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さあ、夢物語をはじめましょう

 ――――――こんな夢を見た。


 薄墨色の雲がどこまでも伸びる。

 そんな荒野に俺は一人で立っていた。

 一面に広がる砂に覆われた茶褐色の大地は雑然と、

 ―――そう雑然と様々なものが散らかっていた。

 例えるならば、小さな子どもが一人遊びをした後の惨状か。

 岩山につきささる剣玉。風に吹かれて揺れる積み木のオブジェ。どこかで見たことがある超合金ロボの腕。ビリヤードの球。釣竿。ブリキ仕掛けの騎兵隊。おもちゃの拳銃、スポーツカー。etc。etc。

 文字通り目に見える風に、吹かれて揺れるジングルベルの成った木々。果実の代わりにたわわに実ったそれは、澄んだ音を辺りにまき散らしていて、気分は全く夏だった。

 頭の上では三角形のたて髪をつけた太陽が、声を大にして笑ってやがる。俺はそんな意味不明な世界を眺め、口をぽっかり開けたまま一人阿呆のように立っていた。

 ―――――いや、本当に阿呆だな。この絵面は。

 俺はとりあえず、頬をつねってみた。漫画なんかで定番のアレだ。

 ―――――うん、すごく痛い。

 夢の中では痛みを感じないと言った奴は誰だったろう。目覚めたら忘れているだけ、という話なのではないだろうか。

 とにかく、これは夢だ。

明晰夢という夢があるのを、本で読んだことがある。確か、夢だと自覚しながら見る夢だったはずだ。

 俺が今見ているのは、きっとそういった類の夢なのだろう。

 ならば、目覚めが来るその時まで、ゆっくりと楽しむのも乙ではないか。

 「誰かに見られたら、本当に阿呆みてだろうな」

 ひりひりと頬の痛みを感じながら、俺はそう呟いた。

 人っ子一人いやしなかったが、俺はなんだか気恥ずかしくて顔を伏せた。ふざけた太陽の照らす大地に、俺の影法師だけが伸びている。その最中、真っ暗闇の影の中になにかがあった。

 人形。

 影の中に沈むように佇むそれは、ヒトガタを象った人形だった。

 人形は曖昧だ。

 汚れているわけでもなく、奇抜なものでもない。どこにでも売ってある子供の玩具。少し足を伸ばせば、誰でも店先で拝める普通の人形。

 人形は男のようでもあり、女のようでもあった。

 ただはっきりしているのは、人形が人間を模した形をしていることだけだ。

 ゆらゆらと陽炎のように揺らめいて、人形は俺の手の中で、幾千もの姿へ変わりゆく。千変万化する砂上の楼閣。本当に人形なのかすら疑ってしまう曖昧なその姿。

 だというのに俺は―――

 「これは……なんだっけ?」

 ―――この人形らしき物体に見覚えがあった。

 ザ、ザザ、ザという不愉快な音が響く。

 テレビの砂嵐に流れる音のような、耳障りなノイズ。それがしたかと思うと、

 「ワ、……わスれテ…シまッた……ノ?」

 俺の手の中にあった人形が、俺にそう尋ねた。

 能面のようにはっきりと判べつすることができなかった人形の顔は、未だぼんやりしていたが、その中で大きく開け閉めされている口だけは、はっきりと見て取れた。

 ―――――笑っている? いや、悲しんでいるのか?

 人形はなおも言葉を続けた。

 まるで俺を咎めるかのような、狂った音程(ホンキィ・トンク)で。

 「君ハ……わスれテシマッたノ? アんナニ…あンナに大切ニしテ…イたノに、君ハ……わスレてシマ………」

 不意に、人形の狂ったような言葉は途切れて消えた。

 もう俺の手には人形なんか握られていなかった。そこにあった名残すらなくかき消えて、見えるのは細く弱い俺自身の掌だけだった。

 「……忘れた? ―――俺はなにかを忘れたのか?」

 声に出して反芻しては見たが、答えは一向思いつかない。

 当たり前だ。俺が今までに忘れたことなど、幾つもあるのだから。

 心辺りなんて山ほどあって逆に見つからない。

 けれど、

 ―――あの人形の言っていた忘れ物は、決して忘れてはいけないものではなかったか?

