The Daughter of Atrocity King who is Queen of Different World~異世界に飛ばされたら、暴虐王の娘になってたんだけど!?~
私は豪華な椅子に座っている。
赤いビロードが敷かれ、金で縁取りされた綺麗な椅子だ。
私は、今、ベルサイユ宮殿の鏡の間のような、豪勢な場所にいた。
周りには、美術品のことなど何一つとして知らない私でも一目でも価値のあるものだとわかるような絵画や彫像が並んでいた。
「マイロード、御命令を」
私のまえで跪いた少女は、猫のような耳を持ち、踝まである裾の長いメイド服を着ていた。
「え、えぇ、わかったわ」
"マイロード"なんて呼ばれるのは、未だに慣れない。
しかし、私は今、領主なのだ。ネメシアという国の女帝となっているのだ。
そもそも、領主になるのに相応しい能力も血筋も、何一つ持ち合わせていない。
それなのに、何でこうなってしまったのだろうか――。
∞
元々私は、普通の高校生だった。
クラスでは二軍の中の目立たない方、顔も成績も普通、幼い頃から読んでいた本だけが信用できる友達だった。もしかしたら普通ではなく、ただのネクラだったのかもしれない。
こっちの世界に来た日のことは、絶対に忘れられない。――いや、忘れられるものか。
何しろ、少々の退屈さと共に約束された平穏と安寧を失った日なのだから。
その日私はとても眠かった。原因は分かっている。昨日、明け方までパソコンを使って調べ物をしていたのだ。
授業中は頑張って眠気と戦った。しかし、放課後の図書委員会の任務に就いたときはもう限界だった。
下校時刻限界まで待っても誰も来ず、他の当番も仕事をサボって来ない。
(ちょっとだけなら、いいよね――)
ふと、そんな誘惑に駆られて微睡んでしまった。
目が覚めると、今いる場所にいた。つまり、今座っている椅子の上で目を覚ましたのだ。
服装は紺色の特徴のない制服から黒をベースに紫を添えて金色のレースで縁取られたドレスに変わっていた。髪は耳の下で二つに結んだものがドレスに相応しいようなアップに結われていた。
「マイロード、御命令は?」
「め、命令? だ、だって私はマイロードじゃないわ。人違いをしているわよ」
あの時、一番最初の話しかけてきたのは猫耳メイド服の少女――ラウニラだった。
「ロードはお疲れになられているのではないでしょうか? あたし……いいえ、わたくしが寝所を整えて参りますので、お待ちください」
彼女は私を他の人と勘違いしている――そう思いながらも話しかける機会を逸してしまった。
一体全体、何てことになってしまったのだろうか。頭に手を当てた。そして気付いた。
――今、メガネを掛けていない。
私は今、ブランシュ家四十三代目当主ユノシュ・バルバトゥール・ブランシュになっているらしい。住居となっている屋敷にある図書室にある家記を読んで知ったものだ。そういえば文字も違うのに読むことができた、言語も違うのにさっきの少女と話すことができた。なんて都合のいい世界なのだろう。
コルセットがきつい、ドレスも動きづらい、家族や友人は今何をしているのだろうか――。早く帰りたい。
∞
私たちが悪役だと気付いたのは、次の日のことだ。
ラウニラが読んでいた新聞には悪役サティトス・R・ブランシュ――通称暴虐侯爵と正義のルミルトン帝国の交戦の様子が描かれていた。
「――そうして、英雄テオガストは暴虐侯爵を打ち負かしたのだ。我々の正義は証明されたのだ。近いうちに、かの帝国を名乗る身の程知らずが滅びる日も近くはない――」
突然異世界に飛ばされて、悪役王女として君臨するなんて理解が追い付かない。そんなのありえない――。
「ユノシュ様!? も、申し訳ございません。このようなもので目を汚させてしまうなんて、メイドとして失格でございます。命で償わな――」
「いいの、ラウニラ。そういえばあなたの苗字は?」
「苗字というものは存じ上げておりませんが、ファミリーネームでしたらヤ・シペセンラと申します。ユノシュ様の曾祖父様の代の時に賜りました。折角、男爵家の証であるラという称号を賜りましたのに、今ではこんなに落ちぶれてしまって――あっ、でも、ユノシュ様のお世話をさせていただくのは楽しいですよ!」
どうやら、ラウニラは責任感が強く、おしゃべりが大好きな少女なようだ。
「わたくしめのような下賤なものが申しあげてよいのか分からないのですが、もしかして昨日の夕餉の後から記憶喪失のような状態になっていらっしゃるのでしょうか?」
やはり、おかしいと思われていたのだろうか。
「え、えぇ、そうみたいなの。名前と身分や簡単なことは分かったわ。でも、記憶や大事なことは何一つとして思い出せないの。助けてくれるかしら」
「ユノシュ様、いいえ、マイロードの御心のままに」
こうなってしまっては仕方がない。ハッタリも含めてさっきの少女でさえも騙して、元の世界に戻れる日まで生きていくしかない。その日、私は決意した。
∞
「ロード、伝令からの情報が届きました。ご覧ください!」
息を切らしながら来たのは伝令から預かった情報を携えた家来。父様の代からの信頼のおける家来だ。
まあ、父様といっても私の本当の父親ではないのだから、どれだけ信頼に足るかは今のところ未知数なのだが――。
伝令に書いてあったのは、帝国軍の敵襲が来週行われること。
冗談じゃない。もし、こんなところで捕まれば、私は元の世界で戻れなくなってしまうかもしれない。
私は元の世界に帰らなくてはならない。
そして、それ以前に私は今、ブランシュ家四十三代目当主ユノシュ・バルバトゥール・ブランシュだ。
過去の領主たちに恥じないような行動をしなくてはならない。
私はラウニラに目配せをする。――どうやらラウニラと私は昔からの幼馴染であり、今は私専属の使用人かつ屋敷のハウスキーパーであったようだ。そのせいか私の隣に彼女がいても、誰も疑問にすら思わないようだ。
それから元帥として軍を率いている者を呼び出す。
「我が軍と敵軍の戦力の総勢は分かるかしら? 可能な限り細かく教えて下さらない?」
「は、はい! 分かりました。現在我が軍は総勢一万といったところです。それに対して敵は我が軍の何千倍になるかも分かりませぬ。何しろ、我が国以外の全ての軍隊を味方に付けることができるのですから」
本当に文字通り世界を敵にしてしまったということだろうか、これはあまりにも無茶苦茶すぎるだろう。
∞
「皆の者、今から我が国は臨戦態勢に入る。 偉大なる父王様の名誉を挽回するためにも、我々はこの戦いに勝たなくてはならぬ。心せよ。あいつらの虚偽を、欺瞞を暴いてやろう。正義は我々に味方するのだ」
こうして今、私は国民の前で戦争の正当性を説くために大声で呼びかけている。
まさか本当に思っているわけではない。ユノシュであれば多分したであろう言動をしているだけだ。こんなことを叫ぶのは、今でも恥ずかしい。
しかし期せずして大勢の民をまとめる身になったのだから、やらなくてはならない。
湧き上がる民を前に私は誓いを新たにする。
――絶対に元の世界に戻ってやる。でも、その前にこの民を守って見せる。
そうして私はドレスを翻しながら微笑んだ。
~Fin~