オッサンの修行方針
ジョウ達が修行を開始したその朝、俺は少し早い時間を指定してシャールに拠点へ来てもらっていた。
その理由は俺の……『パウロ』の持つ力について尋ねるためだ。
「じゃあ、シャールも『闘気』の扱い方は知らないのか」
「はい、すみません……こんな事になるなら、私も訓練法くらい教わっておけばよかったですね……」
「いやいや。こんなわけの分からない事態、誰にも想定出来るわけないんだから、気にしなくていいって。ホント、真面目だなー」
まだ誰も来ていない静かなラウンジで、申し訳なさそうに肩を落とすシャールに苦笑しながら手を振る。
シャールによると、パウロはあの闘気という力の扱い方をヤツの師匠のような存在、『ガドウィン=アーカーバルダー』から学んだそうだ。
元々闘気という力は誰もが持っているものらしい。が、それを闘う力に変換出来る者は稀で、才能ある者でも長い修練が必要だという。
しかしその点においてパウロは天才的だったようで、その才覚を見出したガドウィンがヤツを鍛え、そしてそのまま仲間になった。
というのがシャールから聞いた闘気についての情報と、《輝く翼》誕生の経緯だ。
話を聞き終え、俺は腕を組んで一人頷く。
「んじゃまぁ、闘気の訓練についてはガドウィン待ちだな」
「それで大丈夫ですか……?」
俺のあっけらかんとした言葉にも、シャールは不安そうにしていた。
まぁ仕方ないと言えば仕方ないだろう。パウロの力の中核はこの『闘気』という力だったのだから。
しかし、だからこそ俺はこの力をあまり頼りにしてはいなかった。
彼女の不安を取り除くべく、俺は軽快に笑ってみせる。
「全力の一発なら使える事は分かったからね。それだけで今は十分だよ。何より、今の俺じゃ闘気を使いこなせたとしても大して意味ないしね」
「え?」
俺の考えが分からなかったのか、シャールは戸惑った様子を見せる。
そんな彼女に、俺は色々と考えて至った結論を伝えた。
「下地が足りないんだよ、俺には。いや、『パウロ』も、かな。シャールから見て、『パウロ』があのゴブリンを倒せたと思う?」
「それは……」
俺の質問に、シャールはすぐ答えを返さなかった。それがそのまま『答え』なのだろう。
パウロの槍術は我流、言わば『アレクサ流』だ。
原作でもヤツは闘気を利用した破壊力任せの、ただ槍を振り回すような戦い方しかしていなかった。
人生の下り坂に入るまではそれで何とかなっていたのだろうが、俺の見立てからすると原作パウロでもあの黒化ゴブリンの動きを捉えられなかったと思う。
いくら「当たれば勝ち」の一撃を持っていたって、当たらなければそこに意味などない。
だから俺は決意したのだ。
俺が成すべきは、地道でも真っ当な努力だと。
「今の俺に必要なのは確かな技術だ。地味でも何でもいい。『パウロ』も持ってなかった正しい槍の技術は、何よりも強い武器になるはずだ」
「……貴方らしいですね……」
グッと拳を握りそう言うと、シャールは少し驚いた顔をした後で柔らかく微笑んでくれた。
それから、彼女は俺に尋ねてくる。
「それで、どこで槍を学ぶかは決めているんですか?初歩的な技術ならギルドの訓練所でも学べますが……貴方がそこへ行くと相当困惑されると思うのですが……」
確かに彼女の言う通り、パウロがそんな所へ行ったら悪ふざけと取られても仕方ないだろう。
本当はそのレベルから始めたかったのだけど……
だが、甘えた事は言っていられない。
着実に、しかし最短距離で強くなるために、俺は自身の記憶から誰に教えを乞うべきか既に決めていた。
そして、それを明かした時、シャールがどんな反応を見せるのかも既に分かっていた。
「それなんだけど……『テレサ=ディアーク』に頼み込もうかと思ってるんだ……」
「…………はい?」
俺の言葉に硬直したシャールは、一拍の間を置いて首をカクンと傾ける。
うん、そうだろう。そんな反応にもなるだろう。
『テレサ=ディアーク』
彼女は《明けの明星》に所属するSランク冒険者であり、かのパーティーのエース。
そして、他に類を見ない程の槍の使い手であり……『パウロ=D=アレクサ』を蛇蝎の如く嫌っている人物なのだから……
◎
《輝く翼》の拠点を出た後、俺は街の中心近く、王城のそばにある貴族が住まう区画に来ていた。《明けの明星》の拠点はこの区画にある。
辺りの建物もかなり豪華なものばかりなのだが、《明けの明星》の拠点はその中でも異彩を放っていた。
「……相変わらずスゲーなー……」
何度見ても見慣れないその外観に、思わずため息が漏れる。
「マハラジャの宮殿」とでも言えばすぐにイメージが浮かぶだろうか?
