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あやかしと小噺  作者: Team Mat
第1章 出囃子が鳴って
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一話 落語とこぶし

 僕は今、アパートの自室でCDを聞いている。


 今、流しているCDは、流行りのJ-POPでもなければ、イカした洋楽でもない。


 僕が流しているのは『落語』で、いま流れている演目は『死神』だ。


 どんな(はなし)なのか簡単に言うと、死神が出てくる噺だ。


 説明になっていないような気もするが、まあいいとしよう。


 しばらく、ソファに座ったまま死神を聞き続ける。


「やっぱ、落語はいいな」


 落語は面白いが、周りに落語好きはいないので、落語の面白さを語り合うことができないが残念だ。


 どこかに落語好きはいないかな。


 落語好きに悪い奴はいないと思うから、出会えればすぐ仲良くなれる気がするんだけど……。


 そんなことを考えながら死神を聞き、その後しばらくして、死神を聞き終えたので、気晴らしに散歩でもすることにした。


 僕の住むアパートは大学のすぐ近くにあるので、散歩をするときは大学の敷地内を散歩することが多い。今日もそのつもりだ。


 CDを止め部屋から出ると、空に浮かぶ月が僕を明るく照らした。


 大学へと向かい、大学の敷地内を適当にぶらぶらと歩いた後、近くにあったベンチに腰掛けた。


 夜の大学は静かだ。


 温かな風が心地よく、目を閉じれば木々の揺らめきが感じられた。


 そのまま目を閉じていると、うつらうつらしてきて、終いには寝てしまいそうになったが


「あの、すみません」


 という誰かの呼び声に起こされた。


 慌てて目を開き、声のほうを向くと、目の前に細身でショートカットの可愛らしい女性が立っていた。


 彼女は僕と目が合うと、ぎこちなく笑い、僕のすぐ隣に座った。


 その時、ふと、甘い香りがした。


 洋菓子のような、果物のような、お花のような、うまく言葉で表せない特異な甘い香りだった。


「なにか用でしょうか?」

 僕は平坦な声で答えた。


 この突然の状況に戸惑いを感じてはいたが、オロオロしてたらカッコ悪いと思って、冷静を装ったのだ。


 彼女は「あのですね……」と言ったものの、モジモジとして、その先を言い出せずにいた。


 僕は彼女が話し始めるのをじっと待っていた。


 風が吹き付ける度に、彼女が放つ甘く不思議な香りが僕の嗅覚を刺激した。


「えっと、ですね……」


 彼女は再び口を開くと、ベンチから立ち上がり、「ふぅー、すぅー」と深呼吸をしてからこう言った。



「あなたの命、刈り取らせて下さい」



 そして、どこからともなく取り出した身長と同じくらいの大きな鎌を振りかぶり、地面と平行に鎌を振り抜いた。


「えっ!?」

 僕はとっさに、ベンチから飛び出し地面に倒れこんだ。


 ブウォン!


 幸いにも彼女の振り抜いた鎌は当たらず、風を背中に感じただけだった。


「おっとっと」

 という彼女の呑気な声が背後から聞こえる。


 とっさに顔を上げ彼女の様子を確認すると、空振りした鎌の勢いに流されたのか、よろけているようだった。


 僕はすぐさま立ち上がり、走り出した。


 いったい何が起きているんだ!?

 彼女は何者? 

 あんな大きな鎌いったいどこから取り出したんだ?

 なんで僕は命を刈り取られなくちゃいけないんだ?


 謎が頭を駆け巡るが、今は逃げることが最優先である。


「ちょっと、逃げないでくださいよ」


 彼女の陽気な声が、少し遠くから聞こえた。


「はあ、はあ、うわっ!」


 ――バタン!


 必死に走って逃げていたのだが、動揺していたせいか足がもつれて転んでしまった。


 早く逃げないと追いつかれてしまう!


