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はじまりの旅  作者: 藍澤 昴
序章
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序章

 私のおばあちゃんが亡くなった。

 私の大好きな大好きなおばあちゃん。

 お母さんとお父さんは私が物心つかないうちにいなくなった。生きてるかどうかは分からない。

 だから、私にとって家族と言える存在はおばあちゃんしかいなかった。

 

 おばあちゃんは亡くなったら焼いてもいないのに灰になった。

 それはおばあちゃんは魔女だから。

 ベッドに残ったおばあちゃんの灰は、一粒残さずかき集めて小瓶に入れた。そして、カップ一杯の湧き水に大匙1ほど溶かして、一気に飲み干した。おばあちゃんと同じく魔女の血を受け継ぐ私は、魔女の死を看取った者として、おばあちゃんの力を継承した。これはおばあちゃんが昔から言っていたことだった。


――おばあちゃんが死んだら、ククはおばあちゃんの灰を一粒残さずかき集めて、そのうち大匙1杯を湧き水に溶かして飲むんだよ。そうすればおばあちゃんは救われて、いつでもククのことを見守っていられるからね。たのんだよ。


 とおばあちゃんはよく言っていた。「私の大好きな可愛いクク」の次の次の次くらいに頻繁に言っていた。

 おばあちゃんの唯一のお願いだったから、私はそれを叶えた。おばあちゃん、救われたのかな。

 残りの灰はどうすべきか分からない。もうあまりにも悲しくて辛いから、宝物にすることにする。


 おばあちゃんがいないと私は生きていけない。

 どうしたらいいのかな。

 おばあちゃん、私もおばあちゃんのところに行きたいよ。


 どうしたら死ねるかな。

 


**********


 おばあちゃんが死ぬ前に残してくれた手紙には「ククはしっかり生き延びて、幸せになること」や「無理をして魔女にならなくてもいいこと」や「村の人と仲良くしてやっていくこと」などが書かれていた。あとは、おばあちゃんが請け負っていた薬の作り方、届け先が書かれていた。無理をして魔女になる必要はないが薬を作ってあげて誰かの役に立てば、村の人達は皆優しくしてくれるはず、とおばあちゃんの手紙に書かれていた。

 月曜日はニルゲンさんに喘息の薬を届ける日。

 外に出るのは怖いけど、ニルゲンさんの喘息のためだから、行かなくちゃ。

 恐る恐る家の扉を開けると、どんよりとした曇天が広がる少し寂しげな晩秋の景色が広がっていた。庭の薬草をはじめとする植物たちは徐々に精気を失いつつあり、そこに木枯らしが吹きすさぶ。少し寒いのでコートを着て、民家が集まる中心部へ向かった。

 私の家は中心部から離れている。おばあちゃんが「魔女だから目立つべきではないからね」と言っていたから、敢えて離れたところに住居を構えたらしい。私もそれでよかったと思う。

