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夢は夢をあきらめない

「ああ? 信じられねぇだと?」

 突然、響いた声はいらだちを隠し切れていなかった。

まるで噴火直前の火山のように、今か今かと怒りを向ける対象を捜しているようにすら聞こえる。そんな好戦的な声だった。

「むっ」

 向いた先に立っていたのは、時代錯誤の黒づくめ。ダブルのスーツに帽子を目深にかぶった西洋風の顔立ちの男だった。その手には黒光りする銃を握っている。

 ゴーグルつけた少年漫画の主人公の次は、どこから見ても悪役――それも定番やられ役の―――黒づくめが現れるなんて、一体なんて言う世界だろう。

 俺は軽くため息をつく。

本当に夢ならば、なんて頭の悪い夢を見ているのだろう、俺は。

 黒づくめは、俺のさめた気持ちなんか関係なしに話を進めていく。

 どうやらこの世界の住人は余すところなく、人の話を聞かないようだ。

「全くよ、これだから餓鬼って奴ぁ、嫌いなんだよ! 夢とを見分ける知性もねぇくせに、知ったかぶりだきゃあ、一人前の見栄っ張りがっ!」

黒づくめは大声でそう愚痴ると、右手で帽子の位置を直しながら、俺にむかって銃を突きつけた。眼前に突きつけられた銃は、とてもじゃないがおもちゃの銃には見えなかった。

まあ、本物なんて見たことないのだが。あれだ。モデルガンとは違う鈍い光沢。なに度も発砲したのだろう。熱によって少し変形した銃口が妙に現実感を与えてくれた。

「なっ、なに?」

 俺はとりあえず、両手を上げた。

 べつにギャグじゃない。ただ自然とそうなっていたんだ。

やっぱ、銃を突きつけられたら自然と手を挙げるんだな、と俺が変なことに感心している内にも、男は自分の言った言葉で興奮してきたようで、帽子の陰から覗く眼は妖しい光を放っていた。

「お前みてぇな、知恵熱経験済みの餓鬼ゃ、早くおねんねしちまいなっ!」

 嘘みたいに軽い音が、男の言葉と同時に響いた。

 幸いにして弾は俺の横をすり抜けて、後ろにあった黒ひげ危機一髪に命中していた。黒ひげが空を優雅に飛んでいく所が見えたけれど、俺はそんなこと気にかける余裕がなかった。

 あまりの事態に混乱して、立ちつくす俺の手をリサが引っ張った。

「行くっす! たっくん、逃げないと!」

 恐怖に硬直しかかった足を無理やり地面からひき剥がし、俺はリサにひっぱられるままに走り出した。

 「ハッ、誰が逃がすかよ! そのガキャあ、久々の容れものだ。容赦しねぇぜ!」

 リサと俺に遅れること数瞬、黒づくめも走り出す。

右手で帽子を支えながら、左手で銃を乱射して走る様は滑稽にも見えたが、今はどんなブラックジョークでも笑う気が起きないくらいにマジだった。

 「撃ってきやがった。まじかよ。あれなんだよ! リサ」

 「あれっすか? あれは捨てられた夢っすよ。って、しゃべってないでとにかく逃げるっす」

 「まじかよ」

 走る。走る。とにかく走る。

中学時代の部活動なんて目じゃないくらいに、俺は走った。

春を越えて夏に来て、秋を昇って、冬を駆け下りる。

目まぐるしく入れ替わる夢の季節の移り変わりを横目に、俺は必死に走り続けた。

きっとあの狼と月の女神もこんな気分で終わらない追いかけっこに勤しんでいるんだろう。そうして再び春までやってくると、なぜかそこには黒づくめの男が桜の木の下で俺たちを待っていた。

 「ハッハァ! チェッックメェェイトだ! 夢人」

 が俺に向かって銃口を向ける。

白い桜の花びらが、目の前をちらちらと舞い散っていく。

桜が狂わせたのか。

夢の世界はいつの間にか、暗い、昏い闇に覆われていた。

 男の黒い姿が白い花弁を纏う。

男が俺を見て深く微笑んだ。

裂けているのかと思えるほどに深くつり上がる黒づくめの口角。

それを見ながら、俺は自身の命の終わりを直感した。

 「アアアアアアアアアアアアアアアア」

 言葉にならぬ声に曝された耳に、幾つもの発砲音が届く。

音が弾丸へと変わり、俺の眼には迫りくる幾条もの死線が広がる。

 怖くはなかった。

これは夢なのだ。

夢で死ねば、それはただ目覚めるだけの話だ。

同じ夢を見ることはできないが、明日はまたべつの夢を見ることができる。

ほら、残念なことなんて、それぐらいのもんだろう?

 「ちっ! 邪魔をするな!! 東雲」

瞼を開く。

俺が目覚めることはなかった。

リサが俺に当たる直前で弾丸を防いだのだ。

「邪魔はお前っすよ。たっくんは今夢探しで忙しいんすから、さっさと帰るといいっす」

 リサがお返しとばかりにナイフを投げる。

 「ぐうう」

幾条もの銀線が空を乱暴に切り裂いて、黒づくめを桜に磔にした。

非常階段へ駆け込む棒人間のような無様さだ。

「待てっ! 東雲」

「待てと言われて待つ馬鹿はいないっすよ! ほら、今のうちにいくっすよ」

リサが俺の手を引いた。

「東雲ぇ!! お前は! どこまで俺たちを邪魔する!」

黒づくめが大声で喚き散らす。

立ち止まることなく、リサは俺の手を引いて、なおも進んで行く。

「くあぁ!! 諦めん! 俺は、絶対にこの夢を諦めんぞおぉ!! 東雲ぇえええっ」

すでに黒づくめの姿は俺には届かない。

あるのはただ白く広がる霧だけだ。

黒づくめの叫びはいつまでも、いつまでも白い世界に鳴り響く。

それはいくら解除しても鳴くことを止めない目覚まし時計のように、俺の耳にこびりついて離れなかった。

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