 すぐに立ち上がり、とっさに彼女との距離を確認するために振り向いた。



 目の前に彼女の顔があった。


「うわあああ!」


 叫びながら尻もちをついた僕を、彼女は見下ろして笑った。


「私この瞬間が好きなんです。恐怖で顔を歪めた人間を眺める、この瞬間が」


 そして、再び鎌を振りかぶり、明るくこう言った。


「次は避けないでくださいね」


 ――ああ、もうお終いだ。


 そう思った時だった。


「おりゃあああ!」

 という大きな声とともに一つの影が、彼女に突っ込んでいった。


 彼女はとっさに後ろに大きく跳び、影の突進を回避した。驚くべきことに、その跳躍力は人間のそれではなかった。


 僕の側に立つ大きな影。


 その影の正体は、黒いコートを羽織った短髪の男だった。


 その男はスマートな体型をしており、身体は引き締まっているように見えた。また、手には包帯が巻きつけてあった。


 その男は「無事か?」と優しく僕に声をかけた。


「……ぬけました」


「えっ、何が抜けたって?」


「腰が抜けました」


 そう答える僕の声は、なんとも情けない声だった。


「ははは、ならそこでじっとしてな」


 男は笑顔で答えたのも束の間、真剣な表情に変わり、こう言った。


「後は俺にまかせておけ」


 男は彼女のほうを向き、こう呼びかけた。


「おい、死神!」


 大きな鎌を持って、人を襲う。なるほど、まさに死神だ。


「こんな夜中に大きな鎌を持って出歩いているなんて、あやしい奴だ。それに、あの身体能力。お前、妖だろ」


 男の質問に死神は素っ気ない声で


「妖? なんのことでしょう?」


 と答えたが、その答えに男は顔をしかめ、こう言い返した。


「とぼけるつもりか。まあ、殴ってみりゃわかることだがな」


「私を殴る? 乱暴な人ですね。まあ、それが出来ればの話ですが」


「ふん。減らず口を。いいか、俺は今からお前を鎮める!」


 そう言い切るや否や、男は死神のもとに走っていき殴りかかった。


 しかし、死神はその攻撃をヒョイとかわし、鎌で反撃をした。


 男もすばやく鎌をかわし、殴り返すが、またもや死神は攻撃をかわした。


 両者はしばらくの間、攻撃と回避を繰り返しており、お互いに有効打を決められずにいた。


 このまま時間だけが過ぎていくのかと思われたその時。


 死神が鎌を振ろうとするのに合わせて、男は攻撃の軌道を予測したかのような回避行動を取ったのだか、直後、なんと死神は鎌を振らずに、男に蹴りを仕掛けたのだ。


「うおっ!」


 死神の突然のフェイント攻撃に、男は反応しきれず蹴りを食らってしまい、大きく吹き飛ばされ、そして地面に倒れた。


 その後、死神は男に追い打ちをかけることはせず、僕の方に歩み寄ってきた。

 

 そして僕の目の前で立ち止まった死神は、再び鎌を振りかざした。


「とんだ邪魔が入ってしまいましたが、これで終わりです」


 視界の奥では、男が立ち上がりこちらに向かって走り出すのが見えたが、とても間に合いそうにない。


 ――今度こそ、お終いか。


 そう思うと同時に、僕はかすかな希望を抱いていた。


 男は彼女のことを死神と呼んだ。


 鎌を振り、命を刈り取る。


 たしかにその姿は死神と呼べるだろう。


 だからこそ……。


「……アジャラカモクレン」


「その呪文は!?」


 死神の動きが止まった。


 すかさず、僕は続きの言葉を発した。


「テケレッツのパー」


 そして、ぽんぽんと2回、手を叩いた。


「そんな……」


 死神はその場に力なくへたり込み、動かなくなった。




 ほどなくして追いついた男は、死神を見下ろし、こぶしを握り締めた。


「これで終いだな」


「くっ、ここでやられるわけには……」


「後悔はあの世でするんだな」


 男が死神にこぶしを振るおうとした、その時。


 突如、空から何かが降ってきて、僕たちの近くに着弾した。


 それは、着弾と同時に弾け、周囲に煙を立ち込めさせた。


 視界が著しく悪くなる。この状態で動き回るのは危険だ。


 ゲホゲホと男は咳き込む。


 僕は煙を吸わないように、なるべく息を止める。



 やがて、煙は晴れたが、そこには死神の姿はなかった。


「ちっ、逃げたか。――まあ、でも、ひとまず良しとするか」


「あの、ありがとうございました」


「気にするな。当然のことをしたまでだ」


 男は笑顔でそう答えたが、すぐに何かを考えるような表情になり、こう口にした。


「しかし、どうしてあの死神は急にうずくまったんだ?」


「僕が呪文を唱えたんです。落語の『死神』という演目に出てくる死神を退治するための呪文です。まさか、効果があるとは僕も驚きました」


「そうか、そんなこともあるんだな」


「あ、あの――」


「それじゃあ、俺はこれで。君も気を付けて帰るんだな」


 男はそう言うと、どこかに向かって歩き出した。


「あの、お名前を教えてくれませんか」


 僕はとっさに男を呼び止めた。


 今起きたことを、整理したかったから。男は何か知っているようだったので、色々と話を聞きたかった。しかし……。


「なに、名乗るほどのものじゃないさ」


 男はそう言い残すと、そのまま歩みを止めずどこかに消えてしまった。


 この場に1人取り残された僕は、一体何が起きたのかを理解しようとしたが、考えたところでわかりそうもなかった。


 僕は考えることをやめ、自分の部屋に向かって歩き出した。



 部屋に戻り、壁かけ時計に目をやると、すでに0時を超えていた。


 疲れた。今日はこのまま寝てしまおう。


 照明のスイッチをパチンと押して部屋の灯りを消した。


 と同時に、体力の限界に達したのか、ベッドに入る余裕もなくその場にバタンと倒れ、僕はそのまま目を閉じた。

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