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04 記憶・旅支度と伝承

 それから蒼玉は、家の手伝いの合間に父と母に夜岳へ行く事を許して貰える様、何度も懇願した。しかし母は固くなで、蒼玉がその話を口にすると黙り込んで話を聞こうともしなかった。幸い父の方は元々子供が戦士になる事に反対ではなかったので、手が空けば蒼玉の話を聞いてくれていた。

 母の完全な拒絶に日が経つにつれ、蒼玉はいっそ黙って家を出ようかと考えるようになっていた。そんなある夜、寝ていた蒼玉の耳に小さな話し声が聞こえた気がしてそっと身を起こした。隣では、すやすやと藍玉が寝ている。

「許してやろう。でなければ、蒼玉は勝手に行ってしまうぞ」

 父の声だった。どうやら、囲炉裏を挟みまだ起きていた父と母が話しているようだった。父は蒼玉の懇願をずっと聞いていたので、彼の意志の強さを理解していた為不安に思っていたようだった。心を見透かされたような気がして、蒼玉は思わず夜具を握り締めた。

「この間の討伐でも、蒼玉は役に立ったと聞いている。あの子は戦士に向いているんだよ」

「分かっています、同じ呪術者として私も蒼玉の強さを感じています。……けど……夜岳なんてあんな遠くて危ない場所に行かせるのは、心配すぎます」

 中ノ地の最北の、氷連地(ひょうれんち)と呼ばれる厳しい氷の大地を越えなければ闇の国には辿り着けない。しかも、現国王の実弟が王位をめぐって反乱を起こし、国の中で争いが起きているのだ。母でなくとも、そんな国へ向かうと言えば反対されるのは分かっている。

「蒼玉は小さな頃から、何も主張せず俺達の仕事を手伝ってくれていた。そんな子に、ようやく自分のやりたい事が出来たんだ」

 父は、穏やかに母を諭すように話す。

「多分、藍玉も戦士になるでしょう……子供が二人とも旅立つなんて、……」

 涙を滲ませる母にも分かっているのだ。だから、本当は子供たちを応援したいのだ。しかしそれと同じくらい子を思う気持ちが、現実を拒んでいる。

「立派な戦士になる様に、見送ってあげよう」

 父が穏やかな声音のまま、母にもう一度促した。しばらく母は黙って声を殺して泣いていたが、かすかに頷く気配がした。

「そうですね……あの子の人生に、私が口出しをするのは間違っていますね……分かりました、行かせてあげましょう」

「有難う、母さん」

 そこまで聞き終えると、蒼玉は再び音を立てずに横になって瞳を閉じた。こんなにも自分の事を愛してくれている人がいる……その幸せに、涙が一筋頬を流れて落ちた。

 そうして両親が囲炉裏の火を消し寝間に来る頃には、蒼玉は幸せな感情に包まれたまま眠りについていた。



「蒼玉、夜岳へ行く準備をしなさい。遠い地だから、荷物は多いぞ」

 次の日の朝餉の席で、父が蒼玉にそう声をかけた。「兄さん!よかったね!」と、隣に座っていた藍玉が抱き着いてきて思わず汁物の椀を落としそうになった。

「父さん、母さん…有難うございます」

 手にしていた椀を置くと、涙が溢れそうになるのを耐えて蒼玉は深々と頭を下げた。その姿を見た父も母も、笑って頷いた。

 ようやく、蒼玉は両親の許しを得る事が出来た。後は、村長に旅の通行手形と戦士育成願いを書いて貰うだけだ。そちらは父がお願いに行ってくれるそうなので、蒼玉は藍玉を連れて旅の荷物を買いに村の中心へと向かった。

「藍玉、先ずは武器屋に向かおう」

 藍玉の手を引き、先日の魔獣討伐で亡くなった武器屋の主人の店に向かった。武器屋は修行をしていた息子が後を継いだと聞いた。

「こんにちは」

 店に入ると、その新しい店主は武器の整理をしていた。

「やあ、蒼玉と藍玉」

 二人に気が付いたまだ若いオヤジは、振り返り笑顔を見せた。彼の父親の最期を話し、その亡骸を墓に埋めた時に会って以来だ。あの日は目を真っ赤にして、亡くなった父親の死の悲しみに耐えていたが、意外に元気そうで蒼玉は少し安心した。

「戦士訓練に行く事になりました。私の武器を作ってくれませんか?」

「そうか、蒼玉は戦士になると決めたのか。だったら、俺の初めての武器製作になるな」

 店主は笑って、蒼玉の言葉を快諾した。

「親父と一緒に戦った蒼玉の為に、精魂込めて作らせてもらうよ。風王都にはいつ()つんだ?」

「いえ、私は夜岳へ向かいます」

 蒼玉に話しかけながら店主は魔杖の材料となる無憂樹(むゆうじゅ)を取り出すが、蒼玉の返答に動きが止まった。

「夜岳? 蒼玉、お前あんな危ない国へ向かうのか?」

 店主は無憂樹を脇に置くと、神妙な面持ちで端正な蒼玉の顔を見返した。自分の父親が魔獣に殺された彼は、その時居合わせた蒼玉がわざわざ危ない所に行く心境を図りかねていた。

