目覚めれば『ナーロッパ』
「……なんだこりゃ……?」
時刻は日付が変わる頃。
自宅の布団の中でスマホを手に、思わず俺は率直な感想を漏らしていた。
見ていたのは某小説投稿サイトの有名小説。
圧倒的なPV数と評価ポイントを誇る作品。
だが、『有名』の意味は決して良い意味ではなかった。
この小説の存在を知ったのは某動画投稿サイトで見たレビュー動画で、サムネイルにはこんな文字が踊っていた。
『時間とお金を無駄にしたい方に送る一冊』
内容は最近よくある「追放・ざまぁ・成り上がり、無自覚無双・ハーレム」物の、闇鍋ファンタジー。
あ、転生要素もあったか。「その要素いる?」ってくらい意味のない要素だったけど。
「この作品で一番面白いのは感想欄」という煽り文句があったのだが、実際に読み終わった後だと心底納得の言葉だ。
感想欄には数多の秀逸な酷評がズラリと並んでいた。
時折「面白かったです」というポツリと呟くような好評もあったが。
読み終えた後、異様な虚無感に襲われる。
それくらい稚拙でガバガバな物語だった。
つか、誤字脱字くらいなんとかしようぜ?
この物語のタイトルは……
『Sランクパーティーを「役立たず」と追放されたボクのスキル『神の耳』は実は世界最強のスキルでした ~人間には聞こえないはずの精霊の声を聞き、精霊と契約したボクのそばには可愛い女の子達が集まってきます~』
長ぇわっ!クデェわっ!胸焼けしてくるわっ!
「最近はこんな話が人気なのかねぇ……?」
ついつい一人言を漏らしながらスマホを枕元に置き、天井からブラ下がった照明のヒモを引く。
暗くなった部屋の中、俺は息を吐いて目を閉じた。
あんだけ酷評されてて「書籍化&コミカライズ」って、一体どういうカラクリかね?
オッサンの感覚では理解出来ないだけなのかな?
こちとら今年で40歳。
二十代とはもう、まるで話が合わない。十代なんて俺からすれば異世界人のようなものだ。
……そのうち「老害」とか呼ばれるようになるんかなー……?
ま、オッサン社畜は堅実に日々を生きるだけだ。
そうして俺は眠りに落ちていった。
目が覚めれば、新しくも代わり映えしない一日が待っている。
◎
暖かな朝日に優しく起こされた俺は、フワフワのベッドから抜け出して窓を開け、爽やかな朝の空気を吸い込んでいた。
そこから見えるのは、いつもと変わらぬ山と畑。いつもと変わらぬ田舎の風景。
……ではなかった……
現実では見た覚えもない中世ヨーロッパのような町並み。
漫画やアニメではよく見た、いわゆる『ナーロッパ』的町並み。
ベッド脇に置かれた机にふと目を向けると、そこには少し曇った鏡があった。
それを手に取り、覗き込んで、俺は思わず吹き出してしまう。
「ぶはっ!誰やねん!?コイツ!」
そこに映ったのは、金髪碧眼、イケメンだがどこか悪役顔の、見たこともない若い兄ちゃん。
いや、なんかビミョ~に見たことある気も……
だけどまぁ、どうでもいっか(笑)
「寝る前にあんなラノベ読んだからだなー(笑) 夢の中でもう一回寝てやるぜ(笑)」
ヘンなテンションでゲラゲラ笑いながら、俺はまたベッドに潜り込んだ。
夢の中でも眠いときは眠いもんだなー。
じゃ、おやすみー。
目を閉じると、すぐに眠りに落ちた。
目が覚めれば、新しくも代わり映えしない一日が待っている。
……そう思っていた……
やがて、俺は知ることになる……これが夢ではないことを……
◎
……二時間……? ……三時間……?
丸一日は寝てないと思うんだけど……
外の明るさから、どこか冷静な部分でそう判断しつつ、俺はベッドの端に腰掛けていた。
状況は……何も変わっていない……
窓の外は相変わらずナーロッパ的な町並みだ……
「……え?夢のまた夢?無限ループって怖くね……?」
聞き慣れない自分の声がやたら気持ち悪い。
窓から見える景色の見え方と、下から聞こえてくる喧騒。ということは、ここはどこかの建物の二階か三階なのだろう。
現状で分かるのはその程度だ。
だから俺は……
「……寝よ……」
無理矢理三度寝に突入することを決めた。
三度目の正直ってこともあるからねっ!
いくら人の気配がするからといって、こんな状況では確認しようなんて気にはならない。一切、全く、これっぽっちもならない。
だって今メッチャ心臓バクバクしてるもん。
これで確認に行った先にいたのが幽霊やゾンビだった日には、そこで夢から覚めたとしても、「ビッチャビチャになったパンツを穿き替える四十オッサン」という現実が待っているかもしれない。
だから俺は震えながら覚悟を決めて、またベッドに潜り込もうとした。
そんな状態だったから次の瞬間、そりゃもう漏らしそうになったさ。
「パウロッ!いますかっ!?」
「おわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
荒っぽくバンッ!と扉を開け放ち、すかさず部屋に飛び込んできた『誰か』に死ぬ程ビビった俺は、ベッドの上からビョンッ!と飛び上がっていた。
いや、ホントにビョンッ!て感じ。二メートル以上跳んだんじゃない?
