怪しい男
智晶さんが一層足を速めたので、手を引かれる僕は駆け足になった。
僕が疲れてきて音を上げそうになったころ、急に彼女は立ち止まった。
そこは人気の多いコンビニの前で、街灯も明るかった。
僕が振り向くと、少し離れた場所で黒いスーツを着たサングラスの男が立ち止まった。
その姿を見て、僕は息を呑んだ。
その男はUFO事件の時に、銃弾から僕を助けてくれた人だった。
角刈りで背が高く細身のその男。
まだ距離があるので断定できないが、その風貌には見覚えがある。
「ちょっと! そこの人、どうして僕らを尾行するのさ?」
智晶さんは声を荒げると、右腕を上げ、その男を真一文字に指さした。
コンビニの前でたむろしている数人の学生が、何事かという顔で視線を向ける。
街灯の下に立つ男は声をあげず、ただそこに立っている。
腕を降ろした智晶さんは男の様子をうかがっているのか、黙っている。
僕は智晶さんから離れ、男に駆け寄った。
「あっ! 香ちゃん、ダメだよ!」
後ろから智晶さんが叫ぶが、僕は足を止めない。
男のそばに来た僕は、彼に声を掛けた。
「冴島さんですよね」
僕が見上げるその顔──。
「お嬢様、ご無事でなによりです」
男が右手でサングラスをはずすと、慣れ親しんだ顔がそこにあった。
遠くで僕らの様子を見ていた智晶さんから気の抜けた驚きの声が上がる。
「なんだ、香ちゃんの知り合いだったの?」
その言葉に冴島さんが機敏に反応した。
「えっ、カオルちゃん……?」
僕はどうしたものかと慌てる。
ファミレスでも経験したように、今の状況を他人に説明するのはきわめて困難だ。
しかも、今は智晶さんもいるし……。
とりあえずは──。
冴島さんを智晶さんの所まで連れていき、彼女に紹介した。
「この人、僕の知り合いの冴島さんです」
「なーんだ、僕はてっきり事故の時の犯人かと思ったよ」
照れ臭そうに智晶さんは後ろ頭をかいた。
「えっ、事故ってなんでしょうか? お嬢様」
「いや、大したことないんだよ。気にしないで」
そう答えたが、冴島さんが僕を見る目が少し変だ。
まるで、珍獣でも見るような目だ。
あれ、どうしたのかな?
と考えたところで、僕は自分の言葉遣いに思い至った。
麗ちゃんのしゃべり方じゃないよね……。
彼女といつも接していた冴島さんが気付かないはずがない。
けど、ややこしい話は智晶さんの前じゃできない……。
「智晶さん、僕……いや、私は彼と話があるので、あとは大丈夫です」
麗ちゃんっぽくしゃべったら、今度は智晶さんが怪訝な顔をしている。
んー、なんだか面倒くさいなあ……。
「大丈夫なんだね。じゃあ、僕は帰るから、気をつけてね」
手を振ってから、智晶さんは坂を下りていった。
冴島さんと二人きりになった。
「冴島さん、銃撃戦の時に怪我をしたでしょ?」
「ええ。ですが、ご心配いりません。左肩をかすっただけですから」
「そうなんだ。よかった……。あの時は、ありがとう」
「いえ、お嬢様。銃撃戦で警察が来るだろうから、あの場を去ってしまったことをお詫びします」
冴島さんが申しわけなさそうに頭を下げる。
ここで話していても何なので、仁科家のあるマンションまで彼を連れていった。
そして、エントランスにあるソファーで彼と向かい合った。
「お嬢様は今はここでお暮らしなんですか?」
冴島さんはエントランスホールを見上げ、感慨深げにたずねる。
「そうです。ここに住む仁科さんの家族にお世話になっています」
「いや、私、タイムマシンでこの時代に来たのはいいのですが、皆さんがどこにいるのかわからないので、あちこちお探ししたんですよ。最初に日々之の坊ちゃんはお見つけしたのですけど、似ているだけの赤の他人かもしれないので、様子を探ってたのです」
「どうして、冴島さんはこの時代に来たのですか?」
「冴島さん……? まあ、いいか……。はい、実はお嬢様にお伝えしなければならないことがありまして……」
あっ! 麗ちゃんって、冴島さんのこと呼び捨てだったっけ?
なかなか、麗ちゃんっぽくするのも難しいなあ……。
「その私に伝えることって?」
冴島さんは少し身を乗りだし、声のトーンを落とした。
「実はヴィンタートゥール評議会によりタイムマシンが破棄されるかもしれないのです。それと……」
「それと?」
「秘書の七瀬の動きが不穏でしたので、心配になりまして」
「それで僕を助けに来たんだ」
「また、僕……? あなた、本当にお嬢様ですか?」
ついに冴島さんは僕が麗ちゃんじゃないことを看破したらしい。
もう、言葉遣いを気にするのも面倒になってきたし……。
そろそろころ合いかな。
「冴島さんさ、僕、日々之郁なんです」
「はぁっ?」
僕が今まで見たこともない、冴島さんの驚きの表情。
今にも唾が飛んで来そうだった。
「だから、僕は日々之郁なんです。タイムマシンに乗ったら麗ちゃんと体が入れ替わっちゃたんです。どうしてか、僕もわからないので説明はできません」
「むむむ……、これは……」
冴島さんは拳に顎をのせ、考えこんでしまった。
しばらくそうしていたあと、彼はポンと両手で膝を打った。
「わかりました。私もなんだか変だと感じていました」
「信じてくれるの?」
「まだ、半信半疑ですが、タイムマシンを使うと記憶喪失になるそうですし、記憶が混乱しているかもしれないとも思いますが……」
「いや、記憶は戻ったんです。みんな」
「みんなといえば、あとは日々之のお坊ちゃんと五稜家の長男坊ですか?」
「いや、だから、日々之は僕だってば。体が麗ちゃんと入れ替わったの!」
「むむむ……」
やはり、普通の人には理解するのはかなり難しいようだ。
タイムマシンと記憶喪失のことを知っている冴島さんでさえ、こんな感じじゃ……。
「冴島さんは記憶喪失じゃなさそうだけど、あのヘルメットを使ったの?」
「はい、柴久万博士から渡されたのを使いました」
「シグマは記憶喪失じゃなかった?」
「いえ、そのようには見えませんでしたが」
じゃあ、冴島さんがタイムマシンで過去に飛んだのは、シグマがヘルメットを忘れる前か、未来で記憶喪失が戻ってからだろう。
タイムマシンさえ使えば、過去へはいつでも来ることができるし。
「冴島さん、じゃあ、明日、麗ちゃんと会いましょう」
「お嬢様、明日、麗ちゃんとですか?」
冴島さんはこの体を前にすると、どうしても「お嬢様」と呼んでしまうようだ。
九条院家で長く働いていたクセが抜けないのだろう。
「うん、明日学校でね。でも、麗ちゃんの姿を見て驚かないでね」
「それはどういうことでしょう?」
「今の麗ちゃんは五稜篤の姿だからね」
「むむむ……」
冴島さんは腕組みして首をひねると、また考えこんでしまった。




