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東京悪魔  作者: 三篠森・N
東京人間模様編
22/43

東京悪魔と他の天使とは一線を画す天使

 人は神が天使の形を模して作ったものである。下界に放たれた無量大数の天使のまがい物共は、それぞれ大きさや性格、得手不得手に差異を持ち、その差異が各々を活かし、あるいは殺す個性となり、社会という大きな構図を形成させていった。その結果天使のまがい物に過ぎない人間どもは天使よりもより豊富な文化を発現させ、そこで育まれた個性は、下等生物でありながら融通の利かない天使には到達できない域にまで達している。

 俺の父親ルシファーもかつては神に仕える最も優秀な天使だったが、無個性な神の奴隷の中ではイレギュラーな存在だった。高く狭い天国の門に疑問を感じ、自由で寛容な地獄を提案し、頭の固い神の野郎と天使どもに激しく弾劾され天国を解雇、放逐された後その腕一本で地獄を作り上げ、それまで父の意見に賛同しながらも神の野郎や体制派の大多数の天使のせいで声を上げられなかった天使たちは天国から地獄へ転職した。ベルゼブブ殿がその最たる例である。父への過激なまでの忠誠心はまるで神が白と言えばカラスでさえも白とする天使のようで見ていられない。かつては大量のお年玉をくれたものだがもうそんな歳ではなく、三十路を迎えてお年玉を受け取る側だけであるのは慙愧の念に堪えない。地獄に行きたくとも行けず、父と会いたくとも会えない俺が、ひたすら「地獄はいい、地獄はいい」「ルシファー魔王はすごいルシファー魔王はすごい」と繰り返すベルゼブブ殿を嫉妬しているからかもしれないがベルゼブブ殿は少し苦手だ。ともかく、父ルシファーが魔王を務める地獄は、父ルシファーの超神的な手腕でうまく回っている。

 しかし、その父ルシファーを最も愛し傾倒しているのは他でもない、天国を解雇された父の後を継ぎ、神の右腕となった父の弟、即ち俺の叔父にあたる大天使ミカエルなのである。




 勤め先が社員旅行である。天使もどきの人間どもと同じ程度の宿にて睡眠をとってしまうと、俺自身が悪魔である自身の種としての誇りを穢すことになるのでとてもそんな下賤な行為はできず、俺は東京の俺の城から出ず殺戮も破壊もせずひっそりと力を蓄え炬燵と呼ばれる天国にも似た煉獄に足を突っ込み、テレビを見ながら様々な悲報や悪意ある噂を見聞きし橙色の果実の皮をひん剥いて中身の房を口の中で噛み潰し酸いも甘いも味わっていた。そして一時の快楽を得ている俺の恍惚に客人を告げる鐘が闖入した。もしこの客人が俺の快楽の一時を中断させるに足る理由を得ないヘヴンタイムズ以外の新聞拡張員であったならば、怒鳴りつけ折檻してやろうかと外界と繋ぐ電子の窓口を覗き込むと、もはや頭髪の集まりとは思えないほど集合し金属のような光沢を放っている七三分けの髪の毛と眉間に皺をよせ口を真一文字に結んだ叔父上が映っていた。


「我が名は青山(あおやま)ヴェルフェゴールである」


「神より賜った我が名はミカエルだ」


「叔父上か。今日はどうした」


「話はあとだ。まずは部屋に入れてくれ」


 叔父上の頼みとあれば仕方なしと施錠を解除し、叔父上を部屋に招き入れると叔父上が部屋の敷居を跨いだ瞬間に皮膚がじわじわと熱い湯をかけられたような不快感を覚え始めた。そう。叔父上は肉親ではあるが天使、それも全ての天使の最上位にありもうその上には神しかいないほどの大天使なのだ。聖臭さも下っ端のカマエルとは比較にならない。


「邪魔する」


「ああ。今日は今年最大の冷え込みのようだ。早く扉を閉じよう」


 扉を閉じ部屋が閉鎖された空間になるとより叔父上の聖臭さが強くなる。叔父上の人格は嫌いではないが、俺が手塩にかけて呪ってきた家具や観葉植物、人間どもが祭儀の際に粗末に扱っていたヒトの創りし小型の鯉の新たな種たちが次々と祝福されていくようで叔父上を部屋に招くのはあまり気が進まない。だが、これほど広い部屋を借りていてよかったと思うことはないだろう。叔父上は大理石の床でも歩くいけ好かない官僚のようにツカツカと早足で電話台の元へ進み、片膝を折り目を細める。