「はい。私は、加護の強い所で学びたいのです」

 きっぱりとそう返す蒼玉に、店主はそうか、と短く返した。

「お前がそう決めたのなら、俺が口出すことじゃないしな。あの国まで行くなら、三月はかかるだろう。急いで作るから任せてくれ」

「よろしくお願いします、では」

 蒼玉が頭を下げると、藍玉もそれに倣って頭を下げた。武器屋を出ると、次に衣装屋で旅用の袴や着替えを買う。防寒具は重くなる為、旅の途中で買う事に決めた。そして次に道具屋で、回復草は僅かにしたが精神回復草を多めに買った。携帯用の食糧やら、旅に必要なものをここで揃える。何がどれくらい必要か分からない蒼玉は、戦士で旅をしていた道具屋のオヤジの勧めるものを選ぶ。道具屋のオヤジは、蒼玉に色々詮索はしなかった。だが勘定はいらないと蒼玉に告げると、沢山の荷物を抱える彼の背中をポンと叩く。

「命を大事にしろ、迷いが生れれば、己が信じた道を選び取れ。……俺からの助言は、それだけだ。頑張れよ」

 道具屋のオヤジは、魔獣討伐に行ったあの日から蒼玉の苦しみを理解していたのかもしれない。返す言葉が見つからず、蒼玉は「はい」と頷いて藍玉の手を引き店を出た。

「武器が出来て旅立つ日まで、長老に簡単な術を教わるといい」

 沢山の荷物を抱えながら家路へと向かう二人の後ろ姿にそう声をかけると、道具屋のオヤジは店に戻った。

「藍玉、重くはないか?」

 道具屋で買った薬草類を率先して抱える藍玉を心配して、蒼玉は声をかけた。しかし藍玉は楽しそうに兄を見返した。

「私も戦士になったら、琥珀達とこんな風に買い物をするのですね!」

「……そうだよ。私は藍玉の買い物に付き合えなくて、すまないね」

 蒼玉には年が近い幼馴染のような存在がいなく、藍玉を羨ましいと思った事もあった。そんな存在がいれば、一人で未知の国へ行く孤独も少しは紛れたのかもしれない。

「兄さんのために役に立てるのが嬉しいので、大丈夫です」

 本当に素直で優しい子に育った。蒼玉は、藍玉を置いて旅立つことが気がかりだった。しかし、思慮深い彼は大丈夫だろう。自分が教えずとも、自らの意思で歩いていく筈だ。

「そうか、有難う。ではこのまま家に帰って荷物を置こう。私は長老の許に向かうから、藍玉は琥珀達と遊んできなさい」

 はい!と藍玉は返事して軽やかに家に向かう。白童子のその後ろ姿に、蒼玉は自分の幼かった頃を思い出す。まさか闇の国へ向かうなんて、その頃は思いもしなかっただろう。

 もうすぐ、年が変わる。蒼玉は秋生まれだが、十六になる年だ。戦士教育を始めるには一年遅くなってしまったが、人を護る存在になる為に精いっぱい頑張ろうと改めて思い、先に歩く藍玉の後を追いかけた。



 家に戻り荷物を部屋の隅に置くと、藍玉は琥珀の家の飯屋へと走っていった。今は冬のため畑作業はなく、蒼玉は僅かに飼っている家畜へ餌やりを終えてから長老の家へと向かった。

 長老には、魔獣討伐の時に回復の呪文を教えて貰った。神の加護の術などは戦士育成をしている使い手に教わらなければならないが、それ以外の詠唱は型通りで共通のものが多く、戦士育成を受けた者から教わり己が守護神の名に変えると使える事が多い。一人で旅に出る為には少しでも身を守る術を覚えていた方が良いと、道具屋の店主は教えてくれたのだろう。護身用に小さな刀も買ったが、自分のようにひ弱なものがこれで身を守るのは心許ないと思っていた。

