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存在してはいけない『ナニカ』


街の北側、城壁の外。

北へ向かう街道があり、小さな森が点在する広い草原。


争いとは無縁に思える平和な風景を眺めながら、俺は……


「ふぁ……」


つい欠伸(あくび)を漏らしてしまっていた。

「コラッ!」と言わんばかりの視線をシャールから頂戴して、俺は握り拳を口元に当ててわざと咳き込む。


若千の油断も理由だが、最大の理由はここ数日気が張ってあまり眠れていないからだ。

魔獣の襲撃の正確な日時までは分かっていなかったから、ここ数日は「今日か?明日か?」とハラハラしていたのだから。

なので、ちょっとだけ大目に見てほしい。


風に乗ってかすかに聞こえてくる戦闘音は、街の東側ですでに戦いが始まっている事を教えてくれていた。

大きな爆発音が聞こえてくる度にファイエルはピクリ!ピクリ!と体を揺らしている。


正直、ファイエル(コイツ)の説得が一番面倒だったなー。

「俺の勘が……北側こそヤバいと告げているんだ……」みたいな赤面ものの嘘でなんとか説得に成功しました……


が、それもそろそろ限界が近そうだ。

本人も無意識なのかもしれないが、ファイエルの体は器用にも少しずつ東の方へとズレていきはじめていた。

このままでは、ヤツは後五分と我慢出来ないだろう。


と、ちょうどその時だった。

北東の方角、街に被るように広がる『東の森』の端から小さな鳥が飛んできたのは。


皆の視線を浴びながら、右手の人差し指をとまり木代わりに提供し、ジョウは小鳥の(さえず)りに耳を傾ける。

俺にも多分皆にも「チピョチピョ」と鳴いているようにしか聞こえないが、小鳥からの報告を『神の耳』で聞いたジョウは緊張した面持ちを俺に向けた。


「パウロさんの予想通り、魔獣の群れが迫ってきているそうです。それもかなりの数の、怖そうな魔獣ばかりだってこの子が」

「おいでなすったか」


ジョウの報告を聞いて「ドヤッ?」とばかりにファイエルの方を見ると、ヤツは悪びれる様子もなく目を爛々とさせていた。

一つ舌打ちをしてから、俺はリーダーとしてメンバー全員の顔を見回す。

魔獣が現れた場合の対応については既に決めてあるため、後は号令を出すだけだ。


「それじゃ、予定通りにいくぞ。無理だけは絶対にするな。負傷したらすぐに回復。もしくは、すぐに門まで退く事。いいな?」

『はいっ!!!』


俺の言葉に、メンバー全員が小気味良い返事で応えてくれた。

……いや、戦闘狂(ファイエル)一人だけは意識を戦いの気配に持っていかれていたが。


ともあれ……さぁ、戦闘(イベント)開始だ!



アイアンリザード。

その名の如く鉄のように硬い灰色の鱗を持ち、並みの剣や槍では傷すらつけられない、単体でBランク相当の魔獣。上背二メートル程の、二足歩行の小型恐竜のような魔獣である。


が、『パウロ』の力とその愛槍の前では敵足り得なかった。


「ふっ!」


俺の頭を丸かじりしようと開けた大口の中を狙い、槍の穂先を捻り込む。

脳幹を正確に穿つような技量はないが、体の中心線を貫ければ十分致命傷となるだろう。

そして、トドメとばかりに槍で(こじ)るようにアイアンリザードの体を引き倒すと、その背後からこちらに迫っていた別のアイアンリザード二体に向けて引き抜いた槍を振るった。


左打ちの打者がバットを振るような一閃。

当たってヤツらの体勢が崩れたらそれでいい。


そんな考えでの一撃だったのだが、『パウロ』の力は、その愛槍の鋭利さは、俺の想像を軽く越えていたらしい。

カボチャを切る程度の手応えで、二つの爬虫類頭が宙を舞っていた。


自分の事ながら少々呆れつつ槍を肩に掛けると、三体のアイアンリザードの骸は霧となって消えた。


「さすがっすっ!パウロさんっ!」

「いやいや。まぁこれくらいは、ね」


元気な声に苦笑いで振り返ると、そこには顔を輝かせるトッシュ、サラ、エミリーの姿が。そして、アイシェ達固定砲台(魔術師)組と、彼女らを護衛するBランク以下のメンバー達の姿があった。


俺がこの戦いの前に決めた陣形は、前衛にAランク以上のメンバーを、後衛にアイシェ達魔術師とBランク以下のメンバーを、という簡単なものだ。


前衛が暴れてる間に固定砲台がその準備を整え、撃てる段になったら合図を送って前衛は左右に展開。

空いた真ん中をドカンッ!

