荷解き
送りものが届いたようです。
届け方としては三流以下で、我が主の属するラ・トゥール・ドヴェルニュの家紋に相応しくなく、野蛮で無粋です。いささか、不快でもあります。
しかし、致し方ないでしょう。これは、我が館を不要な人目から守るための措置。
この館に、想像力の内虚ろな人間達の好奇心が、近付くことは許されぬのです。
我が主のためにも。そして、主の父親である領主様のためにも。
『赤薔薇の館』は、静謐な闇の中に沈んでいなければなりません。
絶対に。
……話が逸れました。荷解きと行きましょう。
きっと、木製のラッピングで包まれた中身は、自分が死んだと思っているはず。
勿論、普通なら死にます。助けることなく、下草の養分になってもらうでしょう。
しかし、彼女は年に一度の贈り物。
主も、大変心待ちにしている来訪者なのです。
それに何かあれば、私は主からきつい制裁を受けるでしょう。
そのような事態になるわけにもいきませんので、贈り物には生存して頂きました。
この手の贈り物を受け取ったとき、最も品性が現われるのは、ラッピングの剥がし方です。
華麗な装飾を施された外装を、以下に無粋に破らずに、プレゼント本体まで迅速に到達するのか――。
そこには、貴族の召使としての、私の品性が現われます。
優雅に、かつ主をお待たせしないよう、完璧に荷解きせねば――。
――そう思ったのですが、すでに贈り物の外装は粉々になっていました。
贈り物の本体だけが、うっそうとした下草の上に伸びています。
やれやれ。これは贈り物として三流すぎます。
外装の馬車が粉々とは。むき出しで贈り物を受け取らせるとは、本家の従者も質が落ちたものです。
ですが、嘆いても仕方がありません。
今頃、無粋な従者は、顔を蒼白にして、この森を出て行っているところでしょう。
今から追いかければ、追いつくことは可能ですが、意味のないことです。
目の前で気絶している贈り物を、我が主に届けること。
その役目に比べれば、無粋な従者くらい、些事に過ぎません。
そっと、贈り物を起こしてみましょう。
ですが、我が主にも困ったものです。また金髪碧眼とは。
八年連続で、いえ、非公式なものを含めれば、十七名連続でこの容姿とは。
我が主の趣向にも、恐れ入ります。
同じようなものばかりで、飽きないのでしょうか。
私がそう呆れているうちに、贈り物の方が勝手に意識を戻しました。
かなり困惑した表情を、あどけない十二歳の顔に浮かべています。それはそうでしょう。あの高さから落ちて、助かるとは思えませんから。
だからこそ、私の仏頂面を、まじまじと見つめているのでしょう。冥界の使者を見るように。
「……びっくりしたわ。あの世って、そんなに今まで住んでいた世界とかわらないのね?」
綺麗なソプラノ。邪気のない表情。我が主の趣向に合っています。
やれやれ。我が主の父親――当主様も、ずいぶん熱心に領地を探し回ったのでしょう。
こういう存在は、何処にでもいるものではないのです。
それだけ、娘である我が主を、気にかけての行動ならば、うれしいのですが……。
「ここは冥界ではありません。『赤薔薇の館』です。ようこそ、小さな御客人。私はジャルディニエ。ジャルと呼んでくれて構いません」
私が喋ったことで、ここが冥界でないことが分かったのか。
贈り物の少女は、目を細めて立ちあがりました。
「そう。はじめまして、ジャル。私、シエラっていうの。シエラハザード。でも、長いからシエラって呼んで」
全く。子どもというのは、慣れ慣れしいことこの上ない。
しかし、今回の贈り物は、まだ礼節を心得ているようです。
泣きだしたり、反対にはしゃぎまわったりすることがない。
子供のけたたましさが苦手な私から見ても、今回の贈り物――シエラは年齢以上の落ち着きを持っているようです。
「そうですか、シエラ。では、参りましょう。我が主のもとへ。あなたのことを、首を長くしてお待ちです」
淡々と応対し、シエラの細い手首を握ります。
これで、贈り物が逃げることはもうできません。
そうとも知らずに、シエラは満面の笑みを浮かべます。
「うん、ありがとう。なんだかジャルは、私のお姉さんみたい」
「あなたの世話係をするようにと、我が主から仰せつかっています。私の言うことを良く聞くように。いいですね?」
「うん。いい子にしているわ」
ひまわりのような微笑み。
それは、この薄暗い森の底で、いつまで輝いていられるのでしょうか。
しばらくシエラの手を引いて歩くと、我が主の館が現われました。
『赤薔薇の館』。
この館が、主と私と、そして贈り物の――住処です。