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東京悪魔  作者: 三篠森・N
東京大魔境編
38/43

東京悪魔には時間がない

 まるで脳を鎖で締め付けられたようだ。俺の天使の資質だと? しかし、やや素っ頓狂な一面がある叔父上だが、今までも会話の節々で俺の将来に過度な期待をしていることはあった。スティーブ・ジョブズを超える万能への成長や、天使のスローガンである「慈悲」「忍耐」「調和」を説いてきた。父上も俺に、天使として生きる道もあると言っていた。そして、父上は悪魔に転身した元天使。辿れば俺の中にも天使の血は流れているのだ。


「長い話になるだろう。どこか座れる場所へ行こう。マクドナルドがいい」


「ぬ、叔父上よ。今まで俺はマクドナルドにいたのだが」


「ならばマクドナルドへ行く機会を一度前借したことにすればいい。マクドナルドに行くぞ」


 天秤の軸のように垂直に伸びた叔父上を追い、再びマクドナルドへ向かう。叔父上の隣を歩いていた夕子が速度を落とし、俺の顔を覗き込む。


「ヴェルぅ、大丈夫? 歩ける? おぉいミカエ……」


「不要だ。歩ける」


 夕子の厚意を断り、自力で歩く。今は、夕子でさえも俺の思考に介入してほしくないのだ。いつからだ? 俺の天使化はいつから始まった? もしや、このことは叔父上の陰謀なのではないか? 叔父上は異様に俺を買っていた。俺を天使化させることも、この東京大魔境計画の一環なのではないだろうか。なるほど頷ける。悪魔、或いは人間として、俺はギリシャ神話、高天原、ゾロアスターと接触した。その俺がコネクションを持ったまま天使になれば、叔父上、ひいては天界は一気に東京を手中に収めるだろう。夕子も叔父上の工作員だった?


「夕子よ」


「何?」


「それでもお前だけは、信じたい」


「大丈夫、わたしはヴェルを裏切らない」


「その言葉を信じたい」


 叔父上の年齢など俺は計り知れない。何を見て、何を考え、どんな天罰を下し、いくつもの死を見送ってきたか……。叔父上には恐らく「生」の概念がない。悠久の時間の中で、人間たちが築き上げた文明に興味を持ち、接触する。今、叔父上が夢中になっているアニメもゲームもドラマも、人類が摂理に呑まれ消滅してしまえばなくなってしまうが、叔父上は次の人類の誕生までゆるりと待つだろう。叔父上より長く生きるものは恐らくいない。そして叔父上にとっての兄である我が父ルシファーも、悪魔となり叔父上の下を去った。叔父上は全てを見送ってきた。一方で夕子は瞑想と断食が可能なだけの人間だ。夕子は小賢しく、食い意地の張ったケチだが、限られた時の中で生きている。そのために、一期一会を大切にするはずだ。人間に縋ってしまうあたり、やはり、俺は人間なのだろう。


「ヴェルよ。何が食べたい? 新作のバーガーか?」


「いや、先ほど食べたアップルパイで十分だ。俺は牛乳だけでいい」


「夕子はどうする?」


 夕子がメニューを見上げる。


「ダブルチーズバーガーセットのポテトLと、コーラゼロのMサイズ。氷抜きで。あとアップルパイ」


「私はダブルチーズバーガーの単品を頂こう」


 トレーを持ち、夜の池袋を臨むカウンター席に腰かける。夕子が俺のトレーに紙ナプキンを敷き、ポテトを数本置いた。


「M以上は食べたいけどLほどはいらないんだよ」


「忝い」


 夕子に異常に甘い叔父上がいるのだ。感謝を述べねば雷を落とされてしまうだろう。


「なんと夕子! SSRのリーリエが出たぞ!」


 しかし叔父上はトレーディングカードゲームの開封に夢中である。


「やったじゃんミカエル。転売でぼろ儲けだよ」


「本題に移ろう。ヴェルよ。お前は今、山手線の呪縛に似た症状に苛まれているはずだ」


 叔父上がポケットからスマホを取り出し、何かのファイルに目を通す。


「話が早くて助かる」


「あくまで、お前を気にかけている私の意見だが、お前の神聖な……いや、お前は悪魔だ。あえて魔力と表現するが、お前の魔力が高まっていることに私は気づいた。故に、その魔力を辿ることで、お前がこの池袋にいることもすぐわかった。私にとっても初めて経験する現象だ。呪縛により一切の魔力を封じられた悪魔が、天使化することで元来持つ魔力が有効になるなど……。いや、違うな。厳密にはお前には生まれつきの魔力がある。それ故にお前は呪縛に苦しんでいた。今のお前は、人間の肉体に、悪魔と天使の両方の力と性質が混在している状態にある。まだ悪魔としての比重が圧倒的に多いが、有効になった天使としての魔力がお前の悪魔としての魔力に加算され、山手線の呪縛と過剰に反応し、苦痛となってお前を襲っている」


「やはり俺は天使になりつつあるのか」


 天使、あぁ天使! 俺は天使を嫌悪してきた。圧倒的な存在である叔父上は例外として、カマエルに出会うまでの29年間、天使に会ったことのない俺は、悪魔である身分の対の存在として天使を目の敵にしてきた。それはきっと、悪魔としてのアイデンティティの薄さを天使への嫌悪で埋めていたからなのだろう。だが不思議と理解が追い付く。この不愉快な症状の原因として納得できるからだ。


