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九条院家の存亡  作者: 天川一三
2068年編
2/80

Day1:華族専用学園

 教室の窓からぼうっと外を眺める。


 このところずっと雨。 ねずみ色の重苦しい雲が空一面を覆っている。


 日本の景気も2020年前後から、ずっと雨降りばかりで、経済大国といわれた、かつての面影を見つけるのは難しい。

 とはいえ、僕は景気がよかったころの日本をまったく知らない。

 父さんから聞いた話によると、昭和という元号のころには、値上がりしそうな土地を買いまくって、転売転売で不動産長者がたくさん生まれ、高層ビルやマンションがあちこちに建ったご時勢もあったらしい。

 ところが、今じゃ不動産を所有していることはリスクに他ならない。

 少子化による人口減少の加速が止まらず、富裕層のみならず中間所得層までが海外流出し始めているから、買い手がいないのだ。

 都心部でさえ、少し歩くだけで空き地と廃ビルが目立つようになった。 じきに東京が丸ごとゴーストタウンになっちゃうんじゃないかと思ってしまうほどだ。


 これじゃ、富裕層の国外流出防止のために、五十年も前に政府が復活させた華族制度も台なしだ──、って、い、痛、痛っ!


 頭を何度も引っぱたかれて顔を上げると、女性教師が教科書の背で机を叩きながら、僕をにらんでた。


「日々之君は本当にいつもぼんやりしてるね! 何回注意したら私の授業に集中できるようになるのかな?」


「九条院の腰ぎんちゃくの郁には無理です! 先生!」

 すかさず廊下に近い男子生徒がおどけたような声をあげた。静かだった教室が笑い声で溢れた。


「親子代々、九条院の腰ぎんちゃく、波風立てず人生を全うします!」

 今度は後ろのほうから声が上がった。おそらく九条院家に対立する華族側の生徒だろう。


「こらこら! 九条院家は立派な伯爵家なんだから、そこで働くというのは立派なことですよ。みなさん!」


 先生が周囲を見回しながら取り繕うが、そう言う先生の顔も笑っている。

 僕は自分を嘲るそんな笑いに耐えるのは慣れっこだ。

 みんなが飽きて話題を変えるのをじっと待つ。

 そう、僕は『優柔不断』が服を着たような人間だ。

 やり過ごし、場に流されてればいい。


 波が引くように笑いが静まったころ、ガラスが震え、外から重い爆音が聞こえてきた。

 先生が窓から空を見上げると同時に、窓際に一斉に生徒が駆け寄ってきた。


「また中国の哨戒機かな? 最近多くないか?」

「いや、哨戒機にしては音が重すぎる。大型爆撃機なんじゃね?」

 暗い空を見上げ、あちこちで思惑を語る生徒たち。


 僕も空を見上げたが、音はするが、灰色の雲が続くばかりで航空機の姿は見えない。

 政府は軍事費に回す予算がほとんどなく、空軍の航空機は全て二世代も三世代も遅れた中古機ばかりだ。

 そのおかげで、首相が代わった途端に、隣国の空軍が自国の庭のように日本の領空を飛び回るようになってきた。

 先日なんか、中国の航空母艦が勝手に東京湾に入ってきたとニュースが伝えていた。

 本当に日本はこの先、どうなっちゃうんだろう?


 しばらくして、終礼のチャイムが鳴り、のろのろと生徒たちは窓から離れていった。


「日々之君、今度ぼんやりしてたら家庭訪問しますからね」

 そうつぶやくと、先生は教室を後にした。


「おい、九条院の腰ぎんちゃく! お嬢様がお待ちかねだぞ!」

 先ほどの生徒が投げる声に廊下を見ると、小柄な女子生徒が立ってた。

 僕は急いで席を離れた。


「誰が腰ぎんちゃくなの! 郁、あなた、たまには言い返せば? プライド・ゼロなの?」

「いいんだよ……、麗ちゃん。慣れてるから」


 小柄で長髪の女子生徒は、幼馴染みの九条院伯爵家令嬢の麗ちゃんだ。

 切れ長の目でさとすように僕を見つめてる。

 プライドの高い彼女は、僕が言われるがままなのが我慢ならないのだが、日常茶飯事と化した今となっては、いささか諦め気味だ。


「まあ、郁はやさしいから……。それより今晩は大事な用事なんだから、絶対に遅れないでね」

「うん、麗ちゃんの家に行くけど、僕なんか一緒でいいのかな? 相手は皇爵様なんだよね?」

「大事な場面では郁に一緒にいて欲しいの。じゃあ、あとでね」

 手を振り、ひらりとひるがえり、走り去る彼女。


 伯爵家の彼女は特級クラスで、一般人の僕は通常クラス。

 僕なんかが華族専用学園に入れたのも伯爵家のおかげだ。


 席に戻り、また空を見上げてぼんやりと独りつぶやく。


「この雨、やむといいな……」


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