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東京悪魔  作者: 三篠森・N
東京大魔境編
40/43

東京悪魔の新寶島

「うわ、すごい色の髪って思ったでしょ?」


「正直ちょっとね。あ、でもお姉さんはそういう髪の毛でもすぐに殴りかかってくるタイプじゃないみたいですね」


 夕子(ゆうこ)の毛先をピンクに染めた金髪を見た松田が目を丸くした。


「こんなんでも一応、カタギだし料理の腕は自信があってね。まぁゆっくりしてってくださいよ。松田(まつだ)さんには興味もあったしね」


 松田と和解、いや、再会した俺は、松田にはまず夕子と会ってほしかった。松田との関係に問題があった間、俺を支えたのは間違いなく夕子、今の俺は夕子なしには語ることは出来ないかもしれない。何しろ、俺の天使化の原因の一つが夕子であると叔父上が考えるほどだ。松田が左右の人差し指を立て、俺と夕子の間でちろちろと振る。


「ここは、どういう関係?」


「ヴェルの叔父上に出資してもらって店を開いた」


「ああ、熱血の」


「んん?」


 夕子が首を傾げた。


「なんで、ヴェルの叔父上が熱血だって知ってんの?」


「ヴェルさんが前に仰ってたじゃないですか。東京ドームで。父上は愚直、母上は世渡り上手、叔父上は熱血って」


 俺でさえ話したことを忘れていたような内容を松田は覚えていたというのか。夕子がじとりとした視線を俺に送るが、その視線は冷ややかではない。


「遅れましたですぅ。ヴェルお兄様、夕子お姉様。アールマティですぅ」


 店の扉が開き、流川(るかわ)千晶(ちあき)ことアールマティが敷居をくぐる。相変わらずのニーソックス、ミニスカートに、高田馬場にはやや似合わない獣耳のカチューシャだ。夕子の金髪以上にショックを受けたのか、松田が驚いて眉間に皺をよせる。


「え、この子ですか?」


「そ、そうだが?」


「この子、高校生ですよね? ヴェルさんとこの子は大丈夫な関係ですか」


「客と店員の関係だ」


「高校生と社会人じゃ客と店員の関係でも大体ダメなパターンなんだけどなぁ。メチャクチャ可愛いじゃないですか。ピカチュウ入ってきたのかと思いましたよ。ピカチュウぐらい可愛いですよ。可愛すぎて電撃が落ちたかと思いました。いやでも高校生は……キラキラしすぎですよ。わたしは夜型なんで、手伝ってもらうにしても時間はきっと遅いし」


 松田の表情がさらに曇る。だがアールマティはニコニコとしたままだ。松田はアールマティが女子高生の姿であることに困惑しているのだろう。確かに夜型ならば、未成年では働けない時間帯もあるだろう。高校生故の技量の低さも松田は考えているだろう。本当に高校生ならば、進学や就職で働けるのも3年生まで、などと松田は考えているかもしれない。

 だが実際のアールマティは、リアルタイムで読んでいた漫画のラインナップから察するに30年以上は日本で暮らしているはずだ。俺や松田よりも年上だが、おそらく、30年以上もこの若い姿のままで、女子高生ならではの特権のようなものを享受し続けていたのだろう。それ故に「幼い」「所詮子供」とも扱われてきたならば、松田が難色を示していることをアールマティが素直に受け入れているのも頷ける。


「メイド喫茶ぞろあすたぁの〝献身〟を意味する大地の神、スプンタ・アールマティですぅ。マティと呼んでくださぁい」


「メイド喫茶? ちょっと混乱してます。えぇと、ヴェルさんとマティちゃんが客と店員の関係ってことはヴェルさんがメイド喫茶に行った?」


「夕子お姉様と来ましたぁ。あ、でも夕子お姉様とヴェルお兄様はそういう関係ではないと思いますぅ。完全に夢の友情タッグですぅ」


「夕子さんとヴェルさんがメイド喫茶行ってマティちゃんの接客を受けた訳だ。絵面を想像するとマジでウケますね。ヴェルさんも変わったんですね。昔は人を寄せ付けない感じがしたのに。でもせっかく来てくれたんだし、面接するよ。面接ってほどでもないか。とりあえず好きな漫画と、好きな漫画家いたら教えてください」


