魔獣襲撃イベント、開始
東の森より魔獣の大群が迫ってきている。
その一報が入った時、街は騒然となっていた。
だが、その報せに狼狽したのはこの街の、このラノベ世界の住人だけだ。
事の起こりから結末までを知っている俺と、すでに大方の事情を伝えてあるシャールは、特に焦る事もなく行動を開始した。
ジョウを中心としたこの世界で起きる全てのイベントを知っている俺なら、あらゆる場面で盤石の態勢を敷ける。
原作の通りに『ジョウ=マクスウェル』がその名を轟かせる事はないだろうが、彼はこれから《輝く翼》の『ジョウ=マクスウェル』として、本物の英雄としてその名を世に知らしめていくはずだ。
だが……俺はこの日、知る事になった……
この世界が、俺の知る結末へ至る流れとは違う流れへと進みはじめていた事を……
そして、俺はこの時まだ知らなかった……
この世界の運命を書き換えようとしているのが俺だけではなかった事を……
俺が『俺』の役目を終える日。
その日へのカウントダウンは、きっとこの日から始まったのだろう……
◎
「おいっすー」
「はっ……?」
「パ、パウロ……?」
騒然となっている冒険者ギルドに足を踏み入れ、明るく笑いながら槍を持っていない左手を上げた俺の姿に、バレルとラインズは、そして多くのパーティーリーダー達は驚きの表情を浮かべていた。
まぁその理由は聞くまでもないだろう。
パウロが紅蓮の鎧ではなく、凝った意匠もない渋い鉄色の部分鎧を装備しているからに違いない。
想像していた通りの反応に肩を揺らしながら、俺はバレルとラインズのそばまで歩み寄った。
「はいはい、お疲れさん。大変な事になったけど、皆怪我しないように頑張ろうぜー」
「お、お前……どうしたんだ……?その格好は……?」
「ふふふ……いいだろ?カッコいいだろ?実はなー、うちの子達が俺のために……」
顔に「信じられない」と書いてあるようにも見えるバレルに、笑顔で事情を説明しようとしたところ、そこで俺は……
「ふぐっ!」
「パ、パウロッ!?」
思わず口元に手を当てて泣いてしまっていた。
そのせいかラインズが悲鳴じみた声を上げ、ギルド内がまた一層騒然となる。
もーホントにね、あの一件以来涙腺ユルユルなんですよ……
セバスさんに手入れの方法を教わり、毎夜徹底して磨きあげているため鏡の如く輝く胸甲に触れながら、まずはラインズとバレルに謝る。
「ご、ごめん……!これ、うちの子達がお金出し合って「俺のために」って……うぐっ!ほ、本当にね、うちの子達ってマジで天使か何かなんじゃないかと……」
「……お、おう……」
「え、ええええ……?」
話しながらまた泣きそうになってしまった俺を見る二人の様子は、明らかに、あからさまに混乱していた。
ま、でしょうね。
と、そこへ、パタパタと小走りで『ある人物』が近づいてきた。
少し前からは考えられない程の変貌を遂げた『彼女』は、多くの野郎リーダー達の視線を否応なく集めている。
まぁ正確に言うと……その動きに合わせて揺れる『彼女』の大きな胸を中心に見ている、だけど……
スゲー着痩せするタイプだったらしい。
俺のそばまでやって来た『彼女』は、いつか見たように深く深く頭を下げた。
もう帽子は飛んできませんけどね。
「こ、こんにちはっ!パウロさん!その……今日は気をつけてくださいっ!」
「こんにちは。ありがとね。ドロシー達のサポート、頼りにしてるよ」
「はい!お任せくださいっ!それと、その……いつもの鎧姿も素敵ですけど、今日の鎧もとても似合ってます!」
「おー、流石ドロシーさん。違いが分かる。ドロシーもその眼鏡と服、似合ってるよ。ちょっとだけ……目のやり場に困るけど……」
そう、『彼女』とは、《黒い森》のリーダー、ドロシーだ。
俺が笑いながら手をヒラヒラさせると、すっかり問答無用の美人となったドロシーは顔を上気させていた。
彼女はもう、あのグリグリ眼鏡は掛けていない。だが、今は代わりにピンクの楕円眼鏡を掛けていた。
なんでも熱烈な眼鏡フェチにお願いされたのだとか。
「どうしましょうか?」と聞かれたので「あのグリグリ眼鏡じゃなかったらいいんじゃない?知的な感じで」と答えたら、彼女は即日この眼鏡を買いに行っていた。
着ている服は酒洛た物になっているのだが……オッサン的には「少々問題アリ」だ。
彼女は今、肩と上乳を派手に露出させた濃緑のドレスめいた服に身を包んでいる。
いやいや、熊オッサン、金ピカ。胸元見すぎ見すぎ。
ドロシー目当ての野郎どもが色々な物を貢いでいるらしいのだが、言われるままにプレゼントされた服を着てしまうのは如何なものか……
ドロシーに合わせて垢抜けてきたメンバーの女の子達のせいもあって、巣兼店舗の方は最近キャバクラ化してきてるみたいだし……
ホントにね、店で回復薬飲んでどうすんの?と。
回復薬を水で割って飲ませたり、ボトルキープとか始めたりしたらどうしよう?
