オッサンは色んなモノに立ち向かう
自分の屋敷の自分の部屋。
目を覚ましてベッドから抜け出し、窓の外を眺めると、今日もいい天気だった。
「あー、まだ夢から覚めないんだなー」という気持ちは、いつの間にかなくなっている。
もちろん「元の生活に末練がなくなった」というわけではないんだけど。
俺が『お話の中』にいるという事は、俺の本体はどうなっているんだろう?寝たきりだろうか?
もしそうだとしても、無断欠勤なんてした事ないから数日の内に誰かが気づいてくれているかな?
もしかしたら俺とパウロの中身が入れ替わってる可能性もある。
そうだったとしたら、あちらでの俺の社会的信用は完全に崩壊してるだろうなー……
などと、考え出すと病んでしまいそうな不安要素は山程ある。
が、どれだけ悩んでも答えが出ない事は、どれだけ悩んでも仕方ないのだ。
人事を尽くしたなら、後は天命を待つしかないのですよ。
それが、俺が四十年の人生で学んだ事だ。
と、そこで誰かが部屋の扉をノックした。
「はーい。起きてるよ」
「失礼します。おはようございます、パウロ様」
扉を開け、一礼したのはメイドのアンだった。
メイド三人娘の中、一番の年長さんで25歳。年齢より落ち着いて見える、おっとり美人さんだ。
干し草色の髪を一本の三つ編みにまとめ、うっすら見えるソバカスがチャームポイント。
「そろそろ朝食の準備が整うそうです」
「ありがとう。すぐ行くよ」
俺が笑って答えると、アンも微笑んでくれた。
最近になってようやくアン達は自然に笑うようになってくれていた。
彼女達だけではなく料理人のヅッカもだ。
きっと俺のある意味での異常行動について、セバスさんが上手くフォローしてくれてるんじゃないかな?
パウロが強要していた『夜伽の相手』も今では一切ナシですよ。
ドゥーエとトロンなんてまだ十代だからね?パウロ、どこまでクソ野郎なんだ?って話だよ。
まぁ……アンに関しては少し心が揺らぐ時がありますが……そこは痩せ我慢だ!
……今度、ラギルに大人のお店案内してもらおうかなー……
「それでは、失礼します」
一礼して扉を閉めるアンを見送り、俺はまた窓の外を見る。
さてさて、今日もあれこれ頑張りましょうか。
◎
「では……いきますよ」
「うっす。お願いします」
街から少し離れた人気のない森、俺がシャールに秘密を打ち明けたあの森の中。
木剣を正眼に構えるシャールに向けて、俺も穂先が布製の訓練槍を右前半身で構える。
ピンと張り詰めた空気の中……パウロの目はシャールの初動をハッキリと捉えていた。
「はっ!」
真っ直ぐに一歩踏み出したシャールの動きに合わせて槍先を突き出す。並大抵の相手ならカウンターの一撃がモロに入っていただろう。
だが、体をわずかに捻る程度で俺の一撃をギリギリ躱したシャールは、一瞬で剣の間合いにまで入り込んでいた。
そこから俺の左脇を狙って木剣を斬り上げる。
「んぎっ!」
体が流れた状態を全身の筋力で無理矢理引き戻し、左手握りの下辺り、石突付近でシャールの剣撃を防ぐ。と同時に、俺は右手を軸にした円を描くような巻き落としでシャールが持つ木剣を払い下げた。
あ、これ、初めて勝てるかも?
なんて、そんな甘い考えが浮かんだ時点で俺は負けていたんだろう。
「もらった!」
巻き落としを繰り出した流れから左手を突き上げるようにシャールの胸元、鎧部分を石突で狙う。が、シャールは猫のように柔らかいスウェイで俺の一撃を躱すと、完全に死に体となった俺の喉元にピタリと木剣の切っ先を当てていた……
お互いしばし動きを止め、やがて俺はため息と共に両手を上げる。
「……参りました……」
「ふふっ。少しヒヤリとしましたよ」
「絶対ウソだー」
シャールに全てを話したあの日、あの時から数えて、これが記念すべき五十戦目にして五十敗目だった……
◎
トッシュ、サラ、エミリーの仮加入を認めた日から一週間。
チームを組んだジョウ達四人+一体は、連日せっせと依頼をこなしているようだった。
俺が誘導しなくても結果は同じだったと思うが、ジョウ達はまずCランクの依頼を中心にクリアしていっている。
Cランクに位置付けられる依頼は、以前ジョウが採集してきた『ココロ茸』のような『危険は少ないが見つけにくい』という物に関する依頼が多い。
つまり、ジョウなら余裕の依頼ばかりなのだ。
Bランクの依頼はそこそこ厄介な魔獣討伐系の依頼がメインになるが、精霊の力を得た今のジョウなら大して心配ないレベルだろう。
どうやら今のところは上手く原作の流れを踏襲出来ているみたいだった。
んで、俺はというと……
「あー……シャール先生、強すぎじゃない?」
「これでも一応Sランク冒険者ですからね」
木の根本に座り込んで愚痴をこぼすと、シャールは微笑みながら俺に水筒を手渡してくれた。
礼を言いながらそれを受け取り、水を飲んでいると、彼女も俺の隣に腰を下ろす。
この一週間、俺は空いた時間を見つけてはシャールに稽古をつけてもらっていた。
まぁ、パウロの役割は『ざまぁ』を食らうクズ勇者、だ。
戦いに勝つ必要はないのだが、もし負けるにしても上手く負けないと命に関わる。
そのためには最低限の戦闘技術は必要不可欠だろう、という判断だ。
じっとり汗をかいている俺とは違い、すぐ隣に座ったシャールの様子は涼しげなものだった。