以後繰り返し、という段取りである。


そんな中で俺の役割は、前衛と後衛の間に陣取り、状況に合わせてフレキシブルに動く、というものだ。

今は前衛を抜けてきたあの三体の鉄トカゲを叩きに来たところである。流石に後衛のメンバーにはチト厄介な相手だったろうからね。


このやり方で数度魔法をブッ放す頃には、恐らく戦いも終わるだろう。

が、そんな事しなくても前衛メンバーだけでカタをつけられるかもしれない。

そんな事を思ってしまうくらいに、前衛メンバーの戦闘力は圧倒的だった。


「……凄い、ですね……」

「ホントにねー。やっぱアイツら、とんでもねーわ」


呆然と呟くようなエミリーの言葉に、頭を掻きながら俺も同意する。

まぁリーダーの、《輝く翼(ライト☆ウイング)》最強の男の言葉ではないのだが、それが偽りない素直な気持ちだから仕方ない。


前衛左翼では特撮モノさながらの爆発が度々起こり、右翼方面では次々と高ランクの魔獣が霧となって消えていた。

左翼側は言わずもがなの《爆炎魔人(ファイエル)》、右翼側はシャールの仕業だ。パウロ()の目でギリギリ彼女の姿が見えているくらいだから、トッシュ達にはただ魔獣が消えていっているだけにしか見えないだろう。


そして前衛中央辺りでは、ラギル達Aランクメンバーに混ざって唯一人のBランク以下、ジョウが奮闘していた。

仲間達の背中を守りながら、自身も次々と魔獣を倒している。


……こんなんじゃダメなのは分かってるんだが……なんか運動会での息子の活躍を見守るパパの気分というか……

カメラ欲しいなー……


そんな事を考えながら戦闘風景を眺めていると、そばに立つトッシュは静かに、だが強く拳を握りしめていた。


「……やっぱジョウは凄いっす……けど……オレ、悔しいです……」

「うん……アタシ達、ジョウくんがいなかったらCランクになんて絶対なれてなかったはず……アタシ達も、もっと強くならないと……」


そう言うサラも、悔しそうに唇を噛みしめていた。言葉にはしないが、エミリーも。


そんな三人の姿に、俺は正直驚き、そして同じくらいに嬉しくも思っていた。原作では、この三人はそんな考えなど一切持っていなかったのだから。


ジョウについていけば安泰。わー、ジョウくんスゴいー。

俺の知るこの三人はそんなキャラだった。

それが今、自分達の力不足を嘆いている。


喜ぶ様を見せるわけにはいかないが、この子達の人間的成長に俺は思わずホロリとなってしまっていた。

「あー、俺、間違ってなかったんだなー」と……


だから今一度、年上として、オッサン(パパ)として彼らの背中を叩こう。


「あれを見て「悔しい」って思えるなら、お前らはまだまだ強くなれるよ。若いんだから、これからだ、これから」

「う、うっすっ!頑張りますっ!」


いつもジョウにするようにトッシュの頭をグシャグシャと撫でると、少年は気恥ずかしそうに返事をした。

原作『ボク耳』ではあまり活躍の場はなかったが、彼の力もなかなか馬鹿にならないものだ。育てようによっては、ここ一番の火力はジョウを凌駕する可能性もある。


このイベントが終わったら、この子達の育て方も考えないとな。

そんな風に思いを巡らせていると……


「……」

「……」


気づけばサラとエミリーも「どうぞ」と言わんばかりに俺のそばで頭を下げていた。


苦笑とため息をまとめて漏らし、槍を肩に立て掛けて、俺はそれぞれの手で二人の頭もワシワシと撫でる。

そんな俺の方をアイシェは「ぐぬぬ……」顔で睨んでいた……

終わったらキミも撫でてやるから、前衛の方に集中するよーに。


そんな余裕すらある空気が変わったのは、そんな時だった。


「っ!?」

「パ、パウロさん?」


今の感覚を一体何と表現すればいいのだろうか?