 収穫の時期をとうの昔に終えた休耕状態でススキがぼうぼうと生えた畑の傍を歩いていると、こつんとコートに何かがぶつかった。足元に転がるどんぐりの実。

 私は悲しい気持ちになり、辺りを見回す。

 枯れかけたススキと背の高い雑草の草陰がかさこそと動く。

「げ、魔女に気付かれた!」

「やべぇ。呪われるぞ!」

 そう言って草叢から現れてきたのは、二人の少年。私よりもずっと小さい子供達。確か7歳くらいになったのかな。私とは9歳くらい離れている。

「魔女は村に入って来るな!」

 そう言って、男の子はちょうど地べたに落ちていた赤ちゃんの手くらいの大きさの石を掴み取り、私めがけて投げつけて来た。

 とっさのことだったのと近すぎたために私は交わすことが出来ず、石は頭に当たった。

「うっ!」

 あまりの痛さに立っていられず、思わずしゃがみ込む。

 同時にニルゲンさんの薬が入った小瓶が落ちて、パリンと音を立てて割れた。

 それでも男の子たちは容赦なく小石を投げつけて来る。

「お前が街に入って来ると、不幸が訪れるって父ちゃんや母ちゃんが言ってた!」

「エレンばあちゃんが死んだのも、お前のせいだって!」

「来るな!疫病神!」

 人に向かって石を投げるなんて、信じられないな、と心の中で思いつつ、コートを頭から被って投げつけられる小石を防御する。エレンばあちゃんとは私のおばあちゃんのことだけど、わたしのせいでおばあちゃんが亡くなったのならば、凄く悲しい。こんな私のせいでおばあちゃんが死んでしまったならば、私はもっと早くに死んでおくべきだった。

 こつんこつんと小石が当たる。

 ニルゲンさんに喘息の薬を届けなきゃだけど、割れちゃったし、こんな疫病神から薬を貰ったって、飲んでくれないかもしれない。もう、嫌だ。

 コートを翻し、私はもと来た道を引き返すことにした。

 その時、大きな風が起こったような気がした。投げつけられた小石は風のせいで逆方向に飛ばされて、男の子たちにぶつかる。小さな石なので、男の子たちに怪我はないけど、あまりにも強い風だったので、男の子たちは吹き飛ばされて転んでいた。

 「いってぇ」と男の子たちの声が聞こえるけど、知らない。

「今の、魔女の力だぞ、絶対。俺達を殺そうとしたんだ。」

「気持ちわりー、とうちゃん達に報告して来ようぜ!」

 足音が離れて行ったことから、男の子たちは中心部へ戻って行ったのだろう。

 私は、もう知らないけど。

 頭から何か液体が垂れて来る。触ってみると、鉄臭い赤い液体が手に着いた。

 打ち所が悪ければ、死んでいたよね。

 最悪。

 打ち所が悪くなかったから、死ねなかった。


**********


 翌日、玄関口の扉が激しく叩かれる音で、私は目が覚めた。いつも起きる時間よりも早い時間だった。

 騒々しいと思いながら、ドアを開けると、そこには血相を変えた村の男性達がいた。農業は今お休みの時期なのに、手には鍬や鋤、槌などが握られている。

「魔女クグレック、俺の息子になんてことをしたんだ!」

「あんな子どもをお前は殺そうとしたのか?可哀相に、あんなに怯えてしまって。」

 え?いったい何のこと?

「お前は忌まわしい魔女の力を使って、風を巻き起こして、石を子供たちにぶつけて殺そうとしたんだろう?まだ16歳だからと思って甘く見ていたが、そうでもないらしいな。」

 どういうこと?昨日のことを言っているならば、それはあまりにも誇張されている。

「ニルゲンさんの喘息の薬はどうした!ニルゲンさん、薬がなかったから、咳が止まらず呼吸困難で意識不明に陥ったんだぞ!エレンさんから話は受けている、とのことだったが、お前は薬を渡さないことでニルゲンさんを殺そうとしたのだろう!」

「魔女め!お前はこの村を滅ぼそうとしているんだな!」

「昨日話し合いをして、もう生かしておくことは出来ないと決まった。」

「忌々しい女め!ここで死んでしまえ!」

 

 状況がつかめないまま、私は混乱に陥る。どうしたらいいのかわからない。一人の大きな男が私の腕を掴み、家から引っ張りだそうとしてきた。

 物凄い力で掴んできたので、腕が痛かった。そして凄く怖かった。

 その瞬間、パンとなにかが破裂する音がして、辺りが一瞬眩しく光ると、男は私の腕を掴んでいた手を離して目を押さえてよろよろと頼りない足取りで後退していった。

 他の男達も、突然の出来事にたじろぎ動揺しているようだった。

 私は慌ててドアを閉め、鍵をかけた。そして、2階の自分の部屋に逃げ込んだ。

 

 憎悪が私を突き刺そうとしている。

 憎悪を向けられることがこんなにも怖いことだったなんて。

 でも、どうしてこんなことになったのだろう。

 私が外に出て、人と関わろうとしてきたから?

