それぞれの誇り
「ジョウッ!!!ラギルッ!!!」
小さな木立を回り込み、あの『不快感』のする場所に辿り着いた俺が目にしたのは、予想もしていなかった光景だった。
「ぐぅっ!」
「ラギルさんっ!?」
突き飛ばされたのか、尻餅をついた格好で叫ぶジョウ。そんなジョウを庇うように寄り添うディーネ。
そんな彼らを守るように立ちはだかっていたのは、ラギルだった。
『不快感』の発生源、黒いゴブリンのような『ナニカ』の体を正面から大斧の柄で襷掛けに押さえている。
それでも黒いゴブリンは突き出した左手をジョウに向かって伸ばし、ラギルの巨体を強引に押し込んでいた。
最初の一撃がかすめたのかラギルの右脇には抉られたような傷があり、こぼれた血が右足を濡らしている。
足を止めないままに、俺はすぐさまどう行動すべきか決めた。
「ラギルッ!踏ん張れっ!そのまま動くなっ!」
声を掛けながら地面を蹴り、一気に間合いを詰めてラギルの背後から槍を突き出す。
決して彼には当てないよう威力よりも精度を重視して、正確に脇の向こうに見える黒ゴブリンを狙って。
俺の突きはラギルの体をかすめもしなかったが、同時に黒ゴブリンの体にも当たらなかった。が、ヤツを退かせる事には成功していた。
今はそれで十分だ。
「ふんっ!」
ラギルを迂回するように前に躍り出て、今度は槍を長く持って橫薙ぎに振るう。
これもまた当たりはしなかったが、目論見通りに黒ゴブリンは大きく後退して距離を空けていた。
「大丈夫かっ!?ラギルッ!ジョウッ!ディーネッ!」
「ボ、ボクは平気ですっ!ラギルさんが庇ってくれて……!」
「わ、私も大丈夫!」
「た……大した事はないです……!」
穂先を黒ゴブリンに向けつつ半身で構え、意識の大半を正面に集中させながら背後のラギル達に声を掛けると、三様の答えが返ってくる。
だが、ラギルの声色だけは言葉より切迫したものだった。
当たり前だ。内臓までは届いていないかもしれないが、パッと見ただけでもかなり深く抉られていたのだから……
それでもその返事には「こちらは気にするな」と言わんばかりの強さがあった。
前方を警戒しつつ一瞬だけ後ろに目をやると、膝を折ったラギルに駆け寄るジョウの姿が見えた。
「ラギルさんっ!?どうしてボクを……?」
「……悪かったな、ジョウ……お前を追い出そうとして……」
「えっ!?」
俺の様子を……いや、違う。俺の背後にいるジョウの様子を窺うようにゆっくりと動く黒ゴブリンから目を逸らさず、背後の声を拾う。
そこには、誰も知らなかったラギルの悔恨の念があった。
「多分……俺はお前の一生懸命さに苛立ってたんだ……いつの間にか楽する事ばかり覚えちまって、現状維持出来りゃそれでいいやってなっちまって……だから、お前の姿が疎ましかったんだろうな……」
「……ラギルさん……」
「あんな事した俺にもお前は普通に接してくれるから、ずっと言えなかった……こんなドサクサで謝るとか、マジでダセェな、本当に……ぐっ!」
それだけ言うと、ラギルは苦悶の声を上げた。
音から察するに痛みを堪えて立ち上がったのだろう。
それから、ジョウと俺に声を掛けてくる。
「ジョウ。お前は残ってリーダーを援護しろ。ファイエルの野郎ともやり合える今のお前なら、俺より絶対に役に立つ。すんません、リーダー……俺は一度下がります……」
そして、少しリズムの悪い足音は街の方へと遠ざかりはじめた。
その不様さで主人公の活躍を引き立て、腰巾着として悪役のクズさを際立たせる。
本来そんな役割を演じさせられるだけだった男の、独白めいた後悔の言葉に……俺は奮い立たされていた。
絶対に、この目の前の『ナニカ』などに負けられない、と。
絶対に、コイツの負傷を意味のないものになどしない、と。
大きく息を吸い、空に向かって吼える!
