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第1話 サラリーマンから

  目の前には文字や数字が浮かんでいる。何かに書かれているのではなく、文字通り浮かんでいる。

 いや、空中に表示されていると表現するべきなのかもしれない。

  文字の向こうには、この『部屋』の壁がきちんと見えている。

 

  六畳一間くらいの部屋。

  部屋といっても、床、天井、壁、全てが石造りで、扉のようなものはない。コンクリートのようにざらついているわけでもなく、大理石のようにつるつるとしているわけでもない、黒っぽいなめらかな石造りの部屋。部屋の中にも何も置かれていない。


  こんな場所に心当たりはないが、目の前に浮かんでいる文字から自分に何が起きたかは察しはついた。

  「マジか… 」

  ただ、未だに信じられない。

 

  俺は改めてここで気がつくまでの記憶をたどる。




 


 

  俺は平日の午前中からパンパンの買い物袋片手に電車に乗っていた。

  昨日仕事を終えて帰りついたときには既に今日になっていたので、睡眠時間は少なかったが、かなり気分はいい。

  なんせ、今日から一週間の連休だ。


  大学を出て今の会社に就職して八年。SVになってから五年になる。

  うちの会社は、業界第三位のコンビニチェーン。

  上位三社がシェアのほとんどを占めている業界なので、会社自体は大きい。

  その中で俺の仕事はSV。担当しているフランチャイズ店への経営指導、アドバイスを行う、スーパーバイザーだ。

  まぁ、経営指導と言っても実際は本部の施策をフランチャイズ店のオーナーにどう実施させるかなのだが。

  本部とオーナーとの間の板挟みになることが多く、ストレスでやめていく人間も多いが何とかやっている。

  来期には支店長補佐への昇進も決まっている。

  同期の中ではかなり早い方だが、俺が仕事が特にできるというわけでもない。

  単純に他の人間よりも働いているからだ。

  父親も仕事人間だったせいか、この業界に入って二十四時間営業のフランチャイズ店オーナーに合わせて巡回したり、時間外で働いたりに抵抗があまりなかった結果だ。

  ホワイト化が求められる現代社会なので、規模だけは大きいうちの会社も社員に時間外労働させるわけにはいかない。というより、させると辞めていくし、新人が入ってこない。

  そんな中でこっそり時間外労働して仕事を処理していれば、上司からの評価もよくなり、担当のオーナーからしても他のSVよりはマシだというわけだ。

 

  少し前に話題になったが、超ブラックな状況のフランチャイズ店のオーナーからしたら、あくまでマシというだけだが。


 


  三百六十五日、二十四時間営業の業界なので盆も正月もない。

 なので、社員には年に一回は一週間の連休が与えられる。

 

  その一週間の連休が今日からだ。この一週間の使い方はもう決めてある。

  前からやりたかったゲームをやりこむのだ。ダンジョンマスターになって、ダンジョンをつくっていくやつだ。

  三十になるおっさんが連休にゲームと思われるかもしれないが、既に両親は他界していて帰省する実家はないし、独身で家族はいないし、今は彼女もいない、今は…。前はいたこともあるよ! 本当に!

  ……なので、どう使おうと自由だ。


 


  朝一でゲームを買いに行き、ついでに食料なんかも買いこんだ。

  夏も終わりにさしかかっているとはいえ、雲一つない天気のおかげで朝からかなりの気温。寝不足の体には辛いものがあるが、帰ってらからのゲームのことを考えると楽しみでしょうがない。

  社会人になってからはそれほどゲームをしていないが、学生のときに好きだったゲームと同じスタッフで作られており、ゲーム内容もかなりよさそうだ。


  帰ってからのゲームを楽しみに、電車に乗っているとやけに若い子が多い。高校生くらいか?

