7 分隊掌握
小阪兵長の話をしようと思いましたが、そのお話はもうちょっと…否、かなり後になりそうです。
「分隊長に対し、敬礼! 直れ!」
小阪兵長の号令に、8人の懲罰兵が一斉に博人に敬礼する。
整然として整った所作には、日々の教練の成果が伺える。
博人が着隊した翌朝、大隊朝礼が行われ、博人ら新任の要員の紹介行事と着任申告が行われた。
その後、博人を待っていたのは、所属中隊における分隊の掌握であった。
中隊廠舎地区そばにある中隊朝礼場では第1小隊先任下士官立会いのもと、博人と小阪兵長、そして博人の分隊員である8人の懲罰兵による分隊としての着任行事が行われていた。他の分隊や他小隊はすでに午前の課業を開始している。
分隊の敬礼を終えると、小阪兵長が一人、博人に敬礼する。
「第3分隊、副分隊長小阪兵長他8名、人員・健康状態異常なし! 集合終わり!」
小阪兵長から報告を受けた博人は分隊員たちを睨み付け、一呼吸ほど間をあけて全員に達する。
「ただいまより、当分隊の指揮を、稲葉軍曹が取る! 分隊長要望事項、『胸を張れ!』 休め」
大なり小なり軍隊では再編成や増強などによって指揮官が変わったり人員が移動すると、指揮系統と指揮官を明確にするためにこうした宣言のようなことをするものだ。
それと同時に、指揮官として隊をどのような隊にしたいか、どう動かしたいか、統率方針や要望を述べることで大まかな方針である“企図”を明示する。
さらに、この企図を説明するため“指導”がはいる。
分隊員を休ませた博人は早速その指導を始めるのだが、内容ははっきり言って新任の挨拶のようなものである。
「懲罰大隊は刑務所ではない。国家の繁栄に寄与できなかったものが、国家のために忠勤するために与えられた場だ。よって、懲罰兵という肩書きに後ろめたさやカッコ悪さを感じる理由はどこにもない。階級を持たない君たちとは立場や待遇が異なることも多々あるが、互いに同じ国勤の士である自覚を持ち、わが分隊では常に胸を張って忠勤することを要望する」
一介の分隊長にしてはえらく壮大な挨拶だが、これには陸軍の人事に対する博人の皮肉がありありと伺える。
(入隊から10年近く忠勤してんのに、なんで懲罰大隊に来にゃならんのだ、畜生!)
同時に、懲罰兵に対する同情もあった。
一般に、懲罰兵は“負け組み”の典型といわれる。
軍籍にありながら階級がなく、その身分は二等兵にも劣る。4年間の任期のあいだ最低限の衣食住は保障されるだけで給与はなく、除隊後にある程度の退役賞与が与えられるくらいだ。その後の人生については、保有する特技・資格やコネクションに恵まれない限り、国営の農場で農夫になるか、国が斡旋する仕事に就いて少ない収入で細々と老後を迎えるしかない。
容姿や環境、才能や経済力、性格や人間性、社交性といったものに恵まれようと恵まれまいと、結婚できるできないは全然わからない未知の領域だ。それを27歳までと時期を決められて、博人と違っておそらくここにいる男たちはそれなりに結婚する努力はしてきたはずだし、可能な限り妥協も譲歩もしてきたはずだろう。ただ縁がなかったというだけで、こんな所に墜ちついてしまうなど不運極まりない。
せめて在役中に何かしら特技・資格を得るか、どうにかして再就職に有利な功績を得られればいいのだが……。
そんなことを考えながら、博人は指導を終えると、事後の指揮を小阪兵長に委任して“中佐”の待つ本部廠舎に向かうのだった。
しばらくは、稲葉軍曹視点による懲罰大隊の説明になりそうです。
さて、次回は久々に中佐殿の登場です。