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東京悪魔  作者: 三篠森・N
東京人間模様編
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東京悪魔は女子高生とJKが嫌い。

 この東京という街において、「女子高生である」という肩書は人間共の罪ほどもある数えきれない肩書の中で最強のブランドであるということは言うまでもないだろう。東京、いや、日本は女子高生次第で上下左右のどの方向にでも転がる。

 安値の貸し料にて自宅へ持ち帰り、閲覧を可能とするDVDやコミックの店、GEO(ゲオ)TSU()TAYA(タヤ)の、けばけばしい暖簾をくぐった先にある一定の年齢を重ねた者のみ立ち入り可能のコーナーでも、『女子高生風~~』『お嬢様風女子高生!』と女子高生風娼婦に関した記録媒体が大手を振るっている。

 ふと、テレビをつけてみる。

 朝、『今、女子高生たちに大人気の「タラハシー」とは!?』。

 昼、『突撃! 渋谷の女子高生に聞いてみました! 日本代表一番のイケメン』。

 夕、『熱闘! なでしこの切り札は女子高校生』。

 夜、『もし女子高生闘牛士が手塚治虫の『新寶島』を読んだら』。

 ブラウン管の向こう側も女子高生一色だ。

 パソコンを開けばアダルトサイトのバナー広告は女子高生や制服。制服に身を包み、人体としての完成があと少しと迫った開花寸前の15歳から18歳の彼女たちは学生でありながら、日本最強の自由と青春のアイコンであり、日本性欲界のトップランナー『女子高生』なのだ。七つの大罪の『邪淫』に該当する。

 一年ごとにその顔触れは入れ替わるにもかかわらず、女子高生の動向や発言や注目や反応の持つ世間への影響力は衰えることを知らず、『女子高生黄金世代』は連綿と受け継がれているどころか、常に破竹の勢いを誇っている。綿のように一瞬で吹き飛ばされたり燃え尽きてしまうようなブームではない。萌え出ればもう、揺らぐことのない竹のように剛で不動の社会的地位を確固たるものとしている。その傾向に拍車をかけたのが、『JK』という俗語の登場である。

 J→女子 K→高生

 J→邪悪な K→火焔 ではない。JK=女子高生。

 手軽に情報に接続できるネットの普及とこの俗語の登場を機に日本の女子高生界は大きく変化したように思える。むしろ、ミレニアムと新世紀より後の女子高生はこのJKという言葉の登場以前と以後で分けられるような気さえしてしまう。

 ガングロに厚底ブーツ、ヤマンバメイクの傍若無人で奇抜な人種が渋谷や原宿と主とした東京のファッションの地に登場し、その奔放で無遠慮な物言いや態度は「コギャル」と呼ばれ一世を風靡する社会現象となった。俺も当時のことは覚えている。今では下火になりつつあるが、とある男性アイドル事務所のブランドが地獄の業火の如き勢いを保っていたあの頃、火曜日の夜8時になるとアイドルグループのメンバーが渋谷の女子高生の不必要に長いブーツの底をノコギリで切って回っていた。紅き巨大なハサミを振り回すザリガニの腕を縊ることにも似たその行為を放送すればゴールデンタイムで視聴率を稼ぐことが出来るほど、コギャルは強かった。俺も絡まれた覚えがある。あの頃、東京はけばけばしく、姦しかった。

 そのコギャルに世間が飽きはじめた頃、台頭し始めたのが携帯電話によるインターネットの発達と、漫画やアニメ、小説など各娯楽媒体の女子高生化である。女子高生を主人公としたものの対象は若い女だけではなくいい年をした男どもにも広がった。そしてその年齢層はより拡大し、女子高生の需要はより高まった。

 個人を捉えたものではなく、その年一年一年ごとに入れ替わる「15歳から18歳の女子で学生=女子高生」というアイコンに求められるものも推移していき、「自由さ」「奇抜さ」「無遠慮さ」よりも「清純さ」「可愛さ」といったものが重視され、一括りにして『萌え』というジャンルに分類されるものが要求されるようになる。というその頃から女子高生は「コギャル」を超える「JK」という新しい怪物に変貌を遂げたのだ。

