涙
なんか、よくわかんないです。
今日から5月に入る。入学してから1ヶ月経ち。クラスの雰囲気はまさに高校生という感じだ。
「やっと5月か」
稜平が呟く。やっとって…結構早かったぞ、と稜平の時間の感覚に驚く。1ヶ月というきりのいい日なのに、今日は大雨である。
「夏休みまで、あと3ヶ月か。」
稜平が外を眺めながら言う。
「さすがに夏休みの事考えるのは早すぎ」
「だって高校生の夏休みだろ?イベント満載じゃねーか。」
確かに。心の中で激しく共感する。今まで経験したことのない事を沢山する。と裕大は入学当初から決めていた。恋愛、花火その他諸々…高校生の夏といったら人生で1番青春出来る!と裕大は確信している。
「夏休みの事考えたら、モチベあがった」
「裕大もかw」
裕大はモチベが高いまま授業に臨んだ。
「やっと昼飯ー!」
4限終了のチャイムが鳴ると同時に稜平が叫ぶ。授業終了の挨拶を済ますと、稜平はすぐに弁当を持って自分のところへ来る。裕大は毎日稜平と弁当を食べる。弁当を食べながらの会話はとても弾む。
「それでさ· · ·あーして、こーして」
稜平の会話が止まらない。基本的に裕大は聞き専門だが、稜平の話は聞いてて飽きない。
昼食の時間の会話を楽しんでいると、
「ねぇ、裕大」
と声をかけられる。裕大は一瞬で声の主が誰かを理解した。七海だ。
「え、え?どうした?」
動揺が声に出る。心臓の鼓動が早くなるのがわかる。この1ヶ月で七海との仲は深まったと裕大は思っている。たくさん自分から話しかけ、たくさんの話題を持って七海と一緒に話す。でも、七海から自分に話しかけてきたことはなかったのだ。
初めての七海の行動に慌てる中、七海は言う。
「放課後開いてる?話があるんだけど」
言葉の内容を理解するのに、数秒、七海と自分の間に静かな空気が流れる。
「うん…開いてるけど」
裕大が恐る恐る返す。なにか七海に悪い事をしたのではないか。そんな思考が頭から離れなくなり、この1ヶ月で七海とした会話を必死になって思い出す。
「よかった、じゃあ放課後」
と言って七海は友人との昼食に戻る。七海の行動に男子、女子共にザワつき始める。
「なあ、これワンチャンあるんじゃね?」
と、稜平が言う。もしかしたら、もしかするかも。裕大も恐ろしさの中に希望の光があるかもしれない事に気付き、テンションがあがる。周りの男子達も集まってきて、一気に話が盛り上がる。
男子達のせいで聞こえはしないが、女子達も盛り上がっているようだ。
裕大は期待を胸に残りの授業に励んだ。
7限のチャイムが鳴ると、一気に緊張し始める。生徒達が次々にカバンを担いで、部活に向かう。10分もしないうちに生徒はくらすからほぼいなくなった。
しばらく椅子に座って待っていると、七海が来る。心臓の鼓動は一気に早くなって、苦しくなる。呼吸しているだけでも相当キツくなる。
「緊張しなくていいよ。」
顔の表情で分かるのか、七海が声を掛ける。そんなこと言われたら余計に緊張するだろ。と思いながら、呼吸を整えようと必死になる。
「ねえ、裕大…君はさ」
七海が話し始める。七海の声を一字一句聞き逃さないように集中する。
「あの時の、堀川裕大なの?」
裕大の緊張は一気に解けた。七海の言葉に理解が追いつかなかったからだ。七海の言葉を理解しようとする。だが理解できない。
「え…意味がわからないんだけど。どーゆーこと?」
「ごめん、小学校と中学校はどこ出身?」
七海が自分の理解が追いつかないまま、さらに自分に質問する。恐る恐る裕大は小学校と中学校を答える。
「そっか、そうなんだ、ありがとう」
裕大と七海の間はまるで時間が止まったかのように静かになる。
しばらく沈黙が続き、耳には雨の音だけが聞こえて来る。
「七海…訳がわからないんだけど」
裕大はまだ状況を把握しきれていなかった。
「ごめん、意味分かんないよね。でもこれだけは言わせて」
「裕大、どうもありがとう」
七海の眼から、ひと粒の涙がこぼれる。
その言葉だけ残して七海は教室を去った。