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東京悪魔  作者: 三篠森・N
東京大魔境編
31/43

東京悪魔と誠実さ、そして愛

「腹減ったなぁ」


「どうした高輪(たかなわ)。食い物ならばいくらでもあるだろう。それに貴様は霞が食えるのだろう?」


夕子(ゆうこ)でいいよ。この店は構えているだけ、実質店として機能していない。わたしが趣味でコーヒー淹れてるだけだもん。それに霞は食えねぇのだよ」


「なんだァその口調。俺の真似か?」


「東京の霞は汚くて食えない。それに霞を喰うためには瞑想がいる。瞑想している間は動けなくなるから店も開けないしね」


「ならばどうする。餓死するか? 俺は構わんがな。貴様が死のうと生きようと! フハハハ! だがどうする。死ぬのか?」


「幸いにも月に一度微量ながら纏まった金が入る。アテにするにはかなり少ない額だけど」


「ふぅむ」


 ガシッと石を打ち、高輪がタバコに火をつけた。


「ならば高輪」


「夕子でいい」


「空気清浄機を買えばいいのではないか? いつでも霞を喰えるように環境を整えておけば、毎月その纏まった金とやらが入る前が楽になるぞ。俺も給料日前は辛い」


「お、いい案だね。それから夕子でいいってば。照れてんの?」


「ぐ、黙れ高輪!」


 高輪の言う通りである。俺は女性を下の名前で呼ぶことが出来ない。あの軽薄な斎藤はチャラチャラとすぐに下の名前で呼んで手の一つでも握るだろう。高輪が相手であろうと初対面で高層ビルの最上階レストランに連れ出すことが出来るだろう。いや、高輪ならばその辺の立ち食い店でも「食えれば」とホイホイついていくだろう。

 だが高輪は利用もできる。先日、俺が松田(まつだ)と出くわした際、その一部始終を見ていた高輪は知っている。地下アイドル桜庭梓にお熱なのは俺ではなくベルゼブブ殿であること、俺が山手線の呪縛で倒れたことは「悪魔」の部分をうまく取り繕って話してくれるだろう。何故なら叔父上の話ならば、高輪はそういう事情をくみ取って生活し、共存を目指しているからだ。そして叔父上を相手に肩に手を乗せコーヒーを差し出し砕けた口調で話すほど、狂人の域に達したフランクさを持つ。どうにか俺と松田の間に入ってくれそうでもあるのだ。そういう損得勘定もある。故に、俺が空気清浄機という道具を選択したのも、家電を買いに行けばまた同じ秋葉原で松田に出会えないだろうかと一縷の望みをかけているからだ。そこには事情を知る高輪がいなければならない。だが……


「食事ぐらい恵んでやろう」


「いや、空気清浄機を買う。でも助けてくれる気があるなら立て替えてくれない? 纏まった金が、纏まった金が近く入るから」


 ウヒヒヒと空腹と狂気に目を回した高輪が奇妙な笑みを浮かべる。


「やめぬか。卑しいぞ、あまり金のことばかり口にするのは」




 と、いうことで俺と高輪は再び秋葉原の地に立った。なんと平面が派手で立体が地味な街だろうか。


「ヤオヨロズデンキとアポロカメラか」


 道を挟んで向かい合う、巨大な家電量販店。まさにこの道は川中島ということか。銀色の弾や疑似硬貨を使った遊戯店にも似た爆音と色彩の暴走だ。


「して高輪よ。予算は」


「2万までならすぐ返せる」


「重畳」


 美しい風景を移すノートパソコンの列を潜り抜け、隙間なく文字で埋め尽くされた空間に出る。アポロカメラの法被を着、ハチマキを締めたこれでもかという家電量販店員が接客している。


「お客様は何をお探しで⁉」


「ふぇっ? ああ、空気清浄機です。飲食店に置く用の安くてよく働くヤツを」


 高輪が照れたように頭をかく。


「空気清浄機いいの出てるんですよ。上の階なので案内しますね。お客様はポイントカードはお持ちですか? 今ならキャッシュバックもありますし値切り交渉もバッチコイですよ!」


 と、マシンガントークで上の階の霧を吹く空気清浄機どもが雁首を並べる専門エリアに通される。


「ヤバイよヴェル」


「どうした高輪」


「しつこいけど夕子でいいってば。それどころじゃない。ここ、ギリシャの店だ」


「ギリシャ?」


「なんつったらいいのかな。ここの店員、全員クピードー、つまりキューピッドだよ。ここはギリシャ神話の系列店だ」


「なん……だと……道理で貴様が敬語になるわけだ」


「あちらさんは気づいてないようだね。それにわたしは店員さんにはいつも敬語だ。やられたら嫌なことはしない。それにしても名前の時点で気づかなかったか、わたしたち……」


