4 自動車の消えた国 (鉄道編)
エネルギー問題……というより化石燃料問題に触れていきます。
多くの研究では、今の自動車社会のままだと、あと20年ほどでピークオイルを迎えるそうです。後、石油を電力に変換するのは、すごくもったいない使い方だそうです。
そしてそれに伴い私が考える陸軍と社会のあり方がこれです。
博人の所属する第33歩兵大隊は、東海地区防衛を担う第10旅団の中にある基幹部隊の一つである。主としてM県を担任地域とし、旧軍(自衛隊)はおろか帝国陸軍時代からおよそ200年続く駐屯地に所在し、各種イベントを催しては地域住民との交流が多いことでも有名だ。
しかしこの駐屯地でひときわ特徴的なところは、駐屯地施設の一部に駅が含まれているということであろう。
そのため鉄道を利用した兵員や物資の輸送に即時対応でき、緊急用車両の手配や臨時ダイヤの調整が直接調整できるという利点もある。
もともとは駐屯地も駅も別々の施設であったが、40年前に鉄道の軍籍化が始まり、すべての鉄道が国家と軍の管理下におかれることとなった。
それに伴い、陸軍の各駐屯地が最寄の駅や鉄道路線を併合し、これを駐屯地の一部にしようとしたが、残念ながら殆どの駐屯地では実現に至っていない。
理由は現在の各駐屯地は旧軍時代から続く土地であり、旧軍は自動車化部隊という特性を持っていたために、鉄道よりも主要幹線道路の使用を重視していたからだ。そのため、駅や路線を飲み込めるほどの立地にある駐屯地は少なかったのだ。
しかし、平成が終わるころくらいで、自動車化部隊は衰退を余儀なくされてしまう。
否、自動車社会そのものが、衰退せざるを得なかった。
石油を中心とした化石燃料の枯渇が深刻となり、国の経済に深刻な、というよりも致命的なダメージを与えるほどに燃料費が高騰したためだ。
そのため、国はとうとう燃料統制と電力統制に踏み切り、現在ではバイオマスも含めてなけなしの燃料で軍隊という防衛組織と鉄道を含めた公共交通機関を運営をしているのである。
早朝の、駐屯地外居住者(通称・営外者)たちが出勤する時間を見計らい、博人は生活隊舎を出た。
今日は懲罰大隊への移動日である。
軍服姿に背嚢を背負い、肩掛けタイプの大きな布製鞄という大荷物で、博人は駐屯地出入り口に向かう。
この駐屯地には出入り口が2つある。
1つは正門であり、ここは一般的な駐屯地のように駐屯部隊が当番制でつく警衛隊が出入りを監視する出入り口である。
そしてもう1つは、駐屯地の駅施設からホームへと続く改札口である。
この改札口の出入りを監視しているのは、同じ陸軍でありながら駐屯部隊とはまったく別の部隊である。
鉄道の軍籍化とともに創設された、“陸軍鉄道隊”である。
彼らの任務は鉄道車両や施設の管理と運営であり、簡単に言えば駅員だ。
しかし、れっきとした陸軍の軍人であり、有事の際には兵員や物資の輸送といったの兵站業務に従事するし、場合によっては戦闘にも参加してもらうこともある。平時は鉄道施設に限定された警察権も持っており、犯罪・テロ対策や事故対応の面で即応できるようになっている。
博人は中学時代の社会化の授業で習ったことだが、諸外国の場合は民間の警備員がいたり、駅構内に派出所があるので犯罪やテロにはまず警察官が即応するらしい。
改札口歩哨に敬礼をした博人は、続けて身分証明書と移動命令書を提示した。
通常の駐屯地出入りであれば、身分証明書と外出を証明する物(外出証、休暇証、通院証明書等)を提示するが、駅改札である以上乗車券も必要だ。しかし、今回は移動命令書が外出証明と乗車券を兼ねている。
命令書を確認していた歩哨は、一瞬ちらりと博人を見た。
おそらく行き先(懲罰大隊)を見て、こいつ何したんだろう? と思ったのだろう。いいからさっさと通せ。
改札口を抜け、目当てのホームに向かうと、博人はホーム備え付けの時計を確認する。
目的の電車が来るまでまだ少し時間があるようだ。
肩掛け鞄を置き、ベンチに腰掛ける。
駅のホームには鉄道隊以外の軍人は博人以外になく、殆どが民間人だった。出勤・通学時間なのでこれが車両に乗り込めばたちまち満員になるだろう。
しかし、博人があえてこの時間を選んだのは、もうすぐ駐屯地に電車で出勤する営外者たちが乗ってくる、軍人優先車両があるからである。
まず間違いなくその車両に乗っている軍人の殆どが、この駅のこの駐屯地の隊員であり、彼らが降車すれば残されたガラガラの車両で、博人は確実にシートに座って移動ができるのだ。
ふと、博人は自分が勤務していた駐屯地の隊舎の方を振り向いた。
営庭に咲き乱れる満開の桜が目に入る。そういえば、今日から一般にも練兵場を開放して、お花見ができるようにするんだったかな。
まだ早朝のため少し肌寒いが、お昼にはいい陽気になって、絶好の花見日和になると新聞の天気予報にはあった。今週一杯が、この地域では最高のお花見シーズンらしい。
懲罰大隊への異動命令が出てから、博人は準備のために奔走し、花見をする余裕などなかった。中隊が送別会を開いてはくれたが、普段から利用している馴染みの飲み屋だった。
そして、この絶好の花見シーズンに、ここを去ることになってしまった。
「花見酒、したかったなぁ……」
ため息交じりの呟きは、電車の到着を伝えるアナウンスにかき消された。
自動車の消えた国……はまだまだ続きます。