十話 相談と目鼻口なし
近頃の騒動のおかげで、荒熊さんとの距離が縮まってきているように感じていた。
僕の部屋で遊ぶ時間も増えてきたが、僕は未だに荒熊さんの部屋には行ったことない。
そこで今日こそは、荒熊さんの部屋に遊びに行こうと決心し、荒熊さんの部屋に向かったところだ。
「おっ、兼定じゃないか」
「こんにちは。おでかけですか?」
「ああ、ちょっとコンビニに買い物に行くところだ」
「そうですか。遊びにきたんですけど、タイミングが悪かったみたいですね」
「そういうことなら、留守番しててくれ。たぶん、すぐ帰ってくるし」
「わかりました」
「じゃあ、鍵はお前に預けておくか」
荒熊さんから鍵を受け取り、部屋に入った。
部屋主がいない部屋に1人。
こんな時は何をしたらいいのだろうか。
妙にソワソワしながら部屋を見回していたら、漫画が目に入ったので、それを読んで待つことにした。
しばらく漫画を読んでいるとチャイムが鳴った。
荒熊さんだろうか。思ったよりも早かったな。
というか、自分の部屋ならチャイムなんて鳴らさなくてもいいのに。
なんて思いながら玄関に向かい扉を開けると、そこには知らない人が立っていた。
背丈は僕と同じくらいで、常にうっすらと微笑んでいるように見える顔をした男性だった。
「ワタクシ、きょうきょうと申します。職業は大学生です。実はのっぺらぼうのことについて相談がありまして……」
「のっぺらぼう?」
「はい。ここでは、そういった妖の相談を聞いてくださるのですよね? そのように噂で聞いたのですが……」
妖の相談? ああ。荒熊さん関連の話か。
「すみません。担当の人は買い物に出かけてしまって、今ここにいないんです。しばらくすれば帰ってくるとは思いますが……」
「そうですか。困ったなぁ」
相談者が言葉の通り、とても困ったような顔をしてみせるので、僕は思わず「僕で良かったら話を聞きますよ」と口に出していた。
「ありがとうございます。えっと……」
「あっ、僕は兼定といいます。兼業の兼に、決定の定で兼定です」
「兼定さん、ありがとうございます。では、話させていただきます」
相談者はぽつりぽつりと話し出した。
「ワタクシはこの近くに住んでいるのですが、3日前、買い物の帰り道で、のっぺらぼうに出会ってしまったのです。そいつは道端の電柱の影から、ぬ~っと出てきたんです。ワタクシ、とても驚いて心臓が止まりそうになりました」
たしかに急にのっぺらぼうが出てきたら驚くことだろう。
僕だったら気絶してしまうかもしれない。
「現れた後はどうなりました? 襲ってきましたか?」
「いえ、襲われるとかはありませんでした。ただ、そいつは目も鼻も口もない顔でケラケラと笑い声をあげるのです。それがとにかく気持ち悪くて」
のっぺらぼうがケラケラと笑う……か。
想像しただけでゾワッとする。
「のっぺらぼうに会ったのは3日前でしたよね。会ったのはその日だけですか?」
「はい、そうです。ですが、また現れるのではないかと考えると、気が休まらなくて。だからこうして、のっぺらぼうの退治をお願いしに来たわけです」
「なるほど」
こうやって話している間に、荒熊さんが帰ってくるだろうと思っていたが、その気配は全くない。
これ以上、僕にできることはなさそうなので、ここらで話を切り上げることにした。
「とにかく事情は分かりました。担当の人が帰ってきたら伝えておきます」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「はい。あっ、そうだ。連絡先を――」
「あのー、もしよければなんですが、ワタクシを家まで送っていただけませんか」
相談者は僕の言葉を遮るようにそう言った。
「えっ?」
まさかの展開である。
「1人で帰るのが怖くて」
うーん、まあ、気持ちはわかる。
隣に誰かいるだけで、怖さは和らぐものである。
しかし!
もし、のっぺらぼうに遭遇してしまったらどうするのだ!
僕はきっと彼以上に怖がりだ。
おそらく、とんでもない醜態をさらすことになるだろう。
ちらりと相談者の顔を覗くと、不安でいっぱいという顔になっていた。
「やれやれ」
たしかに、怖がる彼を1人で返すのは心苦しい。
仕方がない。のっぺらぼうに遭遇しないことを祈るしかないな。
「わかりました。お送りします」
「ありがとうございます!」
相談者は再び、うっすらと微笑んだ顔になった。
「少々お待ちください」
部屋に戻って窓を閉めた後、机の上に置いてあった鍵を手に取り、部屋の電気を消してから外に出て、玄関の鍵を閉めた。戸締り完了!
もし、僕が戻ってくる前に荒熊さんが戻ってきたら、部屋の前で待っててもらうことになるけど、仕方がない。すみません、荒熊さん。
「お待たせしました。それでは行きましょうか」
「よろしくお願いします」