 女子高生を愛でるという文化は当たり前になったのだ。「15歳から18歳の女子で学生=女子高生」という最低条件への達成は、高校への進学率がほぼ100%で義務教育の一環になりつつある現在では難くない。世の女子高生愛者たちは、その女子高生たちの中からより自分好みの女子高生を選別するようになったのだ。それこそ、自分、或いは自分たちが思い描いた理想の女子高生。そして、それを実際に愛でるために、実在する野生の女子高生ではなく、架空の女子高生を演じさせることや作り出すことで心を満たしていった。その愛のためにあらゆるものを投げうち、女子高生を創造する姿を見て俺はこれこそが弥生時代から途切れることなく続いてきた「自分で作る」日本人の農耕文明の遺伝子の強さの片鱗を見せつけられた気がする。

 もはや本屋のコミックコーナー、レンタルビデオのアニメコーナーで石を投げればJKに当たると言っても過言ではない。


「もはや悪魔の軍勢のようではないか」


 レンタルビデオ店に『ヒロイン』と銘打たれた仕切りが現れ、そこに分類される作品が増え、そしてそのヒロインの属性や所属が多岐に渡っていき、理想の女子高生を主張し提供していく世間の風潮に驚かされながらも、どれだけ多岐に渡ってもまずは肩書として「女子高生」と「処女」を持っていることにはより驚かされてしまう。あまりにも力を持ちすぎているぞ、女子高生。そしてあまりにも大事にされすぎているぞ、女子高生。処女を求める傾向の先駆けは我々悪魔だ。人間共もやっと我々「霊長を超越した存在」の思考の域に到達することが出来たようだ。七つの大罪で言う所の『傲慢』と『嫉妬』に値する。

 道を往けば女子高生。流行るものの枕詞には「今、JKの間で未踏のブーム!」がついている時代だ。


「あなたはどのJKが好み? 理想とヒロインと最高の青春を送ろう!」


「うっとうしいわ! 今に消し炭してくれようか!」


 テレビを付ければ携帯端末からプレイできる女子高生との疑似恋愛の宣伝ばかりだ。どいつもこいつも頭蓋骨には収まらないほど巨大な目玉、南蛮人と見まがうような髪の色。こんな声色の女子高生ばかりでは耳障りで気になって外では飯も食えぬというような声と、その声をあてている役者の名前がその架空女子高生よりも大きく表示される。

 理想の女子高生を求める傾向はもう愛好者に留まらない。いや、女子高生を愛でることは名刺のサイズや天使共の輪のようにあって当たり前のことになってしまったのかもしれない。


「15歳から18歳の女子で学生であり、清純であり、見た目が可憐であり、男にとって恋愛しやすい都合のよさを併せ持ち、しかし処女で絶対にオスを裏切る展開にはならぬ」


 スマートホンの画面下に表示される疑似恋愛遊戯の宣伝に苛立ち、散歩中だろうとかまわず俺は舌打ちをつく。


「そんなもの、存在する訳があるまい。愚かなり、人間共」


 悪態が心の底からマグマのようにとめどなく溢れ、俺の心を雑念が浸していく。実際にいるかどうかもわからないものを探すのではなく、探して見つからないことや思い通りに行かないことに傷つくよりも誰かの理想の女子高生をネットという目で捉えることは出来ない線を以てシェアし、満足する。七つの大罪で言えば『怠惰』であろう。

 『邪淫』『傲慢』『嫉妬』『怠惰』。全て俺、いや我々悪魔の大好物である人間共の罪であるにも関わらず、俺は女子高生ではどうも腹の調子が悪くなる。生まれつき受け付けない体質なのかもしれないが、異様に苛立ってしょうがない。何か、とてつもなく不愉快な何かを連想させ、どうもその罪に舌鼓を打つことが出来ない。この俺でさえも、女子高生の前では無力、ただの男に成り下がってしまう。


「しかし、何故これほどまで俺を不快にさせるのだ」


 何かの祝福か? 神が力を分け与えているのだとすれば、悪魔の俺が苦手なことにも、これほどまでに女子高生中心に世が回ることにも合点がいく。

 視線をスマホの画面から離し、前方やや上に不快な気配を感じると、その答えを示すかのように十字架、その奥には厳かな教会が冬の東京にそびえ建っていた。


「なるほど。貴様も信仰の対象であり続けるために想像で補われ、イメージの独り歩きによる美化と増長のあらゆる変化を遂げてきていたな。そうか、そういうことだったのか」


 キャハハハ、という甲高い女子高生の笑い声が俺の背後を横切った。前方の教会、後方の女子高生。苦手なものに挟まれているというのに、俺の心は靄を翼で煽いで吹き飛ばしたような少しの達成感を帯びた気持ちになっていた。


「偶像崇拝共め」

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