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8 懲罰大隊 作戦・訓練課

 中佐の出番、少ないです。

 懲罰大隊はいかに運用されるのか?

 一昔前、少なくとも博人がまだ中学生の頃は、陸軍の“捨て駒”であった。

 蛸壺を掘って地雷や爆薬を背負い、旧式小銃と擲弾筒を装備して待ち構え、与えられた持ち場を最後の一兵になるまで死守する。そうすることで時間を稼ぎ、防御戦闘や遅滞戦闘、撤退戦などで陸軍主力の作戦を援護するのだ。

 こうした運用がなされたのは、少子化抑止のための独身者に対する脅しでもあったが、創設そのものが急であったことと予算不足が起因していた。

 本来であれば陸軍の一般部隊と同じように調練して、危険度の高い第一線や被災地において運用するはずだったが、残念ながら時間も予算も装備も足りないうえに環境が整わず、固定された銃座に調練するだけで精一杯だった。

 そんな時代から月日は流れ、代を重ねるごとに経験は蓄積され、環境は整理され、予算が整うにつれて装備は充足し、それに伴い戦術や技術は継承され、近年になってようやく“捨て駒”は“鉄砲玉”に変わり、そして現在、“鉄砲玉”は“尖兵”に変わりつつあった。


 大隊朝礼、分隊掌握、そして本日の仕事場である本部に戻ってと、本部と中隊を行き来するのは結構面倒臭い。

 大隊本部廠舎の作戦・訓練課に、大隊付銀輪指導官である博人の机はあった。

 基本的に大隊本部は、4つの課で構成されている。

 人事作業や文書を取り扱う人事課、情報収集や情報保全を行う情報課、作戦・訓練立案を担当する作戦・訓練課、補給等の兵站業務をおこなう兵站課だ。

 そんななかでも作戦・訓練課は、人事や情報、兵站の状況を掌握し、大隊長の企図や統率方針に基づいて作戦と訓練を立案する部署であり、「参謀課」などと呼ばれることもあり、実際どこの部隊でも課長は“参謀長”を自称している。

 とりあえず自分の机について一息ついた博人だったが、課長が机にいることに気づいてすぐに席を立った。

 昨日、着隊してすぐに作戦・訓練課にも挨拶に伺ったのだが、そのときは不在だったのだ。今朝の大隊朝礼でも業務かなにかのために参列していなかったので、博人としてはやっと挨拶の機会が得られた。

 作戦・訓練課長である秋山 義男 陸軍少佐は、博人が下士官候補生時代に下士官学校歩兵科教育中隊で教鞭を振るっていた元教官であり、軍曹昇進してすぐの中級下士官集合教育でもお世話になったうえに、原隊復帰後には博人の希望を何処で聞きつけたのか知らないが陸軍大学の研究室に推薦状を書いてくれた恩師である。

 背が低く(おそらく160cm弱)小太りな外見をしているが、軍服の下には一切の贅肉のない怪力太マッチョで、鋭い眼光に謎の火傷と傷跡が残る顔がとにかくおっかない将校だ。年齢はたしか……今年で52歳のはずだ。

「お久しぶりです、秋山教官……じゃなくて秋山参謀長殿」

 博人が声をかけると、秋山少佐は先ほどまで睨んでいたパソコンの画面から目だけをギョロリと動かして今度は博人を睨んだ。

(怖!)

 その眼光があまりにも怖すぎて博人は一瞬だけたじろぐ。

 秋山少佐は博人を確認すると、椅子に座ったまま一度背伸びをして、背もたれにもたれて博人に顔を向けた。

「おー、久しぶり。研究室ではよく頑張ってたらしいね。熱心な研修生が来てくれて良かったって、あちらの研究室長からお礼状までいただいたよ。それと、課題の論文も読ませてもらったよ。いや、あそこまでやってくれたら、推薦した甲斐もあったってもんだ」

「恐縮です」

 褒めてくれているのは言葉の節々からわかるのだが、目が怖い。睨みつけられているようで、指導を受けてるような気がして、博人は“恐くて縮む”ような思いがした。

「教え子がこうして部下になるのを経験するのは初めてではないが……なんというか、感慨深いものがあるなぁ」

 しみじみと語っているが、顔が恐い。怒っているわけでもないのに、なんだこの威圧感。

 もうこのくらいにして机に戻ろうと、博人は口を開く。

「本部勤めは初めてで何かと至らぬ点もあるかと思いますが、ご指導ご鞭撻のほど、どうかよろしくおねがいします」

「ご指導ご鞭撻? 教えられることは全部教えたつもりだがな……。よろしい、忘れているように見受けたら遠慮なく鉄拳をやろう」

 多分冗談で言ってるんだろうけど、そんなギョロ目で睨みながらニッと口角を吊り上げられると、今すぐなんかされそうで恐い。

 博人が背中に嫌な汗が流れるのを感じていると、秋山少佐はふと思い出したように机の引き出しに手を伸ばし、1冊のファイルを取り出した。

「ああ、そうそう。これが今年度の大隊の大まかな隊計(隊務運行計画)の写しだ。昼には副大隊長からも明示されるけど、もう持っておいて、覚えておいてくれ。今年は何かと忙しいぞ」

