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東京悪魔  作者: 三篠森・N
東京人間模様編
3/43

東京悪魔vs友人

「人間とは、愚かな生き物だとは思わんかね」


 俺は読み終えた新聞を翻し、向かいの席に座る斎藤(さいとう)に肯定の言葉を求める。


「俺は半分以上人間なんだがな」

 斎藤は頼んでもいないのにウェイトレスがサービスしたブラッドオレンジジュースを不機嫌そうにストローで啜り気障にため息をついた。気障ではあるがそういう所作が似合う男であることは否定できない。


「まぁ、愚かな人間がいると言うことを否定はしない。愚かではない人間の存在を無視すれば、人間は愚かだ」


「回りくどいぞ。もったいぶるな。何が言いたい」


「総じて人間は愚かではないさ、と言いたいんだ」


 斎藤の答えは俺の求めていたものとは違い、俺はほんの少し苛立って鼻で笑った。




 斎藤(さいとう)は俺の素性を知る数少ない友人である。この男は在日吸血鬼の三世であり、祖父のみが純血の吸血鬼のクォーターである。それほどまでに血が薄くなると、最早人間の体と変わりなく、大蒜(ニンニク)たっぷりのペペロンチーノも餃子も大好物、日光の元での活動も全く問題なく年末にはハワイに出かけ、日焼けをして正月に帰って来たほどだ。吸血鬼の特性として残されたものは血を飲まねば死んでしまう、ということだけである。その必要な血も一月に一滴ほどあれば足りてしまう。

 特殊人種人権保護法案があるため、世界的に吸血鬼問題先進国の日本は、国籍が日本である吸血鬼には国から月ごとに必要量の血液が支給され、さらに一部の税金を免除するという破格の待遇がとられている。現時点で純血の吸血鬼など絶滅危惧種、日本で一般的に吸血鬼と呼ばれる者のほとんどがハーフかクォーターであり、ハーフでさえも紫外線に少し弱い程度、人間とほぼ変わらない。海外、特に欧州でこの問題が日本に後れを取っている理由は、まだ純血の吸血鬼が多いこと、そしてその大半が先日出会った「血とは人を襲って奪うもの。人には媚びない」という昔ながらの原理主義吸血鬼だからだそうで、吸血鬼が人なのかどうなのかという問題、『吸血鬼』の『鬼』という部分は人権侵害なのではないかと主張する人権保護団体の参戦で、原理主義の吸血鬼、国、人権保護団体の三つ巴線は泥仕合となっているからのようだ。

 一方、生まれも育ちも日本の斎藤は、日本は吸血鬼に対してあまりにも厚待遇すぎて人として扱われている気がしないと不満に思い、幼い頃からの夢であった医師となり、自らを吸血鬼のサンプルとして研究機関に差し出し、減俸も厭わない代わりに輸血用血液の提供を要求する超法規的な契約を自らが勤務する医療施設と締結。代わりに特殊人種保護法案によって保障される一部税金の免除と国による血液の支給を一切受け取らないスタンスを見せている。しかし、実際は「血を飲む人種が血の流れる職場で働いてもいいのか」という風評被害を受け、優秀な医師であるにもかかわらず不当な休職処分や謹慎、医師免許の一時的な停止などで最近はほとんど医師として働けていないようである。


「愚かではないか。読んでみるがいい、この記事を」


「偏翼の子供、翼の切除に世界中で意見割れる」


 偏翼とは数十億人に一度発症する病であり、世界に約200人の偏翼がいると言う。あのクソッタレの天使の野郎共の翼が左肩からだけ生えてきてしまう奇病で、欧州に多い。生まれつき生えている者もいるが後天的な者が多い。後天的な者の場合は幼少期から思春期に発症する。大方、聖なる神の使いとか謳っておきながら下心を出した下衆で非力な名もなき下っ端天使共が人間の女を孕ませてしまったのだろう。悪魔とのハーフの俺は、父の血筋もあり山手線に阻まれていなければ上級悪魔と比べても遜色のない魔力を本来は持っているが、下級天使と下等生物ホモサピエンスの遺伝子が加わっても翼が生える程度で収まってしまっている。勿論、空を飛ぶことは出来ないし、天使の力など微塵も受け継いではいない。左肩に邪魔で忌々しい翼が生えてきて、それが左手の動きを妨げ、日常生活の一部で支障を来す程度の影響しか持たない。しかし、見た目が見た目なだけに、信心深い輩は「神の使いだ!」と彼らを崇め、一種の信仰の対象の趣さえある。偏翼の発症達はその信仰者たちと自らの身体の不自由の板挟みになり、偏翼が最初に確認されてからの約数百年、偏翼の切除手術は一度も行われてこなかった。


「偏翼の子供の翼を切除するというのは、割礼と同じことなのだそうだ。やはり人間は愚かだ。偏翼は立派な病気だ。病気は治すのが当たり前だろうが。しかし治せば『天使の翼』を人の手で切り落としてしまうなんて神への冒涜だと保護者が叩かれる。子供のことを考えたらこの上ない判断であるということに気付かないのか、貴様ら人間共は」


「それは、悪魔としての意見か?」


「悪魔も何もあるものか。一般論だ。それが一般論のはずなのに、世論とは食い違っている。しかし俺は間違っているとは思えぬ」


「お前の言うとおりだと思うよヴェル」


 斎藤は気障にタバコの煙を吐いた。


「偏翼は病気であり、周囲の人間たちとはあまりにも違いすぎる特異な外見に向けられる好奇の目が、当事者たちにとって心地よいものでないことは想像に難くない。俺も偏翼は本人が希望するならば切除し、治療すべきだと思っているし、第三者である熱心な教徒たちが自分の宗教の価値観を押し付けて神への冒涜と横槍を入れるのはお門違いだ」


「これだから、人間は愚かだと言うのだ」


 俺は吐き捨て、呆れて鼻で笑った。


「だが、少なくともバッシングは覚悟の上で偏翼の切除を望んだ子供、それを受け止めた保護者、実際に手術を行った医師。それぞれの英断は、特に信仰も持たない俺の個人的な意見では愚かではないと思うね」


「それには俺も同感だ」


 そう言ってしまった後で俺は少し押し黙り、今、自分が何を言ってしまったのかを考えた。

 ふと目に入った斎藤の口角の上がった表情を見て、「愚かではない人間もいる」ということを自ら認めてしまったことを思い知らされ、また少し腹が立った。


「一つのことに捉われすぎて、よく考えもせずに短絡的決めつけてしまう方がよっぽど愚かなのではないかね?」


「クッ、今日は貴様の勝ちでよい!」


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