『原作シナリオ』の強制力
「ただいまー」
「あ、おかえりなさい、パウロさん。シャールも」
「ただいま、キエル」
稽古を終え、シャールと二人で拠点に戻ると、真っ先に出迎えてくれたのはキエルだった。
どうやらラウンジでメンバー数人とギルドに提出する報告書を作成していたらしい。
俺達に気づいた拠点内のメンバー達も口々に「おかえり」の挨拶をしてくれた。
俺の苦労が実を結んできたのか、最近では皆、割りと気軽に俺やシャールに話しかけてくるようになっている。
それはとても良い事なのだが……中には生来のお調子者ぶりを遺憾なく発揮しはじめる者もいた。
その代表格が今目の前にいる少女だ。
「あらあら、今日も仲良くデートですかぁ?最近、本当に仲がよろしいですねぇ」
「キ、キエルッ!?」
「ニョホホ♪」とヤラしい笑みを浮かべて茶化してくるキエルをまともに相手してしまい、シャールは顔を赤らめて怒る。
「体が鈍らないように稽古に付き合ってもらってる」とは説明しているのだが、そこはやはり十代の女の子。
若い男女の絡みは全て色恋沙汰にでも見えてしまうのだろう。
だが残念っ!『パウロ』の中身はただのオッサンだっ!
「はっはっはっ!若い子はそーゆー話、ホントに好きだなー」
全く動じる事なく笑い飛ばし、横を通り抜け様にキエルの頭をポンポンと叩く。そして、厨房のオバチャン、マーサさんに空の水筒を手渡して、それから水を一杯お願いした。
ホントはキンキンに冷えたビールをキューッ!といきたい気分だけどね。
軽くあしらわれたのが悔しかったようで、小娘は「ぐぬぬ……」とでも言いそうな表情になっている。
はっはっはっ、存分に「ぐぬ」りなさいよ(笑)
でもシャールさんはそのスンッとした顔やめて。
「なんかパウロさん、最近オッ……ち着いた感じになりましたね」
「おい、今「オッサンぽい」とか「オッサン臭い」とか言おうとして言い直したよね?」
本当に遠慮がなくなってきたキエルの『暴言の片鱗』を逃さず掴み、すかさずツッコミを入れると、小娘はフイッと顔を背けた。
まぁ実際その通りなんですけどね。
それで拠点は大笑いに包まれた。
シャールも、水が注がれたコップを持ってきてくれたマーサさんも楽しそうに笑っている。
冷たい水を飲みながら、和やかな雰囲気の拠点内を見渡していると、俺の肩も自然と揺れていた。
「何とか上手くやれているかな?」と、そう感じて。
だけど……歳を重ねていく中で、俺はすっかり忘れてしまっていたのだ。
新しく始めた事にようやく慣れてきた頃。
その時こそが最も、大きな失敗をおかしがちな時だという事を……
◎
昼飯時を迎えたラウンジは大いに賑わっており、美味しそうな匂いが漂っている。
そんな中、俺は厨房とラウンジを隔てるカウンターに寄り掛かった格好で、シャールとキエルは近くのテーブルについて、話をしていた。
「ジョウ達は、今日も依頼こなしに行ってるのかな?」
「はい。朝からすごく張り切ってましたよ」
俺の問い掛けに、キエルは嬉しそうな顔で答えてくれた。シャールも同じく、とても嬉しそうな様子だ。
だが正直、俺は少し複雑な気分だった。
「本当にすごい勢いですよね。この一週間でDランク依頼を二件、Cランク依頼を四件。全員Cランクに昇格するまで、一ヶ月もいらないかもしれませんね」
「だよね。というか、このペースならもしかしたら一ヶ月でBランクに届くんじゃない?すごいよね」
などという会話に花を咲かせながら、女子二人はキャイキャイはしゃいでいる。
若さについていけない、というのも事実ではあるのだが、俺は抱えた懸念のせいで思わず静かになってしまっていた。
そんな俺の様子に気づき、シャールは不思議そうな顔をする。
「どうかしましたか?パウロ」
「いや……俺はその『ペースの早さ』がちょっと気にかかって、ね。無理してなきゃいいんだけど……」
そう答えて、俺はフッと息を吐いた。
実は、今のジョウ達の依頼達成ペースは明らかに原作より早い。
確か原作では一ヶ月でCランク依頼を六、七件、Bランク依頼を二件クリアして、ジョウ達はこのレクシオンでその頭角を現す。
何故こうなっているのか?
