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1-1 ギルド




 その日、ハンターギルドの王都西支部で一人の子供がその扉を叩いた。その子供はちょっと毛色の違う子供で、その子供の登録手続きを行った彼女の目に留まった。


 その子供はつばの広い帽子を深く被り、ゴーグルを着けていて顔が見えない。しかし、動きやすく丈夫そうな服にブーツを履き、ショルダーバッグを背負っており、すでに依頼をこなす準備はしっかり出来ているようだ。そして実に行儀よくギルドの受付カウンターに並んでいた。きちんとした躾を受けた中層階級の子供はたいてい騎士や魔術士志望で、学院である程度教育を受けてからギルドに登録する。ハンターギルドの登録の下限は10歳。学院の初等部も同じく10歳。よって10歳になってすぐに登録する子供は珍しい。

 しかし受付係の彼女にとって重要なのは、登録作業や説明の際に言い掛かりを付けられないか否かであり、前者である子どもは何の問題もなかった。淡々と、何度も繰り返して飽き慣れた説明を読み上げ、登録作業を行う。


「それでは、リカード君。あなたのこれからのギルドへの貢献を期待しています」

「はい!ありがとうございます」

 そして、棒読みの決まり文句に元気よく返事をした子供は、嬉しそうにカードを受け取って去って行った。その時は少し珍しいが普通の子供だと、彼女は思っていた。









***









 登録が終わったので、私はギルド内に併設されている食堂で遅めの昼食を取ることにした。因みに酒類は喧嘩防止のため出していないらしい。昼時を過ぎた店内は空いていたので頼んだ定食はすぐに出てきた。食堂の隅で定食をつっつきながら、私は今後の事について思いを馳せていた。


「まさか、こんな事になるなんて思ってなかったなぁ…これからどーしよ。とりあえず初心者らしく大人しく日銭を稼ぐしかないかー…」


 私がそう独り言ちて黄昏ていると、パーンと何かを叩く音が響いた。ずいぶんいいところに入った様で店内の隅に居る私までよく聞こえた。音源の方を見るとウェイトレスのお姉さんの横でおっさんが頬を抑えていた。

「このクソアマ!客に何しやがる!」

「す、すみません。で、でも…変なところを触られたので…」

「ああ?俺は客だぞ!ちょっと手があたったぐらいでガタガタ抜かすな!」

「で、でも…」


 お姉さんはおっさんの言い掛かりに怯えてじりじりと後ずさっている。他の客は見て見ぬ振りだ。見たところおっさんの装備は店内の客の中で一番立派だった。おそらくこの支部ではそこそこ名が売れているのだろう。触らぬ神に祟りなし。面倒な厄介ごとにには首を突っ込まないのは賢明だ。そう思いながら私はあわてず騒がず定食を完食した。おっさんはまだお姉さんに絡んでいる。おっさんのいるテーブルは私のテーブルよりも出口の近くにあった。私は出口に向かうためにおっさんとお姉さんの横をゆっくり歩いて通った。通った瞬間、おっさんはお姉さんに向かって大きく踏み出して、そして盛大に転んだ。


「…っってえな何しやがるクソガキ!」

 先ほどのお姉さんの平手よりもいい音を立てて頭を床にぶつけたおっさんは起き上がって、今度は私にいちゃもんをつけてきた。

「何かって何?」

 うん。我ながら平坦でイラッとする口調だと思う。

「テメエ今足引っ掛けやがっただろうが!」

「えー?なんのことー?オレなーんにもしてないよー?」

「ふざけやがって…見たことねえツラだな、大方昨日今日に登録した駆け出しだな?ギルドの流儀ってもんを叩きこんでやる!」

「えーすごーい。そうだよ。オレ、今日登録したばっかりなんだ。能無しだと思ってたら、そのくらいの見当つける程度の脳みそはあったんだね。オレびっくりー」

「この…叩き潰してやる!」

「や、やめて下さい!こんな小さい子相手に!」

 私がいきなり割り込んできて呆然としていたお姉さんが再起動した。私はそれを抑えて下がってもらうとしたところで、いきなりガッシリと肩を掴まれた。しまった仲間か?とその手を振りほどき振り向くと、そこにはフードを深く被った背の高い男がいた。背の低い私からは一瞬横顔が見え、固まった。


「ああ?なんだテメエも文句あんのか?」

「俺はこのチビに用がある。失せろ」

「は?寝ぼけてんじゃねえよ!今俺がこのクソガキと話しつけてんだ引っ込んでろ!」

「邪魔だ」

 ゴッ、と重い音がして、一呼吸開けておっさんはその場に倒れた。おっさんは完全に意識が落ち、私の真横には腕を振りぬいたままの状態でいる男がいた。そして男はこちらを向いて言った。

「で?何でお前がここに居るんだ?」

「あ、オレちょっと用事があったんで帰りまーす。それでは名も知らぬ謎の人さんサヨウナラ」

「…おい、糞チビ」

「さー。急がないと約束におくれちゃーう」

「無視してんじゃねえよ!」

 咄嗟に避けた私の横を、ビュッ、と先ほどの手刀よりも勢いよく風を切った重い蹴りが通り過ぎた。蹴りを外した男は舌打ちをしてフードを取った。


「この顔に見覚えがないとでも?…リカ」

 フードの下から現れたのは美しい男だった。お姉さんがおもわず息を飲むのが聞こえる。苛立たしげに歪んでいても、眉も切れ長の目も鼻梁も完璧に整っていることを損ないようがない。肌は透き通るように白く、後ろで無造作に後ろで一つ結んでいる髪は憎らしいほど癖の一つもなく腰まで流れていて、安っぽい食堂の中でも輝いており、月の様な白銀だ。何よりも珍しいことに、同色の犬耳が生えている。もちろん自前だ。

 その見覚えがありすぎる綺麗な顔を見上げて、私は観念した。



「ひっさしぶりー…ユウ」



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