 「どうかしたんすか?」

 不意に響いた声に驚いて、俺はすぐさま振り返った。

 「―――少年」

 声の主を捜す必要なんてなかった。

 澄んだ音を鳴らすジングルベルの樹の下、それはいつの間にか現れたのか、それとも最初からあったのか。オパール製の長椅子の上。女が一人肘をついて、俺の方を眺めていた。

 薄い桜色の髪。その上に乗るどこぞの少年漫画の主人公のような黄色のゴーグル。その下で俺を見る切れ長の琥珀色の瞳。

 俺はその目に強く惹かれるのを感じた。

 女は少し伸びをして、勢いよく長椅子から跳ね起きた。その様は猫のように身軽だった。女が地面に降りると共に、長椅子は残光を残して消える。後には赤土が残っているだけだ。

 「さ~て、っと。拝見。拝見~」

 女はどこからか取りだした虫眼鏡を目に当てながら、ジワリジワリと俺ににじり寄ってきた。

 「うん。見えるッす。見えるッすよ~。

 ―――――ふむふむ」

 なるほど、なるほどとしきりに頷きながら、なおも女は俺を眺め続けていた。

 嫌ではなかった。明らかに変な奴で、普通に考えたら鳥肌もんだろうと思うけれど、それでもやっぱり嫌ではなかった。

 女はこれでもかというほどの美人だった。

 勿論それだけが理由じゃない。女には妙な既視感があって、つまりは妙に懐かしくて、不覚にも安心してしまっていたんだと思う。

 「分かったっす!」

 女はこっちの心なんて我関せず。虫眼鏡を放り投げたかと思うと、ズビシ! なんていう心地いい効果音が聞こえてきそうなくらい勢いよく、俺のことを指さしながらそう叫んだ。

 「なくしたんすね! 夢を!」

 「は?」

 「そうなんすね!」

 「え?」

 「そうっす! きっとそうっす!」

 「いや、だから」

 「そうに決まりっす!」

 「いや、だからなにを言って……」

 「なんすか~。恥ずかしがることないじゃないっすか~。君ぐらいの歳にはよくあることっすよ。仕方ないことっす! むしろ普通っすよ! 元気出すっす!」

 女は一向に話を聞かずにまくしたてた。

 それどころか、馴れ馴れしく肩を組んでくる厚かましさだ。

 「ええい、暑苦しい! 少しは俺の話を聞けよ!」

 俺は必死に女の腕をひき剥がした。

 「おおう」

 少し驚いたように、女はしばらくの間眼を白黒させていたが、

 「りょ、了解っす! 話聞くっす! 任せるっす! ばっちこいっす!」

 女は、そう勢いよく言いながら敬礼した。

 ――― 一体、こいつはなになんだ?