それについて、俺には多少心当たりがあった。
『ボク耳』のジョウは《輝く翼》を追放された事により、自分を過小評価していた。だから依頼に対しても慎重だったのだ。
まぁそのせいで、周囲をアッと言わせるような事をやらかしても「え?ボク何かやっちゃいましたか?」と読者をイラつかせていたのだが。
しかし、今は違う。
《輝く翼》を追放される事なく、パウロに、パーティーの皆にも認められ、本来の流れとは違ってトッシュ達は『後輩』として仲間になった。
アイツはそれに増長するような性格ではないだろう。
だが、人に認められる喜びを知ったジョウはやる気に満ち溢れていた。
それ自体は決して悪い事ではない。が、得てしてこういう時こそ大きく転んでしまうものだ。
この一週間、俺はずっとそんな心配ばかりしていた。
……だから気がつかなかったのだ……
「上手くいっている」と安心して、油断していたのは俺自身だったという事に……
「そういえば、ジョウくん達は今日はどちらへ?」
「今日はロロレイク村。遂にBランクの魔獣討伐依頼だって」
「…………………はっ?」
つい静かになってしまった俺に気を使ってか話を広げようとしたシャールの問い掛けに、キエルが笑って答える。
それを聞いたその瞬間、俺は冷水をぶっかけられた気分になっていた。
ロロレイク村でのBランク依頼。
それは俺が危具していた、しかし本当なら決して起きるはずがないイベントに関係する組み合わせだったのだ。
泡を食って詰め寄ると、キエルの顔色がサッと青くなる。
「ち、ちょっと待てっ!?それって……まさか魔炎犬の討伐依頼じゃ……!?」
「は、はい……そ、そうです……」
「なんで……《輝く翼》がその依頼を……?割りに合わない依頼だから、フリーの依頼になるはずじゃ……?」
「ど、どうかしたんですか?パウロ?」
目眩を感じ、俺はテーブルに手をつく。
いつしか拠点内にはざわめきが広がっていた。
基本的に、有力なパーティーが優先して割りの良い依頼を受諾出来る。その代わり「ヤバい依頼もよろしくね」というシステムだ。
従って、フリーの冒険者はフリーの冒険者用の依頼や、どこのパーティーも受諾しなかったような依頼を受ける事になる。
この依頼は、原作でジョウ達が受ける事になる依頼。
つまり《輝く翼》が受けるような依頼ではなかったはずなのだ。
だから俺は油断してしまっていた。普通にしていればジョウ達がこの依頼を受ける事はないだろう、と。
俺は……『原作シナリオ』の強制力を舐めていたのだ……
俺の様子から「何かやってしまった」と思ったのか、キエルは震えながら涙をこぼす。
「す、すみません……ジョウくん達がBランク依頼を受けるって聞いて……ア、アタシ、報酬が少なくても危険度が低そうなBランク依頼をいくつか受諾してきてて……勝手な事してすみませんでしたっ!」
「あ、ああっ!ゴメンッ!キエルは悪くないからっ!悪いのは俺だからっ!むしろ良い判断だよ。ありがとうな」
若い女の子を泣かせてしまった罪悪感からさらにパニくりながらもギリギリの所で踏み止まり、キエルの頭を撫でて宥める。
そして、わけが分からず戸惑っているシャールの方に向き直ってその両肩に手を置いた。
「俺!ちょっとロロレイク村まで行ってくるっ!」
「い、行くって……あちら方面への馬車はもう出てしまっている時間ですよ?」
「そ、そうなのかっ!?じゃあ馬でっ!……って!俺、馬になんて乗れねぇぇぇぇっ!」
至らない所が多過ぎるっ!!!
などと反省するのは後回しだっ!
呆然とする仲間達の前でガリガリと頭を掻き、俺は外に向かって数歩駆け出す。
この体なら、いっそもう走った方が早い。そんな判断だ。
が、俺はここでさらなる問題に気がつき、慌てて足にブレーキをかけた。
「ロロレイク村の場所分かんねぇぇぇっ!!!アホかっ!?俺はっ!?」
「パ、パウロッ!?お、落ち着いてくださいっ!」
「シャールッ!村の場所分かるかっ!?」
「は、はいっ!し、知ってますけど……きゃあっ!?」
かなりおかしくなっている俺を落ち着かせるためかこちらに近づいてきたシャールを、俺はその瞬間お姫様抱っこで抱き上げていた。
その光景に拠点内が一気にどよめくが、この時の俺には、この後どうなるかなんて考えられる程の思考能力なんてありませんでしたよ……
「シャールッ!案内よろしくっ!」
「じ、自分で走りますからっ!パウロッ!?」
「ジョオォォォォォッ!!!早まるなぁぁぁぁっ!!!」
「パ、パウロッ!?見られてますっ!皆に見られてますからぁぁぁぁっ!!!」
トマトのように真っ赤になっているシャールを抱えたまま、俺は出入口扉を蹴り開けて外に飛び出す。
街の皆はギョッとした顔で俺達を見ていたが……こっちはそれどころじゃねぇんだよぉぉぉぉぉっ!!!
ロロレイク村。
それは、ネットや感想欄で『ロロレイク村の惨劇』という名で非難される事になる、大事件の舞台となる地だった。
もちろん「元の生活に『末』練がなくなった」というわけではないんだけど。
ウワー(棒)シマッター(棒)
未練の『未』が『末』になってますね。
ウッカリ、ウッカリ(棒)
くるぐつさん、正解でーす。
目ぇ良いなぁぁぁぁ!ホントにぃぃぃぃ!
次話は久し振りのク〇ラノベ要素回です。
オッサンに頑張って処理していただきます。
今回の仕込みも誤字で。
まー、今回は簡単なモノで。いいネタ見つからなかったので。
( ´_⊃`)