「ヴェルよ。コンセントがすべて埋まっているが、どれか一つを空けることはできぬか」


「ぬ……金魚のぶくぶくだけは抜かないでくれないか」


「今繋がっているのは金魚のぶくぶくと何だ?」


「電話だ」


「ふむ。では一度、金魚のぶくぶくを抜くぞ。ほんの一瞬だ。死には至るまい」


「ま、何を……」


 俺が制止も意に介さず叔父上は金魚のぶくぶくのコンセントを引っこ抜く。そして鞄からコンセントが8つはあろうかというタコ足配線用の延長コードを引っ張り出し、金魚のぶくぶくが刺さっていた穴に突き立てる。そして延長コードに金魚のぶくぶくを刺し直し水槽にはまた水泡が吹き出し、我がしもべたちは生き長らえることが出来た。叔父上はまだ止まらない。空いた7つのコンセントに白いアダプタと灰色のアダプタを差し込み、背広のポケットから知恵の実が刻印されたスマートホンと純白の折り畳み出来るモノリス状ゲーム機を取り出しアダプタから延びるケーブルに繋ぎ止めた。スマホとゲーム機は橙色の光を放ち、我らは充電中であると叔父上に告げる。叔父上はようやく安堵の息を吐いて厳めしい表情を崩し、俺を見る。


「急にすまなかったなヴェル。スマホと3DSの電池が危なかった。お前のおかげで危機が去った」


 どうやら下界に降りてきている最中にスマホと3DSの電池が尽きかけてしまったようだ。叔父上はスマホ中毒及びゲーム中毒である。何か気になることがあるとグーグルなる英知の結晶に意見を求め、主にウィキペディアとニコニコ大百科なる情報源を紹介してもらい知識欲と好奇心を満たす。その知識欲と好奇心は天国にある書物等でグーグルの代用として満たすことはできず、叔父上の好む新鮮な情報、即ちヤフーニュースや楽天ニュースのトップニュースは電波の入らない天国では閲覧することが出来ない。詰まる所、天使の持つスマートホンや携帯端末は天使の持つ天啓でのやりとりを送受信し文字に変換する装置である。現世で何も持たずに天啓だけでやりとりをしていると独り言の大きな不審者とみなされることが多く、携帯端末を持つことでその不審の目を逃れているのだと言う。そしてインターネット回線のない天国ではゲームもオンラインプレイが出来ない。スマホとゲーム、この麻薬のように中毒性の高い二つのものを叔父上は人を堕落させる新たな大罪になりうると危惧し、現在その身を以て審議中である。幼い子供にさえ魅了するこのスマホとゲームの新たなサービスや製品は目ざとく調査対象とする。時には俺を発売日に並ばせて。とかく、人間の文化や流行に染まりやすいのだ。


「危機が去った?」


「世界と私を繋ぐこのスマートホンが、ほんの少しの間でも不通になってしまうとその間に何が起こるかわからない。悪魔の軍勢による侵略、大規模な粛清の緊急執行等の重要な情報が私に伝達されないことで予想される危機は計り知れない。情報の伝達の緩慢さは崩壊を招く。我々天使団は絶対に潰れてはいけない。それだけは死守しなければならない。もし行き違いでもしたら何百万人何千万人の子羊が路頭に迷うかわかるか? 私たちが、森羅万象が秩序を保つためにはスマートホンの電池切れなど絶対にあってはならない。私は現実的な話をしている」


「フン、過ちを繰り返してばかりの愚かな人間どものことなど知ったことか。それに携帯電話の充電器などコンビニでも買えよう。叔父上、電池の消費量が人並み外れて多い貴方にはその方が便利ではないか」


 叔父上の人格が嫌いなわけではないが俺は悪魔で叔父上は天使、立場上そう発言しなければならない。叔父上もそれを理解しているので過剰な追及や短絡的な粛清はしないが、怪訝そうに眉を動かした。


「今日はTポイントカードを持ってきていない。故に高価な買い物は今日はできない。それに人間のことを悪く言うのは感心しないな。確かに人間は未熟で愚かだ。だからこそ私たちはしっかりした眼で人間を見極め、彼らの未来に責任を持たなければならないのではないか。悪魔や地獄との競争に負けるわけにはいかない。天使内での派閥争いも大いに結構、望むところだ。だが一つ忘れてはならないことがある。それは我々天使団は天国を守るためではなく、この世界で生きるすべての生命のために仕事をしてるということだ。天使のための生命ではなく、生命のための天使でなければならない。その思想を忘れてはならない。手段は違えど、これは私たちも兄上も同じ志だ。私たちは神や天国のために仕事をしてるわけではない。たとえ相手がどんなに愚かな子羊でも、彼らが真剣に生きている限り、その生命を正しい方向へ導く義務が我々にはある」