「あくまで私の意見だ。かなり時間をかけて調べたが、他に理由は見当たらない。お前の天使化が始まった理由は……私と夕子が理由かもしれぬ」


「わたしぃ? 勘弁してよぉ。重い重い」


「思えばこの30年間、私はかなり長い時間を現世で過ごした。特にここ最近は毎日現世にいた。私の波動に触発され、ヴェルの天使の資質が覚醒してしまったのかもしれぬ。そして夕子。お前と出会ってからヴェルは人間的に大きく成長した。夕子と行動することでカグツチとの出会いで家族を想い、アールマティとの出会いで他者への理解を深め、受容の概念を覚えた。そして夕子を通し、友情と努力、誠実さ、共存を知った。そして今日、お前は後輩に光を授けた。お前の精神は天使のそれと遜色がないものまでに成長している」


 叔父上が芝居がかった仕草で頭を抱える。


「まさか私のせいでこんなことになってしまうとは……私は……この30年間で凛々子殿という義理の姉を、そしてヴェル、お前という甥を得た。天使の身でありながら、家族を持つ幸福を知ってしまった。そして夕子という友も得た。もう私は天使失格かもしれない。人間を群ではなく、個で見るようになってしまった。それでは天使としての視野を狭め、公平性を欠く。だが私はこの30年を家族ごっこなどという安い言葉で片付けたくはない。この30年間は私にとってかけがえのないものだった。それ故に、私のせいでお前が天使になってしまったのでは、お前を悪魔として育てたかった凛々子殿に顔向けできぬ。本当に済まない」


「顔をあげてくれ叔父上。叔父上だけは絶対に頭を下げてはならぬ」


 叔父上は嘘をつかない。何故なら嘘とは弱い自分を守るための言葉、しかし叔父上より強い者は存在しないため叔父上は嘘を知らない。この天使化が叔父上の陰謀などと疑った自分を恥じた。叔父上はその真面目さ、誠実さでいつでも俺を見守ってきた。俺と母上に接する叔父上のその深い愛は確かに家族ごっこで片付けられるものではなかった。


「俺を悪魔に育てたかった母上には……」


「私からも説明しよう」


「俺に先に話させてくれ」


「凛々子殿は、お前が天使になったからと言ってお前を拒んだりするような狭量な人物ではない。彼女はお前が幸福ならば、どんな状況であろうと全てを祝福する。それが母というものだ」


「そうだろうな。むしろ母上の方が天使向きの性格だろう。俺が知りたいのは、叔父上。俺の今後だ」


「そう来ると思ったぞヴェル。これを渡そう」


 叔父上が鞄から「青山ヴェルフェゴールくん 天使の道しるべ」と印刷された冊子を三冊取り出し、一冊は自分、一冊は夕子、一冊は俺に手渡した。


「天界でもこのフリー素材は便利なのだな」


「いや、天界にはネットが通じていない。私が現世で作ったものだ。同じものを凛々子殿の分と、兄上の分を用意してある。まずお前の身に起きていることだが、これはさっきも説明した通り、天使として覚醒した魔力が悪魔の魔力に変換され、呪縛が強くのしかかっている。今後も天使化は続くだろう」


「うむ」


「天使化を防ぐ手段はわからない。私も手を尽くすが、現段階ではお前の魔力を封じることぐらいだろう。これは対処療法にしかならぬ」


「うむ」


「悪魔に戻るには……兄上のケースを見るに、兄上や私と同等の強大な魔力が必要になるだろう。魔力が増している今のお前でも到底無理な魔力だ。そして次に……天使化を受け入れ、天使になることだ。このしおりでは、お前が天使化を選ぶ場合の道しるべを記してある」


 夕子がしおりのページをめくり、眉を顰める。


「さきほども言った通り、お前はもう天使として問題がないレベルにまで到達している。魔力も呪縛がなければカマエルと等しい。今の苦痛から逃れるには天使化しかない。天使になる場合、私のクソ上司の部下にならねばならない。兄上とクソ上司は未だ和解はしていないが、互いの存在を認め、尊重しているので、兄上の息子であることは採用のハンデにはならない。むしろ現世での生活に心得がある者として優遇されるだろう。そこは安心していい。天界での身元は私が預かるようにするが、お前は研修を課され、多くの時間を天界で過ごすことになるだろう。だが私のように現世に出張や外出することは可能だ。お前がどのような職をクソ上司から与えられ、いつ頃出張や外出が許されるかはわからないが、天使になれば山手線の呪縛は関係なくなる。すぐに決めろとは言わない。ある程度なら私の力で天使化を抑えられるだろう。今の職場の問題もあるだろう」


「でも、研修中はわたしにも会えないってことだよね?」


「そうなるな」


「……さみしくなるね」


 キューと夕子が咥えたストローの中を黒い液体が伝う。


「他人事じゃないよヴェル。松田さんにも会えない。ヴェルがハマってる漫画も海外ドラマもリアルタイムで追えなくなるよ? 今からさぁ……自転車でも盗む? 悪魔でいる方が楽じゃない? 悪魔としてのヴェルを縛るものは山手線だけだよ? どこかの勢力につくこともなく、当然使命もなく、好きに生きてたじゃない」


「いや、それは悪魔としての生き方ではない。人間としての生き方だ」


「じゃあヴェルは人間辞めるの? わたしのせいなんて、耐えられないよ」


 夕子の瞳に映った俺はかなり苦しそうな顔をしている。


「俺は……」

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