「了解しました」

 博人はファイルを受け取ると、そそくさと自分の机に戻ったのだった。





「敬礼!」


 突然、室内に響き渡った声に、博人はすぐに椅子から立ち上がり、作戦・訓練課事務室の出入り口を確認する。

 見覚えのある将校がいるのを認めて、博人を含めて室内の全ての者がすぐに姿勢を正し、敬礼した。

 入ってきたのは、懲罰大隊の副大隊長であり、半月前博人が前所属部隊の駐屯地で出会ったあの中佐であった。

 原田 貞夫 陸軍中佐は、元々近衛師団本部の作戦・訓練部に所属していたが、昨年この第2懲罰大隊の副大隊長に着任した。小阪兵長によれば、下士官からの叩き上げで佐官まで昇進した経歴を持つ大ベテラン……らしい。

(うーん……たしかにそんな貫禄あるわ。映画で見た……乃木大将そっくりだ)

 中佐の答礼を確認して、博人たちはまた元の業務に戻る。規則上、執務中の事務室等においては、敬礼が終われば室内の先任者か特に示された者が応じ、それ以外は通常業務に従事することになっている。

 秋山少佐から渡された隊計に目を通していた博人だったが、

「稲葉軍曹。ちょっといいかな?」

課長の机の方から声が聞こえてそちらに目をやると、副大隊長が手招きしている。

「あ、はい」

 え? なに?

 手招きに応じて原田中佐のもとに向かうと、中佐はいきなり熊が敵を威嚇するかのように両手をあげると、それを一気に博人の肩に振り下ろした。

「いやー、改めてよく来てくれたね。不便な思いをさせてしまうだろうが、君には期待しているんだ。よろしくたのむよ、大隊付銀輪指導官」

「はっ、はいっ。恐縮です」

 原田中佐は博人の両肩をバシバシ叩きながら、歓迎してくれたのだが……秋山少佐の豪腕と違い、枯れ木のように痩せこけた中佐の細腕と掌からくる衝撃は竹刀で打たれているかのように地味に痛い。

 頼むよ。期待しているよ。頑張ってくれよ。 …と散々激励をして、原田中佐は事務室を出て行った。

 中佐の去った室内でしばらく呆然としていた博人は首を傾げつつ、秋山少佐の方を向いた。

「あの……副大隊長殿は、何しにきたんですか?」

 博人の問いに、秋山少佐は手元の資料に目を通しながら答えた。

「あれな……今回の人事でこの部隊にきた奴一人ひとりに、副長はああして挨拶回りしてるんだよ。今回の懲罰大隊の要員の人事、ほとんどあの人の一存だ。推薦したのは別だが、召集したのは自分だから後ろめたさがあるんだろうなぁ」

 秋山少佐によると、原田中佐は懲罰大隊に着任してから懲罰兵が程度の低い訓練を受けていることに不満を感じていたそうだ。

 装備が改善され、訓練環境が整っても、指導する要員のレベルが低く、無駄に厳しいだけで身のある訓練ができず、“捨て駒”や“鉄砲玉”運用から抜け出せる状態ではなかった。

「まあ、その点は俺も問題視してたんだけどな。懲罰部隊なんて、有事の際には危険な場所に配備するもんなのに、その危険度に見合った能力がなかったら話にならん」

 そこで、原田中佐は自分のもつあらゆるコネを利用して、人材集めに奔走した。

「あの人、士官学校や下士官学校で教官職についた経歴もあってな、教え子の中には将官まで出世したのもいるそうだ。で、まあ、俺や他の課長が思いつく人材を選抜して、副長がかけあい、こうしてお前も含めた人材の招集ができたわけだ」

 要するに、より実戦的な部隊へと改変するべく原田中佐は奔走していたのだ。

 秋山少佐の話に博人は感心しつつも、ふと気がついた。

「あれ? ……私を推薦したのって、もしかして参謀長ですか?」

「ああ、そうだ。銀輪指導官どうするって話になったとき、お前が研究室に研修を希望してるって他の教え子づてに聞いてな。大隊付銀輪指導官なんて大層な職務には軍曹では階級がちょっとあれだったが、上級銀輪資格もあるし、特別研修生の経験を積ませれば箔がついていいと思ってな。だから推薦状書いてやった。しかも独身だから、陸軍独身者への見せしめにもなるし」

(そんな早い段階から、俺の人事は決まってたのかよ)

 秋山少佐の話に、博人は深いため息をついたのだった。

 なんか稲葉軍曹が平凡な陸軍下士官ではない気がしてきた。

 かなり有能な下士官みたいに見える……。


 次回はいつになるだろうか? 来週末は忙しいから無理だろうな。

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