 俺にはありがたすぎて反吐が出そうな社訓を述べた後、叔父上は頭蓋骨を割るようにパカッとゲーム機を開き、十字架を模したボタンを押し口元をほころばせた。


「やはり東京はいい。すれ違い通信がこんなにも」


 叔父上は優しく笑い、炬燵に足を忍ばせる。叔父上も恍惚と見え、後光が差し頭上に輪が浮いたがすぐに隠し、テレビに目を向ける。


「茶でも?」


「いただこう」


 俺はコキュートスから凍えさせたウーロン茶の瓶を取り出し二つのコップに注ぎ、炬燵の上に置いてやる。叔父上は鞄からストローと呼ばれるプラスチック製の管を出してウーロン茶に突き刺し、吸血鬼が乙女の生血にするように啜る。叔父上が口をつけると俺の所有する食器は祝福され永遠に使えなくなってしまうため、叔父上が我が城に来たときはどれだけ身が凍るような寒さであろうともストローを介して飲む冷たい飲み物でしかもてなせない。


「ヴェルよ、お前は入らないのか? あぁ、そうか私が入ってしまったから」


「いや、よいのだ叔父上。近づきすぎなければ祝福はされない。叔父上のよき僕たちが万全の状態となるまで、叔父上もゆっくりと充電していってくれ」


「かたじけない」


 俺は叔父上の聖の干渉を受けすぎない少し離れた場所で壁にもたれかかり、テレビに映る下世話な噂話を観る。たまに観る休息日以外の日の日の高いうちの情報番組はとかく下世話でこの俺でさえ面白いと感じ、叔父上もまたそのような下世話な噂話は立場上知っておかねばならないため常にアンテナを張り巡らせている。


「む、おかしいぞ」


 叔父上が顎に手を当て首をかしげた。テレビでは原宿を基点として奇抜な服装と言霊で若いホモサピエンス(メス)から信仰を集める舌を噛みそうな名前のホモサピエンス(メス)の偶像(アイドル)と、やはり若いホモサピエンス(メス)を中心に信仰を集める偶像(アイドル)集団に属するホモサピエンス(オス)の下らない恋慕について口から先に生まれてきたような男がべらべらと得意げに意見を述べている。


「けりーぱるぱるはSYAKAI(シャカイ) NO() OSHIMAI(オシマイ)FUKAURA(フカウラ)と2年間付き合っていてこの間ユニバーサルスタジオジャパンでデートをしていたはずだ。なぜ今手塚との報道が……?」


「不貞ではないのか? 俺はあのSYAKAI(シャカイ) NO() OSHIMAI(オシマイ)とかいうヤツらが気に食わん」


 ズダン。参考画像としてテレビに晒されている不貞をされた楽団の男の顔写真を見ながら失笑をもらしていると、尋常ではない音が俺の鼓膜をつんざき、全身の鳥肌が立ち汗がにじみ始めた。俺に流れる悪魔の血が本能的な危険を感じている。


「何が不満だ」


 叔父上が顎を少し引き、下から見上げるようにして三白眼で俺を睨み付けている。頭上には再び輪が浮き、金の光の薄い膜が叔父上を包んでいる。


「シャカオシの何が不満だ」


「叔父上……」


 直視してしまうと目を傷めてしまうので自分のスマートホンと向き合い視線を逸らし平静を保つ。叔父上もそうしてくれと願うように。


「こっちを見ろ、ヴェルフェゴール‼」


 叔父上はまるで自分の信仰する神を侮辱された狂信者のような剣幕で俺に怒鳴る。そう。叔父上は酷く厳粛、悪く言えば短気なのだ。


「何が不満か言ってみろ」


「ぬ……何が世界観だ、何が社会のお仕舞だ。本当の地獄も知らぬくせに自分ばかりが不幸から這い上がったように吹聴するな。それにあのボーカルに依存しているキーボードの女も気に入らん。噂ではあの二人は責任もとれない年端もゆかぬ頃に罪を犯したとも聞く。あの道化の覆面を被ったドラムも気に入らぬ。そして何より、英吉利のギターロックを時代遅れと馬鹿にしたことが許せぬ。哀れな道化なのは、自分たちのことを許容してくれるものだけに依存し、自分の価値観に合わぬものは排除する居心地の良い炬燵のような世界に閉じこもり、それをやれ世界観だとさも高貴なもののように語る馬鹿野郎の貴様ら全員だと言ってやりたい。そんなものの書く歌詞などガキ臭くて聴くに堪えぬ……。たかがイロモノが! と言ってやりたいが、紅白歌合戦に呼ばれるとあれば、その世界観と言うものも一見の価値はあるものと判断されているのだろう……」


