祝福
恋愛が、そろそろはじまりそう。
一週間も経つと、皆がクラスに馴染んでくる。各個人は仲の良い友人を見つけ、それぞれ私語を楽しんでいる。俺も今は稜平との私語を楽しんでいる最中だ。
「裕大、気になる人いるの?」
またこれか。最近この質問ばっかりだ。答えるのが嫌でいつも理由をつけて返答してなかったけど、稜平も折れない。
稜平の顔はいかにも悪そうな顔をしている。将来が不安で仕方がない。
高校生になると恋愛の話題が多いのは事実だが、稜平の場合は度が過ぎてる。
稜平は中学校の時からモテていた。恋愛経験のない俺からしたら遠い存在だった。でも稜平はいつも俺の側にいてくれて、仲良くしてくれた。
こんなにいい友人の質問に答えない訳にもいかないので、仕方なく
「一応な、いるよ」
「教えろ!」
こう来ることは分かっていた。正直に話す。
「ほら、このクラスの橋本 七海って子」
稜平がニヤリと微笑む。
「あー。お前清楚系好きそうだもんな」
七海はとても美人だ。少し茶色の髪は日の光を反射して美しく輝き、顔のパーツ、バランス共に完璧と言っていいほど整っている。
美幸ももちろん美人だが、美しさの種類が違う気がした。
「清楚系は好きだよ、でもなんか、あの人どこかで見たことある気がするんだ」
そう。入学初日の下校の途中。彼女とすれ違い、そして感じた懐かしさ。
何故かわからないが、俺は彼女から目が離せなかった。
「見たことあるのか、前世とか?w」
冗談交じりに稜平が返す。
「確かに。あるかもなw」
ホントにあったらすごいな、と思う。
「で、話しかけないのか?」
「また痛い所を。」
話しかけたいのだ。ものすごく。でも一週間経って、七海が男子と話すのを裕大は見たことがない。男子達も話せないのだ。
"美しすぎる"容姿は逆に近づきずらい。
「気になるなら、行けよw」
「簡単に言うけどなぁ…むりなんだって」
そう、小学校、中学校共に勉強に励んでいた俺はコミュ症ほどではないがコミュニケーションが苦手な方なのだ。美幸は昔から話しているから別だが。しかも相手が"自分の気になる人"だと余計に難しい。クラスの女子とはある程度仲良くなかったが、七海だけは別だった。
浦上はコミュニケーション力が高く、誰とでも話す。こいつのコミュ力が欲しいぐらいだ。
「行けるって、っていうか行けw」
稜平に押され、はー…と深いため息をついて、覚悟を決める。
「ん、なら行くわ」
『ガタン』
と席を立ち、七海の方へ歩み寄る、その足取りは重くなかなか前に進まない。
ようやく七海の前についた裕大は必死になって言葉を探すが、頭の中が真っ白で何も思いつかない。
「どしたの?かわちゃん。」
かわちゃん。俺のあだ名だ。意外と気に入っている。
「んあ、橋本さんに、用があって」
というと、七海がこちらに振り向く
「へー!七海に!勇気あるねw」
とクラスメイトの女子に言われ、余計に頭が回らなくなる。
「あの、橋本さん、僕、わかりますか?」
無意識に丁寧な言葉遣いになり、焦っているのがわかる。額から汗のようなものが滴る。必死になって探して言葉は"自分が分かるか"という訳のわからない質問だった。
「かわちゃんっ」
と透き通るような声であだ名を呼ばれる。
「そうだよ、かわちゃんだけど、その…名前」
そう、名前が分かるか聞きたいのだ、まずは覚えてもらうこと。自分の中ではそう考えていた。
「んー、ごめん。堀川君だよね?」
覚えてもらえていなかったことはショックだが、とにかく覚えてもらわねば!と思い咄嗟に声が出る
「俺、裕大っていうんだ、堀川裕大!」
勢いで熱く自己紹介する。声は教室に響き、クスクスと笑い声が聞こえる。
「裕大…!」
彼女がそう言った時だった。
ズキン…ズキン…
頭に痛みが走る。
- - - - - - - - - - - - - - - - -
「私ね· · ·将· · ·に· · ·る」
- - - - - - - - - - - - - - - - - -
過去の記憶だろうか。誰かの言葉が一瞬でフラッシュバックする。
ハッと我に帰る頃には、どんな言葉かも、誰の言葉かも忘れていた。
「そう、裕大だよ!覚えてね!」
会話を続ける、なんだろう今のは。と疑問に感じながらも七海との初めての会話を楽しんだ。
「お前、よくやったよ」
稜平に褒められる。素直に嬉しい。
「ああ、なんか、一気に疲れたよ」
席に座ると、チャイムがなる。
温かな陽の光は裕大をそっと包み込み、裕大の勇気を祝福してくれているようだった。