その証拠に、俺はしこたま天井に頭をぶつけ、床に叩きつけられた後、壁際までゴロゴロと転がっていた。
だけど痛みは全く感じていない。
良かった、やっぱりこれは夢みたいだ。
どこかでホッとしながら顔を上げると、室内に飛び込んできたのは青銀色とも言うべき色のサラサラロングヘアーを有した、どこかで見た気がする綺麗な女の子だった。
肩と胸元を守る銀色の鎧を身に付け、下はヒラヒラのスカート。腰には細身の剣を下げている。
どこかで見た気がするのは、きっとラノベやラノベ原作の漫画でよく見るような格好だからだろう、うん。
そう一人で納得して頷く俺を、彼女は驚いたような呆れたような言葉にしづらい表情で見ていた。
「何をやっているんですか?」
「い、いや……急に飛び込んでくるからビックリして……ところでキミは?」
「寝ぼけてるんですか?パウロ」
いや、そんな真顔で言われても……マジで「誰?」って感じで……ん?パウロ?
そこで俺は、ふとある違和感に気がついた。
パウロという名前らしき単語。鏡に映った悪役顔。目の前の女の子。
その全てに、何故か既視感を覚えるのだ。
が、彼女は俺にゆっくり考える時間を与えてはくれなかった。
ハッとなった女の子はいきなり俺の手を掴むと、見掛けからは到底想像出来ないような強い力で俺の体を引き起こす。
そして、パニくる俺を問答無用で引っ張って歩きはじめた。
「ち、ちょっ!?」
「ゆっくりしてる場合じゃなかった!とにかく、すぐに来てください!ジョウくんが大変なんです!」
「ジ、ジョー?誰よ?それ……ん?」
ジョー?ジョウ?……ジョウって……あれ……?
知らないはずの名前。だが、その名前にもどういうわけか聞き覚えがあった。
女の子に引っ張られながら脳をフル回転させる。
が……あれだ……百聞は一見に如かず、ってヤツだ……
一階に無理矢理引きずり下ろされた俺は、そこでこの既視感の正体を自ら突き止めることになった……
◎
あー、良かった。やっぱこれ夢だわ。
……でも何でだろう……?
体の震えが止まらない……フシギダナー……
「……あの……お水もらっていい……?」
「えっ?あっ!は、はい!」
肩身の狭い思いをしながら椅子に座る俺は、近くにいた青年に水を催促する。
そして、彼が持ってきてくれた水の入ったコップを受け取ってから、まずは「ありがとね……」と感謝の言葉を述べた。
彼は驚いた顔をしているが、今の俺にはその理由も分かる。
お礼なんて言うキャラじゃないもんねー……俺……
あー……手が震えて上手く飲めない……
ここは、まるで酒場のようなスペース。
この場所に連れてこられ、目の前で巻き起こる騒動を目撃した時、俺は既視感の正体にようやく気づけていた。
……ここは……Sランクパーティー《輝く翼》の巣だ……
俺の名誉のために言っておくが、《輝く翼》も巣も原文のままだからねっ!
なんだよ……『ライト☆ウイング』って……『つ〇だ☆ひろ』かよ……『ダイ〇モンド☆ユカイ』かよ……
そして、今目前で起きている騒動は……あのクソラノ……有名なラノベ……
『Sランクパーティーを「役立たず」と追放されたボクのスキル『神の耳』は実は世界最強のスキルでした ~人間には聞こえないはずの精霊の声を聞き、精霊と契約したボクのそばには可愛い女の子達が集まってきます~』
の伝説の始まりとなる、記念すべき第一話の描写そのままだった……!
しかもそれだけではない!
今の俺は……このパーティーのリーダーにして、ここから一気に転落人生を歩むことになる悪役勇者、『パウロ=D=アレクサ』だったのだ!
悪夢としか思えない、むしろ悪夢であって欲しいとすら思ってしまうこの現状……
俺は、寝る前に読んでしまったあのクソラノ……独特の感性をお持ちのラノベ……
『Sランクパーティーを「役立たず」と追放されたボクのスキル『神の耳』は実は世界最強のスキルで……
ああ!メンドクセェ!『ボク耳』な!『ボク耳』!
はい!決まりっ!
というわけで……
その『ボク耳』の世界に何故か紛れ込んでしまっていたのだ……
◎
どこにでもいる一人のオッサンが、どこにでもあるク〇ラノベの登場人物である「ざまぁ」要員の悪役勇者となり、物語を改変していく。
これは、そんな物語。
一話辺り大体3000~4000文字で、一ヶ月くらいは毎日投稿します。
そこから先は、まぁボチボチ。年末忙しいんで。
『オッサン』の名前、素性は最後まで明記しません。
この主人公は『ク〇ラノベを読んで「は?」と思える程度の常識を持った大人』ってトコで。
初っぱなから誤用ありましたぁぁぁぁぁっ!!!
『ハッとなった女の子はおもむろに俺の手を掴むと』の『おもむろ』は誤用ですね、はい。修正しました。
腹筋しまーす。
次は誤字だよ!ちくしょー!
『ビッチャビチャになったパンツを履き替える』
『履き』ではなく『穿き』ですね、はい。修正しました。
腹筋しまーす。