 俺は松田の向かいの席を離れてアールマティに譲り、カウンター席に座ってタバコを咥える。しかし夕子が弾くように奪い取る。


「仮にも高校生がいるんだよ」


「お前だってメイド喫茶で吸っていただろうが」


「チッ、バレちまったらしょうがない。でもそれとこれとは話が別だ」


 なんたる横暴! カタギを自称する者の言葉とは思えない。

 一方、アールマティの第一印象こそ悪かったようだが、今、漫画の話に花を咲かせる松田とアールマティは良好だ。ほほえましささえ感じる。互いに声のトーンや量が上がっていく。俺も知らない、漫画好きとしての松田の顔が、アールマティの熟練の接客の奥義により心地よく引き出され、転がされている。

 アールマティを呼んだのは正解だっただろう。アールマティを献上品などといってはバチが当たるが、あの盛り上がりようなら松田とアールマティ、ひいては俺にとってもこの出会いはよかったと言える。


「松田お姉様がここまで漫画をわかってるとなるとわたしもモチベーションが上がりますぅ。漫画家のアシスタントなんて憧れを超えて信仰の趣すらありますぅ」


「いやいやいや、今のわたしはまだ、失業保険で食ってるただの無職だよ」


「わたしがついたからには大丈夫ですぅ。そういえば、まだわたしの技量を見せていませんでしたね」


 アールマティがリュックサックからスケッチブックと何の変哲もない鉛筆を取り出す。そして手に馴染む位置に調整し、大きな円を描く。そしてそれを貫く並行の直線を2本引いた。


「まぁざっとこんなもんですぅ」


「え? 嘘でしょ? 借りていい? え、トリック?」


 松田が目を皿のように丸く見開いてアールマティのスケッチブックを覗き込むと、アールマティが得意げに胸を張り鼻息を吐いた。


「フリーハンズでこんな正確に円と直線を⁉ 天才じゃないですか! 見てくださいよヴェルさん、夕子さん。最高の化け物ですよこの子。これ手塚治虫がデモンストレーションでやるやつですよ。え、あれかな? 美大とか狙ってんの? 美大に行くならわたしの手伝いなんかしてる暇ないし、わたしもマティちゃんという芽を摘むのは嫌だよ?」


 松田が興奮で鼻息を荒くしてスケッチブックを俺たちにも見せる。夕子も目を凝らし、アールマティが描いた正確な円と直線に拍手を送る。


「やるじゃん。マジもんじゃん、マティちゃん」


「松田お姉様が雇ってくれなければ生涯メイドですぅ。今まで暇な時に描いてただけで使われることのなかった技術ですぅ。松田お姉様の絵のタッチはまだわからないですけど……大体の漫画家さんの絵に合わせられる自信がありますぅ。ペンの種類にも苦手意識はありませんし、デジタルもいけますぅ。浦沢直樹、高橋留美子、板垣恵介、押切蓮介、島本和彦なんかの模写が出来ますぅ。あとは荒木飛呂彦、鳥山明、井上雄彦、藤崎竜、ゆでたまごあたり、って言うかジャンプ作家は全員描けますぅ」


「いよっ、ジャンプっ子。おおっ、流川だ。かっこいい」


 松田がさらにアールマティのスケッチブックをめくり、その技量に唸る。


「でもこれいつの流川?」


「これはわたしが想像した高3の時の流川ですぅ。わたしの旦那ですぅ」


「これはすごいな。女子高生とは思えないテクニック、そしてチョイスの渋さ」


「松田お姉様、これを見てください」


「カチューシャ?」


「これ、猫耳じゃなくて狐耳なんです。キツネ男の流川とおそろいの!」


「はぁ、たいしたもんだ! これはね、マティちゃん。採用です」


「うわぁい、やったぁ。マティは頑張ります」


「まぁ正直あれだよね。マティちゃんの画力が圧倒的すぎて手伝いさせるにはもったいなくもあるんだけどね。マティちゃん作画のわたし原作でもいいくらいだよ」


「わたしは模写や模倣は出来てもオリジナリティがないですぅ。あくまで、アールマティは、〝献身〟の立場ですぅ」


「この画力でこの見た目はもうモテモテだろうなぁ、わたしと違って。クラスの男子とかにAKB48の絵とか描いて見せたら一発でバチコーンだよ。で、なんだけど……。マティちゃんはメイド喫茶の仕事は続ける感じかな?」