「でも、貴方も日増しに動きが良くなっていっていますよ。脇を狙った一撃を防がれたのも、あんな風に剣を絡め取られそうになったのも、正直驚きました。最後の一撃も、私を気遣ってなければ本当に危なかったかもしれません」
「いやいや。『帝王時間』使わず避けられたんだから、まだ全っ然届いてないでしょ」
それは謙遜ではなく本心からの言葉だ。
彼女が本気を出したら、俺はまともに動けもしないまま敗戦を積み重ねていくだけだろうね。
だが、シャールは静かに首を横に振った。
「あれは奥の手ですから。乱発すればすぐに動けなくなりますので。それより、貴方は槍を扱った経験があるんですか?素人とは思えない動きがあったんですが」
「いや、槍どころか武術の経験もないよ。あの巻き落としなんかは、漫画……本で見た知識だけで咄嗟にやってみただけ。凄いのは、それを再現出来ちゃう『この体』の性能だよ。というか……『剣』対『槍』で、あんなにホイホイ剣の間合いに入らせてる時点で、槍の利点全く生かせてないよなー……」
今日の稽古を頭の中で再生しながら、俺は髪に手櫛を通す。
これまた目で見ただけの知識ではあるが、槍の、長得物の最大の利点は『相手が攻撃出来ない位置から自分だけ攻撃する』事のはずだ。
それが出来てない時点で、俺はまるで槍を扱えていないという事になる。
「……どこかでしっかり基礎から習おうかなー……?」
不甲斐ない思いに、立て膝に肘を当てて頬杖を突きながら呟く。
すると、隣のシャールがクスクスと小さく笑った。
「貴方は、本当にひた向きな人ですね」
「ひ、ひた向きって……年上をからかうんじゃありません」
四十年余り生きてきて初めての評価に、俺は顔が熱くなるのを感じてシャールがいる反対側に顔を向ける。
「要領が悪い」だとか「バカ真面目」だとか言われる方が「うるせぇ(笑)」と切り返しながらも素直に受け取れるのは、俺がジョウのように真っ直ぐ育っていないからだろう。
後頭部の向こうから、またクスクス笑う声が聞こえた。
しかし「ひた向き」か……
その言葉は本来ならジョウに、それも、無意識の愛情を込めて贈るはずの言葉なんですけど……
少し話は変わるが……ジョウとサラ&エミリーの関係に今の所怪しい気配はない。
そーゆー関係になってしまうのは原作によるともう少し先ではあるのだが、俺は「恐らくそんな関係にならないのではないか」と考えている。
「それは何故か?」というと……サラとエミリーの憧れの対象が未だに俺だから、だ。
これは原作に描かれておらず、俺も知らなかったのだが、トッシュ曰く「サラとエミリーは《輝く翼》に憧れてるというか、パウロさんに憧れてるんです」という事らしい。
という事は、原作で彼女らは『パウロ』本人にその憧れを打ち砕かれたのだろう。
この『ボク耳』という物語は、大体の場合パウロ『サゲ』とジョウ『アゲ』がワンセットで繰り返される。
それは翻せば、パウロが評価を下げる行動を取らなければジョウの評価も爆上がりはしない、という事。
そして、パウロが折る事でジョウに立つはずのフラグは、折らなければ全てパウロの元に残ってしまう、という事でもある。
つまり……シャールが『パウロ』に好意を持つ、という可能性は十分有り得たのだ。
原作ではパウロがジョウを追放する事によりシャールとの間に決定的な亀裂が生まれてしまうのだが、昔の彼女はパウロを信頼し、尊敬もしていたのだから。
……いや、いいんですけどね。
俺はもういいオッサンだから、いくら美少女とはいえ子供相手にトチ狂った真似はしませんし。
俺がフラグを折らなければ、ジョウは『ハメ太郎』にならずに済むだろう。俺は死ぬ程面倒な立ち位置に追いやられるけど……
ただねー……
「……」
「?」
首を戻してチラリと隣のシャールを見ると、彼女はご機嫌なご様子で小首を傾げていた。
こんな綺麗な子に好意を持ってもらうのは、正直悪い気はしない。
……しないのだけど……
俺がディーネ、サラ、エミリーといった子達と普通に世間話をしている時、チベットスナギツネみたいな目で睨んでくるのは何とかならんもんかね……?
みんなビビってるんですが……
ジョウを『ハメ太郎』にしないために、俺はこれからも可能な限りフラグを回収するつもりだ。
いや、本音を言えばフラグを折りも回収もせず、そっと倒してなかった事にしてしまいたいんだけどね……
けど……その度に、俺はシャールにチベスナ目を向けられるんだろうか……?
何とかして早めに、清い関係でジョウとシャールをくっつける方法はないものか……?
「……はぁ……」
俺のため息は爽やかな風にさらわれていった。
決め手は未来の変化を、原作シナリオからの乖離を「最少限」に抑えるため、だ。
「最少限」の対義語は「最多限」……なんて言葉ねーわ。
ここは「最小限」ですね。
はい、くるぐつさん、正解でーす。
ヽ( ´∀`)ノ
もう少し誤魔化せると思ってたんですけどねー……甘かった……
今話を書いたのは一ヶ月くらい前です。
なので……チベットスナギツネネタはパクったわけじゃないからねっ!!!
某感想欄で加藤さんがチベットスナギツネの名を出した時は「うええっ!?」ってなりましたわ……
タイムリー過ぎでしょ……
さて、今回の仕込みは誤字でーす。いやー、ウッカリ誤字っちゃいましたわー。
( ´∀`)