「俺に嫌がらせはするくせにか」


 キューピッドと言えばガラの悪いチンピラ天使であり、キリスト教ベースの天国に属する叔父上やカマエルとは全く違う存在である。その中でも特にタチの悪い下っ端野郎は天界からわざわざ、東京に封印されている俺を冷やかしに来るほどである。しかし俺がキリスト教ベースの天界に存在を知られていないよう、天界にもいくつか種類はあり、天界同士は繋がってはいない。言い換えればそれは仲が悪いからでもある。しかしアポロカメラの天使共は下界に派遣されているくらいだからあまりボンクラなキューピッドでもあるまい。


「ぬ、ならば気づかれる前にヤオヨロズデンキに行くか?」


「いや、わたしの睨んだところによるとヤオヨロズデンキは高天原が一枚かんでる」


 なんということだ。俺の知らない間に東京は既に大魔境になっていたというのか! いや、違う。ヤオヨロズデンキもアポロカメラも全国に店舗を置き、ゴールデンタイムにコマーシャルを打つ一大企業である。日本は既に、大魔境だったのだ!


「おおおなんということだ。知らなかったのは俺だけか⁉」


「いや、むしろ周囲が知ったら驚くよ、東京に封印されてるまぬ……」


「まぬ、と、その先は何だ? 言ってみろ!」


「輪っか出るよぉ、激高すると。あ、これミカエルにしか通用しないギャグか。とにかくテンションを上げるのはまずい。オーラが察知されるかもしれない」


 どうやら天使の間では激高することを「輪っか出る」と揶揄して遊ぶようだ。俺の半身は元天使、輪っかぐらい薄くは出るかもしれない。


「で、どうする。ヤオヨロズデンキに行くのか? そっちは貴様の神道か仏教に繋がっておるのだろう?」


「わたしは自己流」


「叔父上は東京を大魔境にするつもりなのだろう? ギリシャとも話をつけているのではないか?」


「そんな話はまだ聞いていない」


「うぅぬ」


 俺は輪っかが出ないように平静を保って腕を組む。


「どうする?」


「ヴェルがバレなきゃ大丈夫。わたしは気にしないけど」


「気にしない、か。ならばさっさと済ませよう」


「じゃあ気にしないで、これどう?」


「ダメだ。2万を超えている」


「ヤオヨロズデンキも行ってみるか。あっちの方が安いかもだし」


 ああでもない、こうでもないと首をたびたび横に振った俺たちは、アポロカメラを後にしヤオヨロズデンキに向かう。


「こんちにはヤオヨロズデンキにようこそこんちにはヤオヨロズデンキにようこそこんちにはヤオヨロズデンキにようこそ!」


 気の触れた九官鳥が如き勢いでまたもや法被にハチマキの家電量販店員が我々を出迎える。高輪が俺に目配せし、小さくうなずいた。やはりここも高天原の店のようだ。だがギリシャと高天原、どちらの店もどこかの手の者なら、もはやどっちでもいいと判断したようだ。


「空気清浄機のいいのありますか?」


「いいのと仰いますと?」


「安いけどよく働くヤツ」


 まるで現代社会の縮図のようだ、安くよく働くヤツ。


「でしたらいいのがございます」




「決め手は何だったのだ?」


 結局、高輪はアポロカメラに二度足を運び、その後二度目のヤオヨロズデンキで安い空気清浄機を買った。どちらの店にもディスプレイされていたもので、値切れたはずのアポロカメラのなら値段自体は少し安かったはずだ。


「家電への誠実さかな」


「誠実?」


「アポロカメラは聞いてもいないポイントや値切りなんかの話を最初に出してきた。でもヤオヨロズデンキは最初にわたしが言った安くてよく働くヤツをすぐに紹介してくれたよ。アポロカメラは、たくさん金を落とす客が好きなんだよ。でもヤオヨロズデンキは家電そのものが好きで、その家電を人に勧めたくてしょうがない。決め手は誠実さ、そして愛」


 決め手は誠実さ、そして愛。

 店の隅に空気清浄機を設置し、高輪は背筋を伸ばした。


「頑張ってくれたまえよ空気清浄機くん」


 そしてガシッとタバコに火をつけた。


「高輪よ。東京の空気、空気清浄機導入の可否云々の前に、霞を喰うならタバコを止めればよかろうが!」


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