  まだ夏休みの最中なのだろう。

 

  よく考えると平日の午前中に休みで電車に乗っているおっさんの方が少ないか。




  そんなことを考えていたときだった。


  「うわっ! 」


  前方への凄い衝撃で、俺は投げ飛ばされたように空中へ。

  同時に「キィィィィィィッッッ!!! 」という轟音。

  そこで俺の記憶は一度途絶えた。






  次に気がついたときには、真っ白な空間にいた。

  ただただ白い空間。前も後ろも分からないどころか、上も下も分からない。

  立っているのではなく、浮いて漂っているかのような状態。

  とまどいはしたが、不思議とパニックにはなっていなかった。

 

  今思えばかなり怖いと思うが、そのときはそんな風に思わなかった。

 

  周りを見回し、何もないことを確認していると声が聞こえてきた。


  『よかった、間にあって。私の―――届く―――で、―――――ごめんなさい。あなたの存在が―――――――を与えるか―――――――。でも、これしか―――――――――――――。 』


  所々、ノイズがかかったように聞こえなかったが、おそらく女性の声。

  大きな声ではないが、聞きとれた部分は優しく響くように俺に伝わってきた。

  突然聞こえてきた声に驚きはしたが、やはり恐怖は感じてはいなかった。

  どう言っていいか分からないが、俺の内側に響くように、聞こえるというよりは伝わるという感じだ。

  何かを謝罪しているのは分かるが、状況が分からないので理解ができない。

 

  『ごめんなさい、あまり時間が――――。ただ、あなたは好きに生きて――――――――――――。どう生きたい? 』


  状況の説明を求めようと声を出そうとした瞬間、そう言われた。


  時間がない?

  声の主の焦りが俺にも伝わったのか、ますます状況が分からなくなった中、なぜか俺は最後の質問に慌てて反応した。


  「ダンジョンマスター 」


  咄嗟に楽しみにしていたゲームのことを思い出し、そう答えていた。



  『?? ………分かりました。』


  何を言ってるんだと自分でも思ったが、驚いたことに声の主は少し戸惑った後にそう答えてきた。


 

  『これで大丈夫―――です。―――――もう時間が―――――。――――――――ごめんなさい。――――この世界を自由に生きて―――― 』


 

  そして声の主が何かを伝えてきている途中で、足下の地面がなくなったような喪失感。元々、真っ白な空間なので地面も何もないが、とにかく今まで立っていたところに急に穴があいたようだった。


一瞬の浮遊感の後、一気に落下、テーマパーク何かにある落下系の絶叫マシンのような状態に。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


誰でもそうだと思うけど、いきなり足下に穴があいて落下したらパニックになるだろう。

元々、絶叫マシンが得意な方でもない俺はとくに。

訳もわからず叫びながらもがいた。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」





「…………………………………………………………………………………………長くない?」



落下しながら叫んでいたのだが、あまりに落下が長いので段々冷静になってきた。

「何か下に落ちてるのかどうかもよく分からなくなってきたな……」

周りは白いままだが、あの声と会話した空間とはどこか違う気がする。

手を前方に伸ばしてみると煙や雲に手をつっこんだようにスッと白い部分に入っていく。


「解析しますか? YES/NO」


「えっ?」


白い空間に手をつっこんだら、突然目の前に文字か表示されたのだ。


「解析って、何を? この白い空間を? 」


訳がわからず思わず質問してしまうが、返事はない。ただメッセージが表示されたままだ。


「落下?状態に変化はないし、YESを選んでみるか。」

何か現状に変化があるかもしれないと、YESを選ぶことにし、YESの方を押そうとすると、

「解析を開始します。」


どうやらYESの方を意識するだけでいいらしい。




しばらく待ってみたが、新たにメッセージが表示されることはないし、落下が終わることもない。

もうどれくらいの間落下し続けているのかも分からない。

「…これ下に地面とかあったら即死だよな。」

不安に思いつつも、声の主から感じた安心感のようなものを信じることにしようと考えていると、突然体が光だした。

「うわっ、何だっ!?」


手、足と全身が、最初はほのかに光をまとっているという感じだったのがどんどん発光が強くなり、目もあけていられなくなっていった。


















 


 

  「……で、今にいたると。」


  何もない石造りの部屋でここまでの記憶をたどり、一人呟いた。


  夢でも見ているのかと思ったが、浮かんでいる文字がそれを否定する。


  夢ならできすぎている。

  これまで生きてきて、ここまで細かく作りこまれた夢は見たことがない。

  それに、直感的にこれが現実だと感じている。

 

  目の前には様々な文字や数字などが並んで浮かんでいるが、その中でもすぐに分かるものがあった。


  そう、そこにはこう書かれていた。


 


  「ダンジョンマスター」と。


 



 



 






 


 

 










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