「それはちょっと……」


 それはそうだろう。こんな姿でもアールマティはあのアムシャ・スプンタの一員。おそらくアムシャ・スプンタで構成されているメイド喫茶ぞろあすたぁで、一番見た目がよいアールマティが抜けるのは、あの恐ろしい強面のスプンタ・マンユが許さないだろう。しかも俺の紹介でアールマティが抜けるとなれば、一気にミカエル対スプンタ・マンユの抗争が始まってもおかしくはない。


「そうなるとマティちゃんは朝から昼は学校に通って、夕方はメイド喫茶、夜はわたしの手伝いって考えてるかもしれないけど、それはダメだよ。18歳未満は午後10時から午前5時までの間は働いちゃダメ。マティちゃんがよくても親御さんは許さないだろうし、それは労基もわたしも許さない。18歳になってても、高校を出るまではやっぱり10時までしかわたしは使わない。一番大事なのは学校。進学するんなら勉強が大事だよ。わたしもマティちゃんも漫画家になれる保証なんてないから、大学に行かせてくれる家庭なら大学に行かないと。大学に行かず、高校卒業後はメイド喫茶に専念するとしても、高校卒業まではやっぱりマティちゃんは10時まで。マティちゃんのキャラとテクニックは捨てがたいけど」


 なんという常識的説法であろうか。アールマティのスケッチブックは確かに引き込まれるような画力、俺もアールマティが好んで模写するものと同じ漫画雑誌を読んで育っただけに、アールマティの画力と絵の構図が飛びぬけていることはよくわかる。完全に鈴木以上だ。もし俺も漫画家を目指すのだったら、アールマティは喉から手が出るほど欲しい逸材だっただろう。だが松田はアールマティの正体がアールマティであると知らない。それ故に、自らの利益よりもアールマティの将来を案じている。なんという常識、大人の在り方! 破天荒な言動の裏に潜む誰よりも真人間なこの姿こそ、俺が待っていた松田である。


「わたしの年齢や学校の問題なら大丈夫ですぅ。わたしは高校に通っていませんし、わたしの生まれは一説には紀元前1,600年と言われていますぅ」


「ん?」


「ですから、わたしはゾロアスター教の〝献身〟を意味する大地の神、スプンタ・アールマティですので」


「ちょっと待ってマティちゃん。ジャンプ読みすぎたかな?」


「あれ? 皆さん松田お姉様には話してなかったんですか? だからわたしも初めからアールマティと名乗っていたのですが」


 夕子が血相を変えてアールマティの下へ飛び、口を塞いで松田に引きつった笑みを見せる。


「チッ、バレちまったらしょうがない。松田さぁん。これから話すことは、全部本当だ。わたしたちは誓って松田さんに嘘をつかない。ね? ヴェル」


 夕子が黙ってアールマティの口を塞げば、松田はアールマティを漫画好きの少し変わった子だと落としどころを見つけるだろう。だが、夕子はアールマティの口を塞いだだけではなく、俺に話を促した。つまり、こうだ。松田が知るべきである、俺を筆頭とした東京に住まう神秘の真相については、アールマティの口からではなく、そして夕子の口からでもなく、俺の口から松田に全てを説明しろ。それが誠意ということだ。松田はまた困惑している。夕子やアールマティのファッションを見て衝撃を受けた、というレベルではない。人としての理解を超えているのだ。


「松田よ。その者、スプンタ・アールマティは嘘をついていない。アールマティは確かにゾロアスター教の大地の神だ。そしてその者、高輪夕子は仙人。その気になれば断食と瞑想で永久に生きる。そして俺は、青山(あおやま)ヴェルフェゴール。大魔王ルシファーの息子にして、大天使ミカエルの甥であり、人間の母凛々子(りりこ)を持つ、人間兼天使兼悪魔だ」

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