「ラギルッ!!!」
「は、はいっ!!!」
「体張って仲間守れるヤツがダセェわけないだろうがっ!!!自分がやった事を反省して、詫びる事が出来るヤツがダセェわけないだろうがっ!!!」
「っ!?」
重い足音が止まる。
背後を確認する事なく、俺はあらん限りの声を振り絞った。
「よくジョウを守ったっ!!!お前は《輝く翼》に必要な人間だっ!!!今はしっかり休めっ!!!」
「……ウスッ!!!」
震える、だが大きな声で返事をしてから、足音はドスドスと遠ざかっていった。少しだけ、リズムを軽やかにして。
入れ替わるように、サクサクと草を踏む軽い足音が隣に並ぶ。
ラギルを見送ったジョウは肩にディーネを乗せ、服の袖で顔を、目元を拭っていた。
「……パウロさん……ボク……《輝く翼》のメンバーでいられて、本当に良かったです……」
「だな。俺も誇らしいよ」
ジョウの想いに思わず顔を綻ばすと、それで余計な力が抜けた。
先生にも、何度も言われたな。
「気負い過ぎると動きが固くなる。動きが固くなると、本来の力が出せなくなる」と。
だから冷静に。しかし、本気で怒ろう。
大事な仲間を傷つけた、この不快な違和感を持つ『ナニカ』に。
「ディーネ。シャール達の所へ行って伝えてくれるか?皆と一緒に城壁のそばまで下がってくれ、って。ファイエルの方は……まぁいいか。どうせ近づけないだろうし。戦う相手がいなくなったら、勝手に移動するだろ」
「うん!分かった!ダーリンもマスターも、気をつけて!」
シャール達への伝言を頼むと、ディーネはジョウと俺、それぞれの頬にキスをしてから右翼方面へと飛んでいった。
ヤバい状況だという事も忘れ、俺とジョウは苦笑顔を互いに見せ合う。
さて、精霊様の祝福も頂いて、あとやるべき事は一つだけだ。
俺は槍を構え直すと力を込めて地面を踏み締め、そして……
「それじゃ……コイツ、ブッ飛ばすぞっ!ジョウッ!」
「はいっ!!!」
力強いジョウの返事を号令に、真っ直ぐに不快感の発生源へと突撃した。
◎
戦場を駆け抜け、トロルという人型魔獣の首を刎ねたところで、私は一度足を止めていた。
鞘に剣を収めながらフッと息を吐き、額の汗を拭って呼吸を整える。
第一波はこれで大体片付いた。が、まだまだ魔獣の襲撃は続くのだろう。
北東の方角からは、次の魔獣の群れが迫ってきていた。
『あの人』が言う「本来のこの世界」では、ジョウくんは約一時間かけて、ほぼ一人で今押し寄せてきている全ての魔獣を倒してしまったのだそうだ。
本当に驚くべき話だが、それを語る彼の顔にはひきつり笑いが浮かんでいた。
「あの暴れっぷりだと、多分平原はメチャクチャになってたと思うよ。周りに仲間がいないってのも良し悪しだよねー」と……
それはさておき……
「……何かあった……という事でしょうね……」
誰もいなくなった後方を見て一人呟く。
戦闘の途中で、後衛が後退したのには気づいていた。
後方支援がなくとも、今の面子ならこちらは戦線を維持出来る。左翼側はむしろ一人の方が良いくらいだろう。
だが、『あの人』が何の理由もなく後衛を撤退させるとは到底考えられない。
このまま戦闘を続行すべきか。右翼側も下がるべきか。
そう悩んでいたところに、彼女は文字通り飛んできた。
「いたっ!シャールッ!」
「ディーネ?」
単身飛んできたディーネは、私の顔の前で急停止する。と、彼女は慌てた様子で身振り手振りを交え、捲し立ててきた。
「大変なのっ!シャールッ!な、なんかヘンなヤツが出てきて!マスターを守ってラギルが怪我しちゃって!それでダーリンがシャール達の方も下がれって!」
「ラギルが怪我をっ!?お、落ち着いて、ディーネ。ゆっくりでいいですから」
慌てふためくディーネを宥め、事情を詳しく聞くと、私は寒気を感じてゾッとしていた。
ジョウくんの命が危なかった?あのラギルが深手を負わされた?
