赤薔薇の館(庭園)
私達が通り過ぎたあと、正門が音もなく締まりました。
恐らく、我が主の意志でしょう。せっかくの贈り物を逃さぬよう、『彼ら』に閉めさせたのです。
全く。いつもながら、我が主はこの少女――シエラの来訪を、心待ちにしているようです。
だいたいが、我が主は特殊な傾向をお持ちの女貴族。新しい来訪者がくるまでのこの時期が、最も餓えている時期なのです。
だからこそ、普段はもっとあとで閉まる門が、あれだけ早いタイミングで閉じられたのでしょう。
それは、我が主の期待を顕わしているのです。
そんなことを、右側の贈り物は露知らず。
「ねえ、ジャル。すごいわ! 立派なお庭……!!」
我が『赤薔薇の館』の唯一無二の庭園を目の当たりにして、感想がそれだけとは。
やれやれ。
幾何学的に配置された造形物。
百花繚乱に咲き誇る赤薔薇。
差し込む日差しまで緻密に計算された測量技術。
ミリ単位のずれなく均等に刈り揃えられた芝生。
これらプロの技を、「立派」という稚拙な言葉だけで表現するとは。
これでは、庭師たる私の仕事が、虚しくなってしまいます。
「……シエラ。こういうときは、もっと詩的に庭を褒めるのです。それが、少しでもあなたが大人に扱われる条件ですよ」
金髪碧眼の贈り物は、キョトンとしていましたが、なんとか私の意志を解したようでした。
「……なんていえばいいのかしら。絵本に出てくる王宮のお庭みたい」
「詩的な表現とは少々言い難いですね。しかし、王家といえども、これほど完璧な庭園は持っておられません。全て、我が主の威光と、庭師の技術によるものです」
そう。我が主は、赤薔薇をこよなく愛するお方。
自身の紅髪と紅眼も相まって、新緑の中に赤が咲き誇る庭を、この館に造られたのです。
外壁の内側は、建物以外全てこのような空間で覆うというのが、我が主の思し召しでした。
ですから、庭師の私が、その意向を叶えたのでございます。
無論、私一人で、この広大な敷地をこれほど完璧に仕上げたことに、得心がいかない者もいるでしょう。
ですが、そんな邪推はどうでもよいのです。
私が重んじるのは、我が主の命を叶えることのみ。
それが現実として叶っていれば、他の問題など、瑣末なこと。
「さあ。我が主のもとへ急ぎましょう、シエラ。主は、本館の最上階でお待ちです。手を離しては、いけませんよ。この薔薇園は、新参者が迷いやすいのです」
「うん。わかったわ」
そっと、華奢な手首を引いて、正面にある本館を目指します。
ところどころ、アーチや生け垣になっている部分を縫うように進んで、ようやく、本館が見えて参りました。
巨大で鮮やかな塔と、それを中心に広がる豪奢な建物。
何百人もの召使を抱えて、ようやく維持できるであろうお屋敷。
かのフランス王フランソワ一世が、狩猟時の滞在用として建てたシャンボールの城館のような風情は、我が屋敷の自慢でもあります。
『赤薔薇の館』。これこそ、我が主の住処。私の使える美しき建築物。
空虚かつ実利的で卑しい新しい時代の建築がこの世を席巻する中、深い森に守られたこの館は、まるで優雅な伝統建築、その最後の良心のように、そっと存在を保っているのです。
勿論、建物だけではなく、私の手入れした薔薇園も、革命などという時代の狂乱からは程遠いものですが……。
あの野蛮な断頭台や騒乱とは、この館は無縁なのです。
話が逸れてしまいました。
これ以上、我が主は待たされることを望んでいないようです。
背後の庭園にいる『彼ら』が、私に無言の圧力を加えてくるところから察すれば、我が主はそうとうお待ちかねのご様子。
あとで叱責されるのはご免被ります。
さて、彼女を連れてまいりましょう。
我が主のもとへ。