突如として戦場に現れた『えもいわれぬ不快感』に、総毛立つのがハッキリと分かる。

だが、すぐそばのトッシュ達は何も感じていないのか、弾かれるように前衛の方を向いた俺の動きに戸惑っているようだった。


『気配』により近い前衛にも、何の変化も見られない。

シャールも、動物的勘が鋭いファイエルさえも変わらず戦闘を続けている。


ならば、きっと気のせいだったのだろう。

などと納得出来ないくらい、俺は今もこの『不快感を伴う気配』を感じていた。


何故だかはまるで分からない……だが、『分かる』のだ。

『存在してはいけないナニカ』が現れた、と。


瞬間、俺は後衛の皆に本能的な指示を飛ばしていた。


「アイシェッ!全員で門まで下がれっ!前衛も下がらせるっ!」

「えっ!?で、でも……!?」

「いいから退けっ!!!」

「は、はいっ!」


本当に余裕がなくなっていたんだろうと思う。

思わず怒鳴ってしまい、アイシェ達に怯えた表情をさせてしまった事で、俺は奇しくもわずかばかりの冷静さを取り戻していた。


慌ててパンッ!と両手を打ち合わせる。


「お、大声出してゴメンッ!でも、急いで退いてくれっ!前衛も下げて、戦線自体を城壁のそばまで下げる!頼んだぞっ!護衛組っ!」

『は、はいっ!!!』


戦闘を城壁の近くで行えば街に被害が出る恐れがある。が、いざとなったら仲間を城壁内に逃がす事が出来る。

そうしなければならないくらい、俺は「ヤバい!」と感じていたのだ。

何故かは全く分からないが、絶対的な確証をもって。


そして、もう一つの絶対的な確証。

それは……ジョウの身に危険が迫っている、というものだった。


運が悪い事に、すでにジョウ達の姿は小さな森に隠れてしまっている。


「ジョウッ!!!」


瞬間、俺の体は意思より速く走り出していた。



「……あれ?」

「どうしたの?マスター?」


周囲にいた魔獣を蹴散らし、わずかに出来た戦闘の空白。

Aランクである先輩の皆さんは即座に状況を判断し、すでにそれぞれが必要だと思う方向に向かっている。


右翼と左翼、ボクはどちら側に寄ろうかとそう考えていたその時、ふと北の方角にある『妙なモノ』の存在に気がついていた。


それは、青々とした風景の中にポツンと落ちた黒いシミ。黒い影。


「あれ……なんだろう?」


目をこらして見ると、それは黒い人の形をした『ナニカ』だった。


そう大きくはない。せいぜいボクと同じくらいだろうか?

輪郭としてはゴブリンのように見えるけど……真っ黒いゴブリン?

そんなの聞いたこともない。


と、そこでボクを呼ぶ大きな声が飛んできた。


「おいっ!ジョウッ!ボーッとするんじゃねぇっ!」

「は、はいっ!すみませんっ!」


条件反射で体がビクリッ!と震える。

あの『黒いナニカ』から視線を外すと、左翼方向からドスドスと走ってきたのは、長柄の両刃斧を手にしたラギルさんだった。


「左翼側は魔獣の数も減ってきた。あとはファイエルがいればどうにかなんだろ。というか、危なっかしくて近づけねぇ。俺達は右翼側に回るぞ」

「は、はいっ!」


ラギルさんの言葉に応えるため『黒いナニカ』から目を逸らしていたのは、ほんの一秒か二秒ほどだったと思う。

辺りには他に魔獣はいないし、そのくらい何てことないだろう。


そう思っていた……


「……えっ?」


あの『黒いナニカ』はどうしてるだろう?

そんな楽観的な気持ちでふと視線を戻したその時、ボクが目にしたのは、あんなに遠くにいたはずなのにいつの間にかすぐ近くにまで迫っていた『黒いナニカ』の姿だった。


そして……強い衝撃がボクの体を襲った……


着ている服は『酒洛』(シャレ)た物になっているのだが……


「シャレ」の正しい漢字「洒落」ですね。

草冠くらい見逃せやっ!

ヽ( `Д´)ノ


くるぐつさん、正解でーす。

うぇーい、腹筋しますた。


戦闘イベ開始です。

本来の『パウロ』は先頭に立つタイプの設定ですが、オッサンは司令塔ポジです。

まぁヒーロー物だと「先頭に立って味方を鼓舞するリーダー」というのも間違いではないと思いますが、ダメリーダーがやると何故あんなに間抜けな行動に見えるのか?

不思議ですなぁ。


今回も誤字です……が……どこに投げても打たれる気がする時のピッチャーってこんな気分なんだろうか……?



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