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はじまりの旅  作者: 藍澤 昴
第1章「ニタとメイトーの森」
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**********


 ニタとクグレックはメイトーの森を出て、マルトの村に戻って来た。

 クグレックの家は村の外れのメイトーの森寄りの場所にあるので村人の誰かに出会うことはなかった。ススキが茫々と生えた休耕状態の畑の傍を通りながら、クグレックの家に戻った。木枯らしが吹き荒び、コートも着ていないクグレックには風が骨まで沁みるほどに冷たかった。寒さに震えながらクグレックの家に辿り着いた。

 クグレックの家は、いや、彼女とその祖母が住んでいた家は、真っ黒に燃え尽きていた。家屋のみ焼き尽くされ、柱すら現状を残していなかったが、まわりに延焼することはなかったらしい。もともと家があった場所には煤と炭と瓦礫しか残っていない。ただ焦げ付いた嫌なにおいが漂っていた。

 クグレックの記憶が正しければ、家を燃やしたのは彼女であり、その現実が今ここにあった。全焼してしまったならば、クグレックはやはり死んでいるはずだが…。

「…ニタ、このにおい嫌い。」

 ニタは苦そうな表情をして、自身の鼻を抑えた。一体全焼してからどのくらいの時間が経ったのか分からないが、まだ焦げた匂いが漂っている。

「…うん。みんな嫌いだよ。」

 クグレックはこの煤に塗れたガラクタの中に自分の骨があるのだろうか、と考えていると、ニタが手を握って来た。ニタの手は温かかった。

「メイトー様がね、ククのことを助けてくれたの。エレンも助けてくれたんだよ。ククを助けた後、火はお家を食べ尽して、すぐに消えた。乾燥していて、すぐに火が回りそうな場所だったけど、大火事にならずに済んだのは、きっとエレンのおかげ。ククをこれ以上悪に見られるのが嫌だったんだろうね。」

 家の前には、薄汚れた大きなカバンが放置されていた。

 ニルゲンさんは喘息を拗らせて死んでしまっただろうか。

「クク…。」

 ニタが不安そうな表情でクグレックを見つめる。

 クグレックの手を握るニタのふかふかの毛とぷにぷにの肉球は温かさを持っていた。冷たい風の中でも、ニタの肉球は温かい。

 ふと、ニタの耳がピクリと動いたかと思うと、その瞬間、ニタは片手を上げて飛び上がった。ニタはその手に何かを掴んでいた。

「魔女め!やはり炎なんかで死なないんだな!この化物め!」

 背後から変声期を迎えた少年の怒号がした。すると、少年は2人に向かって石を投げて来た。とっさのことだったため、クグレックは動くことが出来ずに、ただ突っ立ったままだったが、ニタが再びぴょんと飛び上がって、投石を見事掴んだ。

 ニタは苛立ったように、掴んだ石を地面に投げつけた。ボコッという音と共に2つの石が地面に埋まっていた。

「化物はどっちだ!か弱い女の子だよ!石を投げて、当たり所が悪かったら死んじゃうかもしれないのに!」

 少年は地面に埋まった石を見て、たじろぐ様子を見せたが、すぐにこちらに侮蔑の表情を向けた。

「なんだよ、お前!さては魔女の使い魔か!」

 ニタは、クグレックの手を離し、少年の元へ走って行った。そして、ぽこっと一発、少年の頭を殴った。

「うるさい!ニタはニタだ!くそッたれ!」

 そして、今度は少年の脛を蹴った。少年はうめき声を上げ、脛を抑えてしゃがみ込む。

 ニタはクグレックの元へ戻って来ると、再びクグレックの手を引っ張ってメイトーの森へ続く道を駆けて行った。

 森の中に入るとニタは速度を落とし、歩いた。怒気を含むその歩き方から、ニタは頭から湯気でも吹き出してしまいそうに見えた。

「クク、人間はあんなやつばかりじゃない。だから、絶望しちゃだめ。」

 ニタはまるで自分のことのように憤慨する。でも、冷静だ。ニタは可愛い外見だが、クグレックよりもずっと大人びて見えた。

 そうしながら、2人はメイトー様の祠まで戻って来た。

 ニタは相変わらずご機嫌斜めで、まだ不機嫌そうな顔をしている。クグレックにはニタが一体何でここまで憤慨しているのかは分からなかったが、少しだけすっきりしていた。マルトの村で彼女が見たものは事実だった。あの少年にあったのも、彼女が自分自身の存在を現実に捉えるためには、ちょうど良かった。

 そしてクグレックはニタに守ってもらった。祖母が亡くなってすぐの時、クグレックは石を投げられて頭を怪我したが、今回はニタが守ってくれた。しかも、クグレックの代わりにニタが怒ってくれた。それが天涯孤独の身となってしまったクグレックにとってはとても嬉しく心強いことだった。

 だから、クグレックは本当にニタのために生きても良いと思った。そして、アルトフールに着いたらちゃんと死のうと心に決めた。

「ニタ、行こう。私は、今ここにいる。」

 ニタは振り返ってきょとんとした表情でクグレックを見つめる。そして、深く頷いた。クグレックも一緒に深く頷き、ニタと見つめ合った。

 海のように優しく輝くニタの瞳は、綺麗だった。

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