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東京悪魔  作者: 三篠森・N
東京大魔境編
35/43

東京悪魔の献身

「はぁ。三枝(さえぐさ)さんさぁ」


「はい……」


 また三枝が鈴木(すずき)に叱られている。

 我が社の自由人な社長は、突然ふらっといなくなり、戻ってくるときには新しい社員を連れてくる。そもそも創設が社長が10代の頃に書いていたブログの読者を社員としてスカウトし、20歳で立ち上げた読み物サイトの制作会社だ。淡崎(あわさき)や鈴木はかつての社長のブログの読者である。そういった集団のためほぼ全員がコネだが、社長と言うカリスマに束ねられているからか、社長好みの人材の特徴か、協調性とコミュニケーション能力に長け、束縛が少なく非常に自由度の高い会社でありながら手抜きをする者もおらず、全員が高い意識を持って社長と会社に奉仕している。俺は社長のカリスマに心酔した訳でもスカウトされた訳でもなく、18歳で家を出て母のコネでアルバイトを始めた編集プロダクションで心身と給与に限界を感じ、そこの紹介で現在、この会社に勤めている。そのため横の結びつきの強く、服装が自由の社内でスーツ姿はやや孤立しているが、喫煙所に通うようになったことで淡崎に救われている。


「三枝さんさぁ。千鶴(ちづる)ちゃん」


 三枝(さえぐさ)千鶴(ちづる)もふらっといなくなった社長が連れてきた新人である。社長本人が中央大学中退、鈴木が早稲田大学卒、淡崎が名古屋大学卒、副社長兼配偶者は東京大学卒と高学歴が揃っているが、三枝千鶴は大学受験に失敗してからバイトもせず引き籠っていた18歳のニートである。どういういきさつで社長と知り合い、採用されたのかはわからないが、社長は三枝を鈴木に預け、またふらっといなくなった。そして仕事が出来るから人に文句を言わせず、仕事が出来る者には文句は言わない鈴木は新人の三枝にとても厳しい。最近の鈴木は三枝の教育につきっきりだ。言い換えれば冷淡な鈴木がそこまで構うのだから、三枝には記者や編集者としての可能性があるのだろうが、三枝は無口で陰気である。まともな取材や打ち合わせができるとは思えない。だが18歳で働き、こんな仲良し企業で仲良くなれていないその境遇、憐憫の情を禁じ得ないと同時に、俺にしては珍しく応援しているような気持ちがある。話したこともないが。


「定時だな。帰る」


青山(あおやま)さんお疲れ様です」


 誰も俺を引き留めない。それはそうだろう。仕事も残ってない俺は定時で帰る権利がある。


「青山さん」


「どうした淡崎」


「今日のジャイアンツ対ドラゴンズ、予告先発は菅野と笠原だってよ」


「そうか。ならば今日は菅野だな。さらばだ淡崎」


 そして俺はいつも淡崎に救われる。




「ヴェルぅ」


「どうした夕子(ゆうこ)


「明日行きたいところあるんだけどついてきてくんない?」


「なんだどうした。待て! 今フライパンに灰が落ちたぞ! 料理するときぐらいはタバコを止めぬか!」


 腰を痛めて以降、俺は足繁く夕子の店に通うようになった。日頃の不摂生……男の独り暮らしでは食事のレパートリーには限界がある。俺ももう三十路だ。無茶は出来ない。そして叔父上からは夕子に協力するよう圧力をかけられ、夕子が俺に最も協力してほしいことは料理の試食である。利害は一致している。夕子は俺が持ち込んだ食材で料理のテストが出来、俺は偏りなく食事ができる。認めたくはないがあんな夕子でも料理の腕は曲がりなりにもプロだ。しかし、夕子の店に俺以外の客がいるところは見たことがない。夕子ももう俺は客ではないと思っているのか、ダラダラとだらしなくタバコを吸いながら料理を作る。いざ客が来た時、これで接客が出来るのか? この接客態度、仕事内容は違えど鈴木が見れば夕子は叱責を受けるだろう。


「夕子特製パエリアとミネストローネ完成。隠し味が何かわかるかな?」


「タバコの灰だろう」


 夕子が料理を運んでくる。態度は悪いが、複数の料理を並行して作る手際とその腕は悔しいが確かだ。


「行きたいところはどこだ?」


「秋葉原」


「秋葉原か。よいだろう」


 秋葉原に行けば松田(まつだ)に会えるかもしれない。あの日松田に逃げられて以降、俺はSNSでも松田と連絡を取っていない。無視されているのか気付かれていないのかもSNSではわからない。だが会えばわかる。そして一対一のSNSではなく、実際に会えば夕子が俺たちの間を取り持ち、ベルゼブブ殿の空虚な趣味に付き合わされた俺の事情も話してくれる。


「松田さんだっけ?」


「松田がどうした」


「松田さんが何で逃げたのかもわかるかもしれない。その代わり、一つ付き合ってほしい場所がある」


「なんだどこだ」


「メイド喫茶。知ってる?」


「それくらい知っておる。メイドの恰好をさせた女に接客をさせる店だろう」


「身も蓋もない言い方をするとそうだね」


「何の用がある」


「興味」


「貴様は爪の垢を煎じて飲み、接客を」


「はいはいわかったわかった、それも目的の一つだしね。明日は13時に秋葉原ね」




「来たな夕子。遅刻だろうが!」


「メンゴ」


 ひどい謝罪を済ませ、夕子が腰に手を当て周囲を見渡す。休日の秋葉原、ブランド物のジャケットにネクタイを締めた俺とスカジャンの夕子はあまり似合わない格好だ。一人で突っ立ち、夕子を待つのは堪えた。だが秋葉原で浮くことはない。いわば全員浮いているからだ。外国人、ファッションの不安定、方向性は確立されているが一般とのズレ、コスプレ。俺もリュックサックに筒状にしたポスターでもさせば少しは馴染むのだろうが、秋葉原に迎合する気はない。


