
だが……時にはつかねばならない嘘もあるよね……?
そんな言い訳を自分に言い聞かせ、俺は一度大きく息を吸った。
◎
……結果だけを先に言うと、俺は何とかこの場を切り抜けた……
……そう……『この場』は……
やっぱりさー……嘘は良くないよねー……うん……
「リーティシア様」などと大っぴらに呼ぶわけにもいかず
リーティシア✕
リーシティア◯
『リース』という楽な略称を使いたかったがために『リーシティア』という名前にしたのに、本人が一度ナチュラルに間違えてました。
だって『リーティシア』の方が口にしやすくね?
( ・ω・)
はい、ゴエモンさん、お見事でーす。
書いた本人も間違えるようなものをよく見抜きましたなぁ。
腹筋しますた。
とーちゃん、金髪。かーちゃん、青髪。
混ぜて娘は緑髪、という無駄なこだわり(笑)
アホ展開をあとちょっと続けてから冒険パートに戻ろうと考えてます(予定)
今回の仕込みは……かなり厳密に言うと誤用、というもので、難易度高めです。
このままでも間違いとは言い切れない言葉ですねー。