その内さりげなく注意しとかないとなー、と苦笑いしながら、俺はドロシーに、そしてバレルとラインズに話しかけた。
「ドロシー、今回の《黒い森》の配置なんだけど、少人数でいいから街の北側と南側にも振り分けてもらえないか?それからバレル、ラインズ。東側は二人のパーティーを中心に任せたいんだが、いいか?」
『は?』
俺の言葉に、三人は揃ってポカンとした顔になる。
話に耳を傾けていた周りのパーティーリーダー達もだ。
彼女と彼らが質問を返してくる前に、俺はこの提案の意図を伝える。
とは言っても、その内容は虚実を織り交ぜたものなのだが。
「うちの子の『神の耳』で確認してもらったんだがな、どうも魔獣の大半は低ランクの魔獣ばかりらしいんだ。先頭の方はそこそこ強そうな魔獣らしいけどな」
「そ、そうなのか?」
俺の言葉にバレルが驚いたのは、これが単なる『魔獣の襲撃』ではなく『高ランクの魔獣の襲撃』だと皆に伝わっていたからだ。
つまり、最初に魔獣の群れを見つけた者は所謂『上げ底』にまんまと騙されていた、というわけである。
俺は元々知っていたが、ジョウにも野鳥を使って確認してもらったので間違いはない。
それから俺は、周りのパーティーリーダー達を見回しながら話を進めた。
「どうにもクサい感じがしてな、《輝く翼》は街の北側に回ろうと思う。稼ぎは少なくなるかもしれないけど、南側に行ってもいいって所があったら、南側にも出張ってくれないか?頼むよ」
「……それならウチが」
「僕の所も行きますよ」
俺の頼みに、数名のリーダー達が応じて手を挙げてくれる。
申し訳ないという気持ちをこめて「ありがとう」と頭を下げると、彼らはどこか誇らしげに笑ってくれた。
さて、後は《吠える狼》と《明けの明星》を上手く説得するだけなのだが……ここは楽勝だ(笑)
まだいまいち釈然としない、という顔の二人に、俺はわざと口角を歪めて見せた。
「まぁ《輝く翼》がいないと不安だって言うなら仕方ないけど、どうする?北側も他のパーティーにお願いして、《輝く翼》も東側に回ってもいいんだけど?」
「あ?」
「は?」
俺の言葉に、バレルとラインズは見事に引っ掛かってくれた(笑)
二人揃って眉をひくつかせ、こちらを睨むと、仲良くのけ反るように胸を張る。
「寝言言ってんじゃねぇぞ?パウロ。お前んトコどころか、この金色んトコすら必要ねぇわ」
「はっはっはっ。その言葉、そっくりそのまま熨斗付けてお返ししますよ。巣に戻っていつものように宴会でもしていればいいんではないですか?」
ホント、扱いやすい奴らやなー(笑)
「ぐぎぎ!」と言わんばかりの表情で睨み合う二人の姿に、必死に笑いを噛み殺す。
ともあれ、これで配置は完了だ。
いがみ合うSランクパーティーリーダー達の圧にオロオロするドロシーに向かいニコリと笑うと、彼女はすぐに二人の事など気にならなくなったようだった。
「それじゃ、ドロシーもよろしく頼むよ」
「は、はい!お任せください!街の北側は徹底してサポートしますのでっ!」
「い、いや、メインは東側だからね?徹底するのはそっちにしてもらうとありがたいんだけど……」
まぁ本当の主戦場は北側だから、間違いではないんだけど……
そんな本音を隠しながら、鼻息を荒くするドロシーに苦笑する。
そして、俺はギルド内にいる全ての冒険者達に向けて拳を振り上げて見せた。
「それじゃあ皆!『いのちだいじに』だ!怪我しないよう!無理しないよう!街を守ろうぜ!」
『おおおおおおおおおっ!!!』
俺の号令に、全員が拳を掲げて吼えた。
いやいや、コツコツ信用を積み上げてきた甲斐がありましたな。
◎
この一件は本来なら、原作ならジョウがほぼ一人で無双して解決する話だ。
そこに今回はパウロが、シャールが、そしてファイエルとアイシェ、《輝く翼》の仲間達が加わる。
負ける要素など微塵もないだろう。
……そう、このイベントが『原作の通り』のものだったなら……
『俺』だったら、『役不足になる』時はもっと早いだろうな。
『役不足』は「その人の能力からして、与えられた仕事が簡単すぎる」という意味ですねー。
「俺じゃ役に立たない」みたいな事を言ってる時に『役不足』はおかしいです。
はい、くるぐつさん、正解ですぅ。
まぁ通用しない気はしてた……うん……
おらー、加藤さん、ドロシーさんに眼鏡掛けさせたったどー。
ヽ( `Д´)ノ
『眼鏡フェチ』さんの名前は『カトゥー』さんにでもしときましょうかね?(笑)
さて、これにてストック切れとなりますので、ここからはボチボチ投稿で。
まぁ気長にお付き合いいただけたら。
今回は誤字仕込んどきました。
これはイケそうな気がするんだけど……また瞬殺されるかなー……




