記憶
気の向くままに。
景色をぼんやりと眺めて数分。
「間もなく〜伊切駅〜」
と、アナウンスが流れる。
アナウンスが流れた直後に、ぼんやりとしていた意識はハッキリとし、引き締まる。
いよいよか…!と心の中で叫ぶ。
隣にいる美幸も緊張しつついい顔をしている。自分と同様、これからの高校生活に期待している顔だ。
電車が減速を始め、慣性に抗い足をふんばる。
美幸が踏ん張りきれなかったので慌てて手を掴む。
「ありがとう」
と小声でいう美幸に軽く頷く。
『プシュー』
と電車のドアが開いた。伊切駅の改札から出ると、目の前には伊切高校がどっしりとした佇まいで生徒を迎えていた。
伊切高校は名門校。資金も多いのだろう。その外見は外国のお城のように美しく、高校周辺には様々な植物が植えられている。インターネットで見た写真とは比べ物にならないぐらいの迫力だ。
玄関前では在校生が新入生を歓迎している。
「「おはようございます!」」
と揃った挨拶は聞く者全てを圧倒した。
新品の内履きに履き換え、自分のクラスへ向かう。美幸とは違うクラスになり少し残念だが、あまり気にしない。
クラスへ入ると重い空気が伝わってきた、あまり話さず、静かなこの空気。少し憂鬱な気分になりながら席へ着こうとすると
「おい、裕大!」
と元気な声。
「ああ!稜平!」
憂鬱な気分は一気に晴れた。中学校からの親友の浦上稜平だ。中学校の頃、稜平とは常に一緒に行動していた。それぐらい仲がいい。
「お前をここ受かってたんだな!連絡したのに返事帰ってこなかったから落ちたのかとwwwww」
稜平のダメな所はここだ。煽り属性が高すぎる。煽り属性が高すぎて普通の顔でも煽られてるように感じる。
「まあ、受かっていろいろと忙しかったからな…」
中学校の受験勉強の忙しさを思い出して、ゾッとする。
しばらく稜平と話していると、チャイムが鳴る。
『ガラリ』
聞きなれないドアの音がし、担任の先生が入ってくる。
「入学おめでとう!僕の名前は鈴木一郎です!皆さんには───────」
テンプレみたいな名前だなー、と思いながら軽く話を流す。長い話が終わり、そしてテストが始まる。クラスの皆が友人達とテストについて話している。
「入学おめでとうテストってなんぞ。」
稜平の言うとおりだ、これには納得である。
生徒に解かせる気がまったくない超難問のテストを受け、そして下校。正直、入学おめでとうテストで一日使うのはどうかと思う。と心の中で愚痴を言いながらカバンを担ぐ。
「裕大〜!」
テストの疲れが吹き飛ぶような綺麗な声にテンションがあがる。美幸だ。
「一緒に帰ろ?」
「もちろん」
待ってましたといわんばかりに即答する。
何も入っていないカバンを担ぎ、美幸と二人で玄関へ向かう。
玄関へ向かう途中一人の女子が前を横切る。
───────ふと。今朝の夢を思い出す。
手をいくら伸ばしても届かない光。その光はまるで自分を避けるように。
その女子の容姿は懐かしい感じがした。だけど誰かは思い出せない。
思い出せないまま、美幸と一緒に家へ帰った。