帰り道
気がつくと、辺りはすっかり夕方と呼ぶべき光景になっていた。
俺がシャールに語った推測が仮に全て正しかったとしても、現状で俺達に打てる手立てはほぼない。
唯一の優位性は、俺があの『矛盾存在』の気配を察知出来るという事だけである。
だから俺達は情報の共有を済ませると、再び帰路に就いた。
ジョウの事は気掛かりだが、今の俺達が最優先にすべきは体を休める事だ。
「しっかし、相変わらず活気があるなー」
「そうですね。魔獣の襲撃にも動じていないようで、安心しました」
二人で歩く街は、いつもと変わらぬ夕方特有の賑わいに包まれていた。そんな日常の風景に心からホッとする。
「ああ、この当たり前の風景を守る事が出来たんだな」と。
と、そこで隣を歩いていたシャールが不意に俺の顔を見上げてきた。何やら難しい表情で。
「あの……先程は「こんな事聞いてる場合じゃない」と流していたんですが……少しいいですか?」
「ん?なに?」
「その……アクエルの場所がコロコロ変わったり、人の名前が突然変わったりって……貴方が知っていたこの世界……『物語』というのは、一体どうなってるんですか?」
「え?それ聞いちゃう?」
突然の、だがある意味当然の質問に、俺は思わず言葉に詰まる。
ハッキリ事実を言うべきか?ここは優しい嘘をつくべきか?
そんな二択に悩み、「うー」とか「あー」とか言っていると、シャールは頬をひきつらせながらそっと片手を上げた。
「いえ、すみません。やっぱりいいです。貴方のその反応を見ていたら……ちょっと怖くなりました……」
「あ、あははー……そ、そっか。うん、それがいいよ……」
少しホッとしながら愛想笑いを返すと、シャールの顔は若干青ざめていた。多分疲れのせいだけではないのだろう。
だけど俺は、これだけは彼女に伝えておきたかった。
この世界が『物語の世界』だと知ってしまった今からでも、彼女が胸を張って前に進んで行けるように。
「まぁでも、本当に気にする事ないよ。さっきも言ったけど、ここはもう俺の知ってる物語とは別世界だ。みんなどんどん変わっていってる。特にシャールは、ね」
「私、ですか?それは……私自身も少しそう思ってましたが……どう変わりましたか……?」
おっかなびっくり、という風に、シャールは上目遣いで尋ねてくる。それに対して俺は満面の笑みで、思ったまま、ありのままを返した。
彼女の変化を表すのに、これ以上の言葉はないだろうと。
「シャールはね、それはもうビックリするくらい可愛くなったよ。シャールを見る俺の目が変わったのもあるんだろうけど」
「………………ふぁっ!?」
ちょっと固まった後、妙な声を出したシャールの青かった顔は一瞬で真っ赤になっていた。
本当に可愛らしい少女の様子にニヤニヤしながら、俺は言葉を重ねる。
「俺が知ってたシャールは仲間にも冷たかったり、でもジョウには妙にデレたり、情緒不安定な感じだったんだ。まぁ、不器用なだけだったのかもしれないけど。でも今はもう、性格的にも非の打ち所がない美少女!って感じだな」
「……あ……う……」
俺の絶賛に、シャールはフラフラしながら鯉の如く口をパクパクとさせる。
きっと『ボク耳』のシャール=エルステラなら、ジョウ以外にこんな事を言われても顔色一つ変えず「そうですか」くらいで済ませていたんじゃないかな?
本人は気づいていないのだろうが、彼女の人気は今や絶大なものだ。
元々人気がある『設定』ではあったが、原作のシャールはクズ勇者パウロのお気に入りであり、本人も他人には冷たい一瞥をくれるような性格だった。そんなもん、なかなか近づきがたい存在だろう。
しかし今の彼女は、多少のぎこちなさはあるものの話し掛ければ誰が相手でもちゃんと応え、笑顔を見せたりもする。
さらにはパウロが彼女との関係を否定しているのだから、そりゃあ男どもが躍起になるのも無理はない。
すっかり歳相応の女の子らしさを身につけた少女に、感慨深く「うんうん」と頷く。
と、シャールは消え入りそうな声で「……ありがとう、ございます……」と呟いてから口をキュッと真一文字に結んだ。
恥ずかしがっているのか、怒っているのか、よく分からない表情でプルプル震えながら(笑)
そんなシャールの様子に、「アラヤダ可愛い」と俺のイタズラ心に火が点く。
「でも、俺の知ってたシャールにも可愛いところがあってさ」
「……もう……許してください……」
さらにニマニマしながら言うと、もはや限界だったかシャールは両手で顔を覆う。
が、残念っ!これは可愛い子をイジりたいというダメ少年心からの発言だ!
俺は醜悪な笑みを最高潮にして、読者の皆さんに人気があった『シャール=エルステラの可愛いところ』を教えてあげた。
「物語のシャールはいつもクールなんだけどさ、ちょっと抜けてるところがあってね。キリッ!とした顔で行動するのにしょっちゅうヘマをしては読者から「ポンコツ可愛い」って……」
「それは私じゃありませんっ!!!」
ドスッ!!!
「ふぅっ!?」
瞬間!俺の左脇腹にシャールの右フックがめり込むっ!
街の人達が騒然となる中で崩れるように膝をつくと、見上げた先のシャールは顔をヤバいくらいの赤色に染めていた。
今度は怒り100%だろう。肩がプルプルと震えている。
「……え、えっと……ゴメンナサイ……」
「……パ……こ…………バカッ!!!」
怒りのあまり語彙力をなくしたか、文句の言葉を諦めたらしいシャールは子供のような罵倒を俺に叩きつけ、ドスドスと足を鳴らして歩き出す。その圧で辺りの人々を散らしながら。
その背中に苦笑しながら立ち上がり、俺もその後を追った。
「ゴメンて、シャールさん」
「うるさいっ!知りませんっ!」
謝るが取りつく島もない。
すっかり感情豊かになった少女にまた苦笑して、俺はその後ろを追いかけるのだった。
きっと俺みたいなヤツが『娘に嫌われる父親』になるんだろうな。
だけど、おかげで娘が可愛くて仕方ない世のパパさん達の気持ちがちょっとだけ知れた。
ホント、この子が『ハメ太郎』みたいな彼氏を連れてきたら、相手ブン殴っちゃいそうだわ、うん。
俺達はしばらく黙り込んで川のせせらぎと街の『咺騒』を聴いていた。
『喧騒』が正解ですね。
小さいウ冠がないだけなんですが、結構すぐにおかしいと気づきますな。
はい、《神速》のくるぐつさん、正解でーす。
投稿二分で正解ですってよ、二分。
腹筋しマッスル。
今回の話は、本来前話のケツに来る話でした。
が、まともに書くと6000文字くらいになり、短縮すると書きたいものが書けず……
というわけで、オマケ的に差し込む事にしました。今回は仕込みもナシで。
ナチュラルミスは普通にあるかもなので、チェックお願いしまーす(人任せ)
ゴエモンさんにニヤニヤしてもらえたら嬉しい、という話です(笑)