「蒼玉か」

 長老の家に着いた時、丁度彼も帰ってきたところだった。食材を買いに村の市場に行っていたようで、手には大根の葉が見えた風呂敷を持っている。

「突然来てしまい、申し訳ありません。実は夜岳で戦士教育を受けることになったので、あちらに向かうまでに使える術を教えて欲しく参りました」

 蒼玉は長老の手から風呂敷を預かると代わりにそれを持ち、頭を下げながらそう伝えた。

「夜岳に……か。それは確かに危険だな、儂でよいなら構わんよ」

 長老は深く頷くと、蒼玉を促し家の中に入った。

「知っての通り儂は隠居の身だ、蒼玉の都合の良い時に来てくれて構わん。蒼玉も知ってるとは思うが、共通詠唱しか教えられんが」

「はい、勿論構いません。お言葉に甘えさせて頂きます」

 風呂敷を台所の(かまど)の脇に置くと、長老に続いて庭の傍の部屋へと進む。「まあ座りなさい」と言われた蒼玉は、畳の上に大人しく座る。長老は、自分が漬けた甘梅と水の入った湯飲み二人分を乗せた盆を手にして、蒼玉の前に座った。

「闇と光は、神の加護が強い。故に強い戦士が育ちやすい。しかし、反対に加護に恵まれない者は、戦士の道を閉ざしてしまう者が多いのが現実だ」

 闇と光は人間に執着している。だから、与える加護が多いのだ。だが何事にも相性があり、加護が少ないものもいる。強く与えられる者と比例する様に、加護が極端に少ないものは戦士には向かない。

 人間に興味があったため、人間の繁殖方法を知った闇と光の神が同じ行為をして神を生んだのが、有名な伝承だ。闇の力を受け継いだ女神の闇の子。光の力を受け継いだ男神の光の子。そして、闇とも光とも、他の神々のどの力も受け継がなかった両性の中の子。闇と光の神が創造神と眠りについた後、闇の子と光の子がその後を継いだ。中の子は花の神に育てられ、人間界を旅しているという。

「戦士教育を受けたものが教えられる伝承がある。風王都に行くなら問題ないだろうが、お前は闇の国に行く。旅の途中に何があるか分からん、だから先に教えておこう」

 湯飲みの水で喉を潤し、言葉を続けた。

「創造神には、影なる存在がいた。冥府の神と、(けが)れの神だ。冥府の神は、幽遠堂(ゆうえんどう)と呼ばれる国を作った。そうして、幽遠堂の闇の中で唯一人ひっそりと過ごしていた。だが人間が生れると、死んだ人間が転生する日を迎えるまでその魂を鍛える国とした。魂の番人と呼ばれる冥府の使い手を生み出して、冥府の国を統治している。

 穢れの神は生まれるとすぐに、毒荊(どくいばら)流地(るち)と呼ばれる禍々しい国を作った。創造神や冥府の神からは見えないように呪詛で国を見せぬようにして、妬みの神と色情の神と傲慢の神を生み出した。時折この禍神(まががみ)達は中ノ地に現れ、魔王と呼ばれる姿で人間に悪さをして退屈しのぎをしていた。」

「穢れの神……?」

 聞いたことのない伝承だ。冥府の神は絵巻物で知っている、創造神と並ぶ神だったのかと得心した。しかし、穢れの神など聞いたこともない。

「白童子の頃に読んだことはないか? 魔王と大地の神の戦いを」

 そう問われて、大地の神の冒険譚を思い出してみる。確かに、三大魔王と呼ばれる者が大地の神と対等に、そしていつも決着がつかぬまま姿を消す存在の話が幾つもあった。

「魔王とは、存在するものだったのですか? 冒険譚を書くために作られた架空の存在ではなく?」

「神々の伝承で、架空に作られたものはない。全て本当の事だ」

 神でも退治できない禍神……そんなのに出会ってしまえば、命はないだろう。

「神々の戦いで闇の神が作った魔物は随分減ったが、魔獣はまだ新しいものが幾度も生まれる。この世界は危険じゃ、禍神に会わぬよう気を付けて旅をしろ」

 魔物は闇の神が作った、人間の形をしているが人間を貶める事しか考えていない生き物。使い手の能力より低い力しかないから、魔獣と同じで人間でも倒せる。考えれば、確かに魔物を見たという話は聞かない。

「はい。命を守る事を考えて旅に向かいます」

「それが一番じゃ。さて、蒼玉。その甘梅を食べてから少し修業を始めよう」

 小皿に盛られた、蜂蜜で漬けられた梅を長老は蒼玉に勧めた。

「甘梅ですか?」

 特別なものではない、甘梅。何か意味があるのかと蒼玉は長老を見返した。

「呪術者は、精神力をかなり使う。その疲れを癒すのに甘いものを摂るのが一番なんじゃ」

 なるほど、と蒼玉は頷いた。

「しかし長老。それでしたら修行が終わってから食べた方が良くないでしょうか?」

 蒼玉の問いに、長老は目を丸くした。

「それもそうじゃ! すまん、気が急いてしまっていたようじゃった。後で食べよう」

 恥ずかしそうに小皿を盆に戻す長老の姿に、蒼玉は小さく微笑んだ。

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