「……よいかヴェル。愛すると言う感情の反対語は無関心である、ということだ。ヴェルよ。お前はなぜそれほどシャカオシについて悪い噂を知っている? なぜ嫌う? それはお前がシャカオシに対し強い愛を持っているからだ。お前はまだそれに気付いていないだけだ。大方、お前もそういったシャカオシの悪い噂や独特の世界観の悪しき姿だけを切り抜いて貼り付けた情報でも見たのだろう。お前こそ大馬鹿だ‼ お前のその意見は所詮机上の空論、いやスマホ上の空論に過ぎない‼ いいかヴェルよ。水は低きに流れ、人もまた低きに流れる。人は天使を模したものだから天使もまた低きに流れ、天使が姿を変えた悪魔もまた人や天使と同じく低きに流れる。他者を一方的に罵倒し嫌悪するのは簡単でそして時には心地よいと感じるだろう。その流れは変えられない。そしてその生贄になりがちな子羊はいつだって己の顕示欲を主張するものだ。イエス・キリストもそうだった。もちろん、私はシャカオシがイエス・キリストの域まで達しているとは言わない。だが、彼の言葉には人々を正しい方向に導く力があったように、いつの世も人の心を響かせるのは自己顕示欲の強い者だ。お前の大好きなそのスマートホンに刻んでおけ‼ だから聴いてみろ、ヴェル。そしてそれでもシャカオシが気にくわぬ時は、その時は相性が悪かったのだ。それは仕方あるまい。だが聴きもせずに批判を覚悟で自らを主張するものを侮辱することはこのミカエルが許さない」


「承知した」


 叔父上の有難い言葉に顎の骨が震えている。それを抑えたくウーロン茶を一口含むと、叔父上も真一文字に結んだ口をほぐしてウーロン茶を一口。


「少し言葉が強くなったことを謝ろう。だが人間の歴史を見てみろ。かつて、未熟な人間という種族が過ちを犯す度、我々天使は天罰を与えてきた。それでも幾度となく過ちを犯す人間に、近頃は天罰を与えないことも増えてきた。つまり怒られているうちが華なのだ。とはいえ、やはり過剰な説教をしたことを詫びよう。ヴェルよ。お前は洋食派か? 和食派か? 天使という立場上悪魔と過度なやりとりをすることは出来ないが、この叔父に食事ぐらい奢らせてくれ」


 叔父上はまたキリリとした表情を経て、甥に対するやや柔和な叔父の顔つきになる。


「父上とは品川駅で蕎麦を手繰ることが多い」


「ならば次は私が持とう。そろそろ兄上にも会いたいと思っていたところだ」


 叔父上のスマートホンが、竜の探求の冒険で一定以上の経験を修めた時に告げられる音を発し、画面に緑で縁取られた小さな窓が映し出された。それを覗き込んだ叔父上が舌打ちをする。


「チッ、クソ上司め、覚えていやがれ。ヴェルよ、急用が入った。今日はすまなかったな。携帯電話の充電器は近くのコンビニで買おう。すれ違い通信は……今日はいくつかの一期一会を捨てよう」


「そうか。叔父上も忙しいな」


 叔父上は忙しなくスマートホンと3DS、そして延長コードを回収して帰り支度を整える。


「なに、兄上と比べればまだ私など怠惰だ。だが、3DSもあと少しは持つだろう。この恩は倍返しで返そう。それが私の流儀だ」


 人は神が天使の形を模して作ったものである。下界に放たれた無量大数の天使のまがい物共は、それぞれ大きさや性格、得手不得手に差異を持ち、その差異が各々を活かし、あるいは殺す個性となり、社会という大きな構図を形成させていった。その結果天使のまがい物に過ぎない人間どもは天使よりもより豊富な文化を発現させ、そこで育まれた個性は、下等生物でありながら融通の利かない天使には到達できない域にまで達している。

 だが、そこに到達できる例外の天使もいる。そう、他の天使たちとは一線を画す唯一無二の大天使、ミカエルである。

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