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退廃主義と赤薔薇の館  作者: 琴原 宰
4/5

赤薔薇の館(外観)



 シエラは、自分の手を引く召使の横顔を見上げた。


 召使は、女性である。


 しかし、男性ほど背丈があり、凛とした顔立ちにも、どこか中性的な魅力が存在する。


 黒髪を女性にしては短めに切っているのも、彼女をそう魅せる要因かもしれない。


 メイドではなく執事の恰好なのも、その傾向に拍車をかけていた。


 服飾の基調は、髪と同じ色の漆黒だ。


 それと、フレームのない精緻な眼鏡をかけている。


 たぶん、銀色の懐中時計だって持っているだろう。


 先程のやり取りで、彼女の名前がジャルということも知った。



「ねぇ、ジャル。お屋敷はどこ?」



 黙々と歩く女執事にそう尋ねてみるが、



「歩けば分かります」



 にべもなくそう言われてしまい、シエラは質問を諦めて暫く歩いた。


 すると。


 薄暗かった谷に、明るい陽光が唐突に現われた。


 シエラは、この谷に落ちたときのことを、良く覚えている。


 絶壁からの墜落、というほどでもなかったが、かなりの恐怖だったことは確かだ。


 鬱蒼とした森林の窪みにあたるこの谷底に、眩いほどの陽光が届くのが、シエラには信じられない。



「ねぇ、ジャル。あれ……!」



 そして、シエラは気がついた。


 その場違いな陽光の中に、豪奢な建築物が存在することに。



「ええ。あれが、『赤薔薇の館』……。我が主の住まいであり、あなたの家です」



 怜悧な美貌のジャルディニエは、その赤煉瓦の建築物を眺めながら、シエラにそう告げる。



「大きいのね……。お城みたい。トンガリが……沢山あるわ」


 

 館の外壁は、赤煉瓦で鮮やかに彩られている。陽光が良く映える色だった。


 色だけではなく、形も美しい。



「ええ。十の塔が、中央にある本館を幾何学的に囲んでいます。全ての塔から塔へ、内部で移動することもできます。まあ、可能なのは主と私だけですが」


 

 目前に出没した玲瓏な建築を眺めることで一杯だったシエラの脳裏に、ある疑問が浮かぶ。



「ご主人さまと、ジャルだけ? 他の人は?」



 ジャルディニエは、冷徹な視線をシエラに向ける。



「『赤薔薇の館』の内部は、酷く複雑です。まるで、薄暗い迷宮のように。……迷子になって、飢え死にしたいのなら、構いませんよ。試してみても」


「……いい。やっぱり」



 女執事の眼光に怯え、シエラはぶんぶんと首を横に振る。


 そして、今の冷気を忘れるために、もう一度、降り注ぐ陽光に建つ『赤薔薇の館』を、大きな碧眼で眺める。


 『赤薔薇の館』は、館というより小城ほどの大きさだった。


 十一ある建物には全て塔があり、それらは緻密な計測によって、寸分たがわず均等に配置されている。


 本館の塔が最も高く、周囲を同じ高さの十の塔が囲んでいる。


 そして、十の塔を繋ぐように、完全な円の形をした外壁が張り巡らされていた。


 この外壁も、赤煉瓦の外装で彩られている。


 この建物の主人は、よほど赤い色彩がすきなのね、とシエラは推察した。



「ねぇ、ジャル。確かに、赤色の素敵な建物だわ。でも……」



「まったく。よくしゃべる子供ですね。おしゃべりと観賞会は、ここまでです」



 またにべもなく言われてしまい、シエラはジャルに手をひかれるまま、歩くのを再開した。


 ジャルに言いかけていたことの続きだが、館の外庭には、まるで薔薇が存在しなかったのだ。


 芝生が所々、手入れされている程度で、華やかな建物と比べて、地味である。


 野花が咲いている程度で、豪奢で手の込んだ庭が存在しない。


 まあ、こんな森の奥地で、これだけの陽性の植物を見ること自体が、信じられないことではあるのだが……。


 薔薇は、何処にあるのだろう。


 館の名称にもなっている、赤薔薇は?




「……心配せずとも、館の敷地に入れば分かります」




 よほど、シエラが気になる顔をしていたのか。


 見かねた様子のジャルディニエが、それだけ告げた。


 まだあって間もないが、この女執事との付き合い方を心得てきたシエラは、頭に浮かぶ質問の嵐を抑え、頷くにとどめる。


 暫く無言で進むと、館の外壁まで辿り付くことができた。


 磨かれた銅の門が、陽光浴びて豪奢に輝く。


 どこに開門の仕事をする守衛がいるのかと、シエラは視線をあちこちへ走らせたが、どこにもそういった類の人物がいない。


 そんなシエラを尻目に、女執事はゆっくりと門に近付き、三度、ドアをノックするように門に刻まれた貴族の家紋を叩いた。


 すると、門が開いたのである。


 人が動かした形跡もなく、するりと。


 音もなく。


 

「さあ、行きますよ」



 その一連の流れを、さも当然そうに受け止めるジャルディニエ。


 対象的に、シエラは呆気にとられていた。


 だが。



「……シエラ。知らない方が、救いがあることもあるのです」



 女執事にそう言われてしまい、驚きを口にするタイミングを失ってしまった。


 そして、また手をひかれ、館の敷地へ足を踏み入れる……。


 二人が通過した後、銅の門は、するりと閉じた。


 まるで、心変わりしても逃げ出せないように、ひっそりと。

 




 

 

 





 



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