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東京悪魔  作者: 三篠森・N
東京人間模様編
10/43

東京悪魔と東京天使

 東京という街は機械仕掛けの街である。東京をコチコチと歯車を回している機械共は、神のヤツが作り上げた水と炭素とタンパク質製で「人間」と呼ばれている。機械のように精密に時を刻みながら己に割り振られた役割、仕事を遂行してその能力に優劣をつけ、人間の上に立つ人間が裁きを下し劣った人間を追放する。解雇と呼ばれる現象である。解雇された直後の人間は、仕事のためにかしこまった服装をするが会社に行くと偽って家族を出し抜き、公園で悲嘆にくれるというのがテレビなどでは定番である。実際、東京の公園ではそう珍しいものでもない。職を失った経緯を尋ねたくなるようなうだつのあがらない者共がベンチで俯く様などは。


「自分サイズの生き方を標語とし、流行の歌では自己肯定を賛美していながら、働くことに適していない人間にも労働を義務として強要するとは矛盾。愚かなり、人間共」


 東京都心のオフィス街の公園のベンチは、女子供の休憩のためのものではない。労働と環境と現世に疲れた男たちが、嫌悪と厭世でささくれ立った心を整えるために体の動きを一度限定させて落ち着くためのものなのである。

 新宿御苑も例外ではない。先ほどから骸のように生気をなくした背広の若い男が一人、ベンチに座り片手にリプトンのアップルティーの紙パックを持って、つま先から約1m半ほど先の何もない地面を眺めたまま微動だにしない。鮮やかな金髪には光沢がなく、青い目は青さを強調する際に使われる深淵の青、という喩えに忠実すぎる深淵加減、あまりにも深すぎて底が見えない洞穴の入り口のようである。どうも、職に就いていた頃の貴賤なき時の王者こと松田を連想させる負の後光が見て取れる。

 社会は頻繁に、己を形成している歯車とも言える人間共に牙を剥く。より優れた歯車を選別するために他の歯車より劣る歯車を間引く行為は必要である、そう主張されればその東京タワーのようにまっすぐに通った話の筋に異論は唱えられまい。正論である。真剣に何かを追求する者と感情を持たない者には、無駄、や、余分、が入り込む余地はこれっぽっちもない。無能な人間は社会とって無駄や余分とみなされ、不死鳥の墓標のように必要とされない。


「はい、カマエルの携帯です。はい、はい、ええ、順調に進んでおります。はい、申し訳ございません」


 電子音で賛美歌が奏でられ、それが自分の持つ携帯電話の着信音だと気付いた金髪の男はバッタのように跳び起き、毛の先まで緊張が張り巡らし、無機質なまでの諂ったマニュアル口調で受け応える。


「申し訳ございませんでした。失礼いたします」


 ガラパゴスケータイをそっと折り畳み、社会の無駄はまたベンチに腰かけた。紙パックから延びるストローの先を木管楽器のようにそっと口につけると、その管の中を茶色の液体がするすると潜り抜けた。知恵の実の風味を帯びた紅茶が聖なる油だったのか、一瞬、本物の聖なる後光が噴出した。人間の曇った眼では捉えることはできないが、悪魔として29年生きている俺には、物質ではない聖なる光や邪悪なる闇を感知することは容易である。だからこそ、今の輝きが天使の後光であると全身が警戒している。この男は悪魔と対をなす役割を持つエンジェル、しかも目の前の男は俺が人間と見まがうほどなのだから、人間に化け、大地を踏みしめ、紙パックの紅茶を飲むことが出来ている。下界に具現化して存在しているのだから、間違いなく上級の天使、法力もこれまでのような具現化もできないような雑魚天使共とは桁違いだろう。

 上級天使となんの準備もなく、公園で出会ってしまった。29年の東京暮らしで天使を見かけたら己の罪深さを思い知る余裕もないほど折檻してやろうと目論んでいたが、俺は槍も鉄砲も鎖も何も用意していない。どうせ苦痛を与えることを楽しむのならば、きちんと心も道具も備えて存分に楽しむべきだろう。ならば今回は、天使の一匹や二匹は見逃してやるのが吉だろう。


「悪魔……?」


 社会の無駄天使は後光に一瞬とはいえ反応してしまった俺の気配に気づいたのか、顔をあげて周囲を見渡す。気配を消しながら足早に立ち去ろうと思ったが、天使がうっかりリプトンのパックを地に落としてしまい、それを何かしらの奇跡と勘違いして反応してしまった瞬間、つい天使と目が合ってしまった。


「あ」


 天使も自分の懸念に対する根拠を見つけてしまったらしい。


「ご、ごきげんよう」

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