本来ならジョウくんはこの戦いを危なげなく乗り切ると『あの人』は言っていたし、ラギルの頑丈さは《輝く翼》でもトップクラスだ。ただのゴブリンの爪など、薄皮一枚削るのがやっとのはず。
それはつまり、ジョウくんにも『あの人』にも、命の危険があるという事を示している。
「この世界の『未来』は容易く変化する」
そんな『あの人』の言葉を思い出すと、全身の血が一気に冷えた気がしていた。
そこへ、仲間の声が響く。
「次が来たぞっ!皆っ!気を抜くなっ!」
「っ!?」
ビクリッ!となり前を向くと、言葉通り魔獣の群れが再びこちらに迫ってきていた。
若干少なめではあるが、左翼側の方にも。
焦りながらディーネに問う。
「パウロとジョウくんはどこにっ!?」
「あ、あの森の向こう辺りに……」
そう言ってディーネが指差したのは、この場所から西北西にある小さな森の方角だった。この位置からは、二人の様子がまるで分からない。
左翼側に向かっている魔獣が二人に気づいたら、二人は余計な敵まで相手にしなくてはならなくなる。
しかし、今私が抜けたらこちらも魔獣の突破を許しかねない。そうなると後衛に危険が及ぶ。
全てを守るために私は何を為すべきか。
そう考えた時……私の覚悟はすぐに決まっていた。
「ディーネ。貴女はすぐに二人の元に戻って、ジョウくんをサポートしてあげてください」
「う、うん!分かった!」
「パウロからの指示ですっ!皆、後退してくださいっ!先に下がった後衛と合流をっ!」
私の言葉に皆は一瞬動きを止めたが、すぐさま迷わず頷き、一斉に行動を開始した。
きっとそれは私の言葉に従ってくれたのではなく、『パウロからの指示』に従ってくれたのだろう。
『あの人』は僅かな間にそれだけの信頼を勝ち取ってきたのだ。
それが何故か誇らしくて、私は知らない内に微笑んでいた。
「お前はどうするんだ?シャール」
「私はパウロ達の援護に向かいます。その前に……」
来た時と同じ勢いで飛んでいくディーネを見送り、横を通り抜け様の仲間からの問い掛けに答える。
そして私は、迫る魔獣の群れを見渡しながら剣を引き抜いた。
「数は減らしておきますので、残りはお願いします」
「お、おいっ!?」
驚く仲間達の声を置き去りに、魔獣の群れへと駆け出す。
『あの人』は私に「剣になんてならなくていい」と言ってくれた。
「シャール=エルステラとして力を貸して欲しい」と。
ならば私は『シャール=エルステラ』として『剣』を振るおう。
ジョウくんを、仲間の皆を……『あの人』を守るために。
『若千』の油断も理由だが、最大の理由はここ数日気が張ってあまり眠れていないからだ。
あー、『干』が数字の『千』になってましたねー。
失敗失敗。
( ´∀`)ゝ テ屁♪
……もう少し見逃せやっ!
フェイントかけて朝早く投稿してるんだから、寝ぼけ眼でしばらく見逃せやっ!
はい、毎度お馴染みのくるぐつさん、正解でーす。
腹筋したったわ!
今回は……設定ミスでーすフヒヒ。
いいですか?『設定ミス』ですよーw
今回は見つかりませんよーw




