葛藤店員と策士強盗
鮮やかな御手前
バイトをしていた。ひたすらレジ打ちをしていた。合間に天板から商品を降ろし、前出しもしていた。客をまた一人見送って、レジで作業か近くの棚で掃除かとぼんやり考える。
そうしていたら、不審者が入店してきた。自動ドアの微かなエンジン音と足音に振り向いたら、てんで可愛くない兎の被り物を装備した男が入ってきたのだ。
三ヶ月続けてきた習慣のおかげで条件反射になりつつある、いらっしゃいませのせが空気音になってしまっても仕方がない。さすがにプロ根性は三ヶ月ぽっちで身につく代物ではなかった。
ピッと背筋を伸ばし、サッと視線を外す。動くに動けない。誰も会計に来ないレジでスキャナーを握り締め、店内を眺める。
そうして、さっさとどこかで作業をすればよかったと後悔する。じんわりと、スキャナーを持った手からは汗が染み出してきた。
今更作業を始めるのも不自然だ。いや、むしろ今のままの方が変だよな、そうだ変だ、作業しよう。
ふと正面を見れば、ナイフ片手に立っている兎。
おっ、と声が漏れたが、とりあえずいらっしゃいませと台を見た。
この店は資材なんかも売っているので、レジに商品を持ってこない客がそこそこにいる。さらに、商品の見本を持ってきて店員に探させる客もいる。それであって欲しいと思いながら、兎を見詰めてみた。
「金を寄越せ」
耳障りなボーイソプラノを出しそうな顔をした兎から、いかにも男らしい低音が響く。若干篭り気味なその声は渋く、一回聞いたら忘れられない程度に個性的であった。
だよな、強盗だよな。ナイフと被り物とか明らかだよな。いい歳して強盗か。全くどうしてこんな寂れた店に来た。くそう。社員さんは外だし、店長は事務室だ。パートはみんな5時で帰ってしまったし、この日に限ってバイトは自分しかいない。
そうだ、災害マニュアルを思い出せ。こういう時は無理に捕まえようとせずに、素直に金を差し出すんだ。
自分のバーコードでレジを開ける。まるで犯罪の片棒を担いでいるようで、目眩がした。
「いくら、ですか」
「とりあえず万札あるだけ寄越せ」
「はい」
残念ながら、万札は点検したらチップに代えてしまうので、強盗に七万しか渡せなかった。少ないと逆ギレされたらどうしようかと、無表情の皮一枚下でダラダラと冷や汗を流す。
常々思うのだが、七万くらいならちょっと働けばすぐ手に入るじゃないか。このバイトは自給830円だからそこそこ働かなければならないけども。
強盗は手渡された万札の束をジッと見詰めた後、「端金だな」と吐き捨て、募金箱に突っ込み、あっさりと背を向けた。
何事もなかったかのように去っていく強盗のバイクのバックナンバーを控えながら、これは通報するべきだろうかと迷う。
数秒迷った末、事務室の店長に聞きに行った。
「お金減ってないみたいだし、いいんじゃないかな」
確かにと思いながら、募金箱から七万円を取り出した。
「げ、一枚足りない」
当然、通報した。