 半ば呆れながら、俺はとりあえず話をすることにした。

これが夢であるにしろ、なにかしらの説明が欲しかったからだ。

 「じゃあ、聞きたいんだけど、ここって――――」

 「あっ、私の名前はリサっすよ。たっくん」

 「だから、いい加減人の話聞けよ!」

 「ひぃ~、痛い、痛いっすよ。たっくん」

 とりあえず、リサと名乗った女にアイアンクローを喰らわせておいた。

 俺はフェミニストじゃないからこれぐらいはオッケーなはずだ。

 うん、人の話を聞かないこいつが悪い。

 ………って、ちょっと待て。今こいつなんて―――

 「う~、たっくんは相変わらずひどいっす。顔がびりびりするっすよ~」

 思わず力の抜けた俺の掌から解放された顔面をさすりながら、リサはそんなことを言っていた。でも、俺にとってそんなことはどうでもいい事だった。

 「お前、今なんて……」

 半ば放心の体で、俺はリサにそう問いかけた。

 「へっ? びりびりっすよ、びりびり! たっくんがアイアンクローなんかするから、顔がびりびりするって言ったんっすよ」

 「そうじゃなくて、お前、たっくんって……」

 「……? たっくんは、たっくんっす」

 「どうして? おまえが知って…」

 ―――たっくん。

 というのは俺のあだ名だ。

 それも本当に小さな頃、仲の良かった人間しか知らない呼び名。

 今は誰もその名で俺を呼ぶことはない。

 「おかしなこと言うたっくんっすね。そんなの当たり前じゃないすか、なにしろたっくんがこの前教えてくれたんすよ」

 なにを言っているのか分からないと言った顔で、リサはそう返した。

でも、なにを言っているのか分からないのは、俺も同じだ。

 かろうじて、俺に出来たのはオウムのように聞き返すことくらいのものだった。

 「この前?」

 「か~、そんなことも忘れたんすか、たっくんは。だめっす、駄目駄目っすね。

 今日のたっくんは全く駄目駄目さんっすね」

 両手を交差してばってんを作りながらリサは、そう大声でわめきたてる。まるで機関銃みたいによくしゃべるやつだ。一に対して、絶対三以上返してきやがる。

 「この前ってなんだ? この前って」

 とりあえず色々つっこみたいのを我慢して質問をする。

 なにしろリサ相手だと、迂闊に突っ込むと、確実に話が明後日の方向に言ってしまう。短い付き合いだが、俺はそれだけは把握したのだった。

 「この前っすか? ………それは企業秘密っす。極秘っす。トップシークレットっす」

 「いや秘密って。教えろよ」

 「………知りたいっすか?」

 「ああ」

 「ホントのホントに知りたいっすか?」

 「ああ、知りたい」

 「じゃあ、教えてあげるっす。たっくん、ここはね。サキノハカっすよ。だから、前にたっくんが来たのはきっと……夢を捨てるためだったと思うっす」

 「は? 夢を捨てに? てかサキノハカって………いや、それ以前におかしいだろ。俺夢なんてそもそも持って……」

 俺がそう口にすると、リサは大げさなジェスチャーを取りながら、大きくため息をついた。

 「はあ、やれやれっすね。夢を捨てた人間はみんなそう言うっす。

 ――――俺はそもそも最初から夢なんて持ってなかった。……あれは夢じゃなかったってね。そう言い訳しながらみんなここに捨てていくんすよ。かつて夢見たものを。――――悲しい話っす」

 「悲しいって、勝手にそんなこと決めつけんなよ! 俺は夢なんて持ってないし、捨ててもない! 全部お前の勘違いだろ!」

 「……いいっすか、たっくん。ここは人間の捨てた夢の行きつく先、――夢の島っす。確かにここには捨てられた夢と共に、新しく再生される夢が存在するっす。けど、新しい夢はここを出てから人の夢になるんすよ。だから、ここに来る人間って言うのは、夢を捨てに来た人間か、―――いや、夢を捨てに来た人間しかいないんすよ」

 「そんなの納得できるわけないだろ! じゃあ、お前はなになんだよ。お前こそ夢を捨てに来たんじゃないのかよ!」

 「私っすか? 私はここで夢をリサイクルしてるんすよ。壁にぶつかったり、力が足りなくて傷ついた夢の綻びを直してるっす。一体、いつ誰がその夢を欲しがるか分からないすっから。私はいわば、夢の修理工ってとこっすかね。……信じられないっすか?」

 「あっ……ああ、信じられるか、そんなこと」

 反射的に俺はそう言っていたが、実のところ、このリサとか言う人間の言うことを信じはじめていた。

 それが何故なのかは分からない。

 けれど、リサが嘘を言っているとは思えなかった。

 何故かは分からない。

 だが、こいつの事はどうしても信じなければならないのではという気持ちに俺はなっていたのだった。

 

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