 私が忌々しい魔女だから?

 

 私は大きく息を吸い込んだ。そして、ゆっくりと吐き出した。

 落ち着かなければならない。

 村の男たちは私を殺そうとしていた。それは私も願っていたことだった。ならば、このまま殺されてしまおうと思ったけど、怖い。先ほど腕を掴まれた時に、殺気立った憎悪が私を窒息死させようとした。あれに中るのは怖い。ならば、自分で死んでしまおう。

 ただし、私はおばあちゃんとの約束を破ってしまった。

 ニルゲンさんの薬。

 殺そうとした意図はないにせよ、私はニルゲンさんの薬を渡しに行かなかった。それがニルゲンさんの今の状態に繋がっている。ニルゲンさんは私のせいで死にかけている。

 大きなカバンを持っておばあちゃんの調合室に駆け込むと、私はその中に詰められるだけの薬を詰め込んだ。ラベルは着いてるから誰が見ても何の薬かは分かるはず。おばあちゃんの薬は村の人達を助けて来た、大切な薬。これだけは、渡さなければ。

 2階の客室に行き、窓を開け放つ。

 男たちは、ドアの前で厳戒態勢を取っていた。先ほどの大きな男を追い払った不思議な現象に警戒していることが良く分かる。あの人たちは私のことを恐れている。

 こんな非力な私なんて、武器がなくても殺すことが出来る。それなのにあの鍬や鋤といった道具を持ち、そして、今現在の異常なまでの警戒状況。

 私は大きく息を吸い、渾身の力を振り絞って声を張り上げる。

「ニルゲンさんの薬を届けなかったことは本当に申し訳ありませんでした。この鞄におばあちゃんの薬が全部入っています。私から受け取ることは出来ないかもしれませんが、これは間違いなくおばあちゃんの薬です。私は何も手を付けてはいません。あなた方を陥れるつもりはありません。だから、使って下さい。受け取ってください!」

 そう言って、私は鞄を外へ放り投げた。私の頼りない腕力では遠くに飛ばすことは出来ないけど、この家から少しでも離れてくれれば良い。鞄の中には服を沢山入れたので、落とした衝撃で割れたことはないだろう。

 男たちは呆然とした様子で鞄を見て、そして、私に農具を構える。鞄を拾おうとする者はいなかった。

「貴方たちが決めた通りに、します。」

 と言って、私は窓を閉め、自分の部屋に入った。おばあちゃんからもらった大切なペンダントを身に着け、おばあちゃんの灰を懐にしまう。

 そして、樫の木の杖を右手に持ち、深呼吸をする。

 覚悟は出来ている。


「イエリス・レニート・ランテン・ランタン。炎よ、燃やし尽くせ。」

 詠唱を行うと、杖の先から炎の玉が飛び出ていく。まずは私のベッドに当たった。ベッドが炎に包まれる。次に飛び出た炎はカーテンに当たった。次はタンス。棚。床。壁。私の部屋は炎に包まれる。ドアは開け放していたので、火の手は広がっていく。

 熱い。

 燃えた家具が爆ぜて、私の頬を掠める。

 煙を多く吸ったので、息苦しい。意識もだんだん遠のいていく。

 私、死ぬんだ。

 おばあちゃんとの思い出が詰まった家が燃えてなくなってしまうのは悲しいけど、やっぱり生きていくのは苦しいよ。

 一人じゃ生きれない。

 現実は、怖いことばかり。

 おばあちゃん、私、今からおばあちゃんのところに行くけど、許してくれるかな。

 神様、私が死ぬから、ニルゲンさんは助けてあげてください。

 

 炎が燃え上がる轟音と火が爆ぜる音、天井の梁も崩れつつある。そんな中で、外の男達が騒ぐ声が聞こえるような気がした。喜んでいるのか、戸惑っているのか。

 願わくば、あの薬の鞄を拾って使って貰えればいいな。


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