「メイド喫茶か。どこか行く当てはあるのか?」


「どこでもいいや。とりあえず巡ろう」


 まだ日も高い。こんな時間から凶悪な商売をするような不届きな店はまだ開いていないだろう。夕子の経済力は不明だが、話を聞くに、俺が食材を持ち込むようになるまでは結構な頻度で断食を行っていたようなのであまり高い店は無理だろう。一方俺には余裕があり、よほど悪質な店でなければ入ることが出来る。


「殿、忍者喫茶でござる」


「メイド喫茶でぇす」


 大通りから外れた密集地帯に入ったようだ。深夜にやっている女ばかりのアニメの登場人物が如き甘く胃もたれする声が乱れ飛ぶ。


「どうするヴェル」


「何がだ」


「どこにしようか。ちょっと……あんまりかわいくない子もいるね」


「言うな夕子。どこに何がいるかわからぬ。袋叩きにされるぞ」


「そもそもヴェルはあんまり興味なさげ出しね」


「ベルゼブブ殿が侍らせていた本物のメイドを見たことがあるからな」


「チラシを直接手渡してきた子のところに行くか」


「好きにしろ」


 通りを歩く。中にはもうメイドに捕まった男もいる。興味深そうに話しかける外国人にたどたどしい英語で答えているメイドもいる。


「メイド喫茶でぇす」


「おっと」


 獣の耳の髪飾りをつけた小柄なメイドが夕子にチラシを渡した。ここまで見た中では容姿はかなり整っている方だ。異様に目を輝かせ、俺と夕子に熱視線を送っている。夕子が足を止め、こちらに目配せする。そして俺は頷いた。


「じゃあ、行くよメイドさん」


「ありがとうございますぅ。じゃあこちらにどうぞ」


 メイドが目を細めて笑い、俺たちを店に案内する。天井の低い雑居ビルの階段を身を屈ませながら昇り、重厚な空気を放つ扉を開ける。すぐにヤニのにおいが鼻をついた。外国のロック音楽が薄く張られている。店内にはだらしなくくせ毛を伸ばした30代と思しき男の客が数人、U字のカウンター席に座っている。女の客は夕子だけ、そして客では最年少だ。店の隅のレジの奥にはオールバックに開襟シャツの経営者と思しき強面の男。俺たちを捕まえたメイドの他、5人ほどのメイドたちが接客しているがそれでも俺たちを案内したメイドは店内のメイドでも可憐な方だ。


「お兄様、お姉様、よろしくお願いします、メイドのちぃです。こちら60分2,000円でこちらの飲み物が飲み放題になりますぅ。こちらのメニューは追加で料金がかかりますぅ。そしてこちらから、わたしたちのドリンクを選んでくださぁい」


「んん? 絶対?」


「はぁい」


「そっかぁ」


 夕子がタバコに火をつけ、メニューを眺めて顔をしかめる。タバコが煙ったのか説明がなかった追加注文の件、どちらが理由かはわからない。メイド用の追加注文の品は最低でも3,000円。俺たちが1時間で飲み放題2,000円。


「メイドさんさぁ、お酒飲める年齢?」


「えっ? これ言っていいのかなっ? ダメなんですぅ」


「ダメかぁ。まぁわたしも下戸だし、このシャンメリーで」


「ありがとうございますぅ」


 メイドのちぃがシャンメリーを取りに行っている間に夕子がカウンターに肘をつき、タバコを持つ手よりも低い位置まで頭を落とす。


「どうした夕子。そんなに痛い出費か」


「やられたよヴェル……」


「あまり口にするな」


「あれを見てもそう言える?」


 とタバコで俺たちが入ってきた扉を指した。


「……メイド喫茶ぞろあすたぁ……」


「ここは拝火教の店かもしれない」


「拝火教というと」


「ゾロアスター教だよ……。そうか、だからQueenが流れてるのか。Queenのボーカル、フレディ・マーキュリーはゾロアスター教徒だ」


 ヤオヨロズデンキ、アポロカメラ、仙人・夕子の喫茶店、火の神・(かがみ)真実(しんじつ)の銭湯に続き、秋葉原ではゾロアスター教がメイド喫茶か! 東京はどうなってしまったのだ! そして悪魔と仙人の俺たちは導かれるように彼らに遭遇する。


「お兄様とお姉様は好きなアイドルさんとかいますぅ? あ、まず乾杯ですねっ」


 ちぃがグラスを3つ並べ、決められた量のシャンメリーを注ぐ。


「はい、乾杯」


 すっかり生気を抜かれた夕子がグラスを持ち、ちぃと乾杯しようとするがちぃが手を引く。


「お客様とグラスを触れさせちゃいけない決まりなんですぅ」


「あぁそう、じゃあ乾杯。……ちぃちゃんさぁ。これ答えられないんだったら答えなくていいんだけど、もしかして神様?」


 ちぃが視線を送ると、レジの奥の男が頷いた。


流川(るかわ)千晶(ちあき)は東京を過ごす仮の名ですぅ。本当の名前は〝献身〟を意味するスプンタ・アールマティ。ゾロアスター教の大地の神ですぅ」

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