まさにアレなのだ。そして、ここも金ピカ……
ラインズは、とある公爵家に由縁のある名家の生まれだそうで、この拠点がここにあるのもその関係らしい。
「あれ?パウロさん、こんにちは。今日はどうされました?」
「おっす。ちょっと用事があってね」
門の脇に立って警備をしていた若いメンバーの青年達ににこやかに挨拶され、俺も笑って片手を上げる。
パーティー間交流を当たり前のものにするため、俺はここを含めて様々なパーティーの拠点に顔を出してきていたため、彼らの対応も今や穏やかなものだった。
パーティーリーダーが他のパーティーの拠点に赴くという行為は、元々はパーティー間抗争の合図だったそうだ。
それを聞いた時、俺は心底思ったものです。
「アホくせー」と。
なので俺はこの街にあるあらゆる拠点を渡り歩き、飯を食い、酒を飲み、そこのパーティーの連中とバカ騒ぎしてやった。
そうやって頑張った甲斐があったか、最近ようやくつまらない悪習も過去のものになりつつあるようだ。
そして俺は今日、これまでの成果に一縷の望みを賭けてこの場所を訪ねたのだ。
「リーダーなら中におりますので、どうぞ」
「う、うん、ありがと」
警戒心の欠片もなく門を開けてくれる青年達に感謝しつつ、俺は少し緊張しながら頬を掻く。
中に入る前に、心構えのためにも一つ聞いておかねばならない……
「そ、その……今日はテレサ……さんもいる、かな?」
「えっ!?」
俺の一言に彼らは、最近はほとんど見せなくなっていた強張った表情を見せた。
さぁ、腹を括ろうか。
ダメならダメで、その後の事は結論が出てから考えよう。
◎
「……お願いですから、暴れないでくださいよ……?貴方達二人に暴れられたら……うちの巣は……」
「いや、俺は暴れんて。でも……テレサさんが暴れたら、その時は頼むよ?マジで助けてよ?」
パウロの屋敷のものより立派な廊下を歩きながら、大の男二人がコソコソと小声で話し合う。
こちらの事情を伝えたラインズのビビり方に、俺の方もケツがキュッ!となる思いだった。
今日のラインズは、綺麗な青地の、お貴族様が着るような服装だ。これが彼の普段着なのだから、流石は名家のお坊っちゃま。
だが、いつもはイジるその格好も、今日ばかりは心底どうでもいい。
それくらい俺は緊張していた。
やがて俺はラインズの案内により、立派な観音開きの扉の前に立つ。
「覚悟はいいか?」とばかりに目配せするラインズに頷いて返すと、彼は地獄の門を開くように表情を固くさせながら扉を押し開いた。
「あ、リー……パ、パウロさんっ!?」
「や、やぁ、皆。ぼ、僕達の事は気にしなくていいから、ゆっくりしてて……」
俺達を、というか俺を見て仰天するメンバー達に、ラインズはひきつった笑みを浮かべて見せる。
俺もこの部屋には何度か来たし、彼らと会って楽しく話をした事もある。が、それは『彼女』がいない時に限った話だ。
『サロン』と呼ぶのが相応しいその空間には数組のティーテーブルのセットが並び、二組八名の男女が優雅にお茶を楽しんでいたところだった。
彼らは《明けの明星》の上位ランカー達だ。
皆、『ザ!上流階級!』みたいな格好をしている。
そして……離れたテーブルに一人で座る綺麗な女の子……
ティーカップを片手にこちらを向いた彼女は、俺の姿を確認した途端、鋭い眼差しを俺に向けてきていた。
いや、あれはもう『眼差し』じゃなくて『眼刺し』かなー……
『テレサ=ディアーク』
歳は原作でも明記されてなかったと思うが、見た感じ二十代前半。
実った稲穂のような色の髪を一本の三つ編みにまとめていて、こちらを刺すその瞳は深い海の色。
彫刻を思わせる整った顔立ちは普段から近寄りがたい雰囲気を醸し出しているが、そんな顔で睨まれてるのだからたまったものではない。
好意の視線もシャールさんのチベスナ目もなかなかの心労を覚えるが、やはり女の子のガチ睨みは一番心臓に悪いです……
着ている服はその心根を表しているのか見事な純白で、どこかの司祭や司教が着ている法衣のようなもの。
総評すると、『自分にも人にも厳しい』、そんな印象を受ける女の子だった。
男二人でゴクリと生唾を飲み込み、俺とラインズは彼女の所へと歩を進める。
「や、やぁ、テレサ……その……ご機嫌はいかがかな……?」
「……聞く必要があるのでしょうか……?」
翻訳するなら「最悪」というところか。
俺が食らっていた『眼刺し』を食らい、ラインズは笑顔を凍りつかせていた。
しかし、神経をすり減らしながらこの場に案内してくれたこの人の好い友人に、これ以上キッツイ思いをさせるのは忍びない。
そのためにも、俺は覚悟を決めて一歩を踏み出した。
「気分を害して本当に申し訳ないと思ってる。だけど、今日はテレサさんにどうしても頼みたい事があって、俺がラインズに無理を言ったんだ。だから、責めは俺が全て受けるよ」
「パウロ……」
「頼み?貴方が?私に?」
救われたような顔をするラインズと、露骨に眉を歪めるテレサ。
運悪くこの場に居合わせてしまったメンバー達も、皆戦々恐々という気配でこちらを伺っている。
そんな中、俺は一度息を吸って……彼女に深く頭を下げた。
「テレサさん。俺は一から槍を学び……直したいと思ってる。どうか御教授願えませんか?」
『っ!?』
唐突な俺の言動に、皆が息を呑むのがハッキリと分かる。
ここからは……誠心誠意の真っ向勝負だ!
ディーネは宙を舞いながら『称贄』の言葉を贈る。
『賛』じゃなくて『贄』になってますねーw
誤魔化されませんかーw
はい、ゴエモンさん、お見事でーす。
腹筋とついでに腕立てもしときました。
そう言えば一度聞いてみたかったんですが、この話も「ハーレムもの」になるんですかね?
複数の相手と相互に関係が出来て「ハーレムもの」?
一方的に複数の相手から追い掛けられてるのも「ハーレムもの」?
定義がいまいち分かりませぬ……
今回の仕込みはちょいと捻りました。
誤字でも誤用でもないんですが、言葉の間違い、